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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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生きて往けよと喚んで呉れ

15/10/08 コンテスト(テーマ):第九十三回 時空モノガタリ文学賞【 憂鬱 】 コメント:5件 クナリ 閲覧数:1036

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 日暮れ時の僕の部屋で、スカート姿の僕を押し倒すと、ヨシト先輩は唇を重ねて来た。
 先輩は、僕の幼馴染のユウカの彼氏だ。ユウカはずっと先輩に憧れていた。決死の思いで告白してOKをもらった時は、僕の家に踊り込んで来て、泣き笑いしながら僕に報告した。
 僕はその報せに――顔では、笑って応えた。
 ユウカは、僕が家では常に女装していることを知っている。その上で今日、ユウカを通じて仲良くなった僕の家に遊びに行くと言った先輩を、快く送り出している。
 僕は呆れて無気力になり、されるに任せた。先輩に、好きだとか何とか言われたけれど、構う気もなかった。
 こんな世界で、僕は生きて行くのか。
 憂鬱が凝り固まって頭痛を呼び、僕はそれに耐えるように目を閉じた。



 同級生のクウは、僕よりも遥かに女装が上手だった。
 中学の時に知り合ってから高校二年の今年まで、彼は僕の女装の先生だった。
 彼と共に女装して夜中に外出すると、途方もない解放感が得られた。
 女物の服を着るのが好きな高校生など他におらず、僕とクウはお互いに唯一の、同種の人間だった。
 クウは優しくて、他人のことばかり気遣う性格だった。学校ではいつも教室の隅にいたけど、僕だけが彼の本当の輝きを知っていた。
 先月、彼が電車に飛び込んだ時は、やはり女装していたと聞いた。
 死んだ理由は、僕を含め誰も知らない。
 通夜に出る支度をしていた時、宅配便が家に届いた。一抱えもある段ボールを開けてみると、中からは女物の服が大量に出て来た。
 差出人は、クウだった。自殺前日の。
 酷い頭痛に襲われた。
 なぜこんなものをくれたのだ。誰が着るものか。――誰が。



 ヨシト先輩が裸の僕に覆い被さっている時に、部屋のドアは開けられた。
 そこには、ユウカが立っていた。三人で遊ぼうとでも思っていたのだろう。
 ユウカは、悲鳴を上げて逃げて行った。
 僕が、ユウカを追いかけてくれと泣き叫んでも、先輩は僕の上で動くのをやめなかった。僕のユウカへの気持ちを分かっていながら。
 僕を好きだなどと、今度口にしたら殺してやると思った。

 ユウカに近所の公園へ呼び出されたのは、その日の深夜だった。
 新月の空には雲も出て、お互いに朧な影しか見えない。
「これだけは、言わないつもりだったけど」
「うん」
「――変態」
「そうだ。僕が好きなことは変なんだよ。僕は、変なんだ」
 僕は黒い地面を睨みながら、まくし立てた。
「そんな僕には勝ってくれよ。性別違和でも同性愛者でもない、ただ女の服が好きなだけの変な奴だ。女だろ、好きな男を僕なんかに取られるな!」
 そして――もう僕に関わるな。
 十数秒の沈黙。それから、ユウカがしゃくり上げ始めた。
 僕の趣味はおかしい。だから後ろめたさや罪悪感には慣れっこで、自分がどんな目に遭っても構いはしない。でも、そのせいで人を傷つけるくらいなら、死んだ方がましだ。
 そうだろう、クウ。君の自殺の理由は知らないけれど、僕らが死ぬほど嫌なことなんて、きっと似たようなものだから。
 でも、僕はまだ死なない。
 暗闇のせいで、ユウカの泣き顔は見なくて済んだ。
 ごめんね。
 変でごめん。
 僕は、公園を出た。
 その時ようやく、割れるような頭痛が頭蓋骨の中を満たしていることに気づいた。
 全てをごまかしてくれそうな暗闇が、やがて無感情な朝に蹴散らされるのだと思うと、気が滅入った。

 部屋に戻ると、僕は何だか本当に一人になったな、と自認した。
 耐え切れずに、クウが送って来た服の中から、ワンピースを取り出して着てみた。
 僕に何も言わずに死んだ薄情者のことなどもう知るか、と思っていた。けれど同時に、僕にも言えない理由があったのだろうということも分かっていた。
 彼は、彼が消えた後、遠からず僕が孤独になることを察していたのだろう。
 だから、仮初めにでも僕を慰めるために服を遺したのだと、ようやく僕は気づいた。
 僕は確かに、一人ではなかった。このワンピースを着たクウと、何度も夜を歩いた。
 けれど。
 柔らかな裾の布地が、足に触れる。
 このくすぐったさを分かり合えたたった一人は、もういない。女装なりの辛さを言い合える人が、もうどこにもいない。
 僕らは変だね。
 変な奴同士、よく出会えたね。
 僕は変な奴だから、ユウカと結ばれるなんてあり得ない。でも、彼女を傷つけた今、とても辛い。その上君がいないから、凄く寂しいよ。
 頭痛はいつしか、消えていた。
 けれど、涙は止まらなかった。
 ワンピースは、数え切れない滴を、音もなく吸い込んでいた。

 化粧した顔で笑っていた、君を覚えている。
 服なんかより、君がいてくれたら、どんなに良かったか知れないのに。
 僕はまだ、生きて行くのだから。


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このストーリーに関するコメント

15/10/08 クナリ

タイトルは、「いきていけよとよんでくれ」と読みます。
格好付けです。

15/10/08 

拝読させていただきました。
短い文量の中でとても話がまとまっていてすごいと思いましたし、話の内容に感動いたしました。
最後まで読んでから題名を読んで、改めてよい作品だと思いました。
素敵な文章を読ませていただきありがとうございます。

15/10/10 クナリ

風さん>
過分なるお褒めの言葉、恐縮です。
もともと、一つのシーンを丁寧に描写するというよりは、短い字数の中にどれだけのものを詰め込めるかという方向に燃えるたちなので、それが上手く行っていれば嬉しいです。

15/10/21 こうちゃん

クナリ様、拝読させて頂きました。女装癖という難しいテーマを元に、ヨシト先輩からの求愛、今は亡き同級生のクウの形見や、幼馴染のユウカの失恋、複雑な心情が絡み合いながらも必死に生きていこうとする主人公に感銘いたしました。

15/10/24 クナリ

こうちゃんさん>
いろいろ詰め込むのが好きなので、バランス感覚を気にしながら書いていければと思っております。
物語の主人公としての特性についてはいつも考えるのですが、今回はこんな主人公でした。
コメント、ありがとうございました!

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