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泉 鳴巳さん

泉 鳴巳(いずみ なるみ)と申します。 煙と珈琲とすこしふしぎな方のSFが好きです。文章を書くことが好きです。短編が好きです。 まだまだ拙いですが皆様の作品を拝読して勉強させて頂きたいと思います。宜しくお願い申し上げます。 HP:http://izmnrm.wpblog.jp/ Twitter:@Narumiluminous

性別
将来の夢 不労不仕
座右の銘 見ている世界を信じるな

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メランコリック・ホリデイ

15/09/24 コンテスト(テーマ):第九十三回 時空モノガタリ文学賞【 憂鬱 】 コメント:3件 泉 鳴巳 閲覧数:1213

時空モノガタリからの選評

淡々としながらも、リズムのいい調理の描写が魅力的でした。それに引き込まれて読んでいくと……最後のオチにやられました。シチューがなかなかおいしそうだっただけに、まさかのオチが効いていますね。主人公の「仕事」に対する姿勢があたかも会社で事務仕事をするかのようなドライな印象を与えているため、ゾクっとするような怖さが残りました。

時空モノガタリK

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 僕は自分の仕事が嫌いだ。

 仕事柄、休日は多いが、出勤日は這い寄るようにゆっくりとしかし確実に近付いてくる。
 そろそろまた仕事が始まる……一度そう考え始めてしまうと、折角の休日でも心は晴れなかった。
 かといって大雨暴風洪水の大災害というわけでもなく、どんよりと分厚い雲が鎮座しているような不快感が僕を包み込んでいる。
 ソファに座り新聞を広げたものの、少し気を抜けばすぐに視線は宙を彷徨い、羅列された小さな文字に全く集中できない。諦めた僕は溜息を吐いて新聞を畳みローテーブルに放った。
 僕の休日はまだまだ残っているはずだ。こうしていても貴重な休みを無駄に消費してしまうだけだろう。
 こんな時はあれに限ると、僕は立ち上がった。

  *

 僕は最近、自炊にはまっていた。
 食材を切ったり炒めたり煮込んだりすると、同じ食材でも全く違った味に変わる。それがとても面白い。
 しかも料理に夢中になっていると、いつの間にか仕事のことを忘れ、塞いだ気分も晴れてくるのだ。まさに良いこと尽くめである。
 僕は足取り軽くキッチンに向かうと、冷蔵庫の前に立ちその外観をしみじみと眺めた。
 惚れ惚れするくらい鮮やかなメタリックレッドに定格内容積600Lオーバーのボディは、手狭なキッチンの中で圧倒的な存在感を放っている。やはり何度見ても格好良い。常に沢山の食材が詰まっているこいつはもはや僕の相棒なのだ。

 観音開きの扉を開け、ラップを掛け小分けにし冷凍された肉を取り出す。
 そのままお皿に載せ、電子レンジに入れ、解凍モードのボタンを押す。
 解凍が進む間に、僕はまな板をはじめ調理器具の準備をする。この辺の準備は我ながら手慣れたものだと思う。

 準備を終えたあたりで軽快な電子音が響く。解凍が終わったようだ。
 肉をまな板に移し、血液や肉汁を含んだ水を溢さぬようにしながらラップを丁寧に剥がす。
 ラップの水分をシンクに流すと、僕はまな板に鎮座する肉の塊と対峙した。
 以前同じ肉を調理した時に分かったのだが、この肉はどうも質が低いようである。硬く筋張っていて、包丁もなかなか通らない。
 肉野菜炒めを作ろうと、無理やり包丁の刃を立てたら危うく自分の指を切り落としてしまいそうになった。
 前回の失敗を踏まえ、今回はもっと食材に合ったメニューを作ることにした。

 こういう厄介な肉は煮込むに限る。
 まず、肉には軽く塩コショウを揉み込み馴染ませておく。
 その間、大蒜をすりおろし、玉葱は櫛切り、人参、じゃがいもは一口大に切る。
 肉と玉葱をバターで炒め、玉葱が飴色になったあたりで水と各種調味料を入れ、蓋をして軽く煮込む。
 蓋を開け冷ましながらついでに灰汁をとる。そして他の野菜やトマト缶も投入。臭みを消すために赤ワインも入れてみる。
 弱火にかけつつ灰汁をある程度除いたら、蓋をして後は待つだけだ。

  *

 蓋を開けると、焦茶色の水面が顔を覗かせ、湯気とともに食欲を誘う深みのある香りがキッチンを満たした。
 本当に、圧力鍋って素晴らしい。ものの数十分煮込んだだけでとろとろシチューの出来上がりだ。普通に作ろうと思ったらどれほど時間がかかるか分からない。
 ちょっと野菜が崩れてしまっているが、まあご愛嬌だろう。次に作るときは煮込む時間や投入タイミングを調整しよう。

 鼻歌混じりで炊飯器からご飯を皿によそい、お玉でシチューを盛る。
 シチューにはパンだろうという声もあるが、僕は断然、ご飯派である。シチューライスを否定する人は、どうしてこの美味しさが分からないのだろうか。甚だ疑問である。
 盛りつけたシチューライスを意気揚々と運び、「いただきます」と手を合わせたその時、ローテーブルの上でスマホが震えた。
 硬いテーブルの上で振動するそれはけたたましい音を立てる。
 表示された発信者を見て、僕は思わず顔をしかめた。
 のったりとした動作で通話ボタンを押すと、いつもの口調で彼は言った――

  *

 電話を終えた僕はキッチンに向かい、鮮やかに光るメタリックレッドの扉を開ける。
 扉の中には僕が頑張って解体した“食材”が沢山詰まっている。
 冷蔵庫の空き具合を確認した僕は、溜息を吐いて扉を閉めた。







 ああ、明日もまた人を殺さなければならない。









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このストーリーに関するコメント

15/10/12 そらの珊瑚

泉 鳴巳さん、拝読しました。

「定格内容積600Lオーバーのボディ」というところで、その調理器具が何であるかは分かりましたが(私もそれを使っていますので)
このオチはまったくの予想外!でした。
仕事は嫌いだけど、それを紛らすための一種のストレス解消は気に入ってるという、ある意味、二重のブラック加減がお見事でした。

15/10/20 光石七

拝読しました。
休日や休暇の終わりに「明日から仕事かあ……」と憂鬱になるのは多くの人が経験していることだと思いますし、気分転換・ストレス解消のための趣味を楽しむのもよくあることだと思いますが……まさかのオチにノックアウトされました。
こういう設定だったとは、全く読めませんでした。
定格内容積600Lオーバーのアレに、質の低い肉。読み返せば伏線がわかるのですが。
自分で解体した“食材”を使って料理を楽しむ主人公、怖すぎです。でも仕事は嫌なんですね(笑)
とても面白かったです!

15/10/20 泉 鳴巳

>そらの珊瑚 様

予想外と言って頂き嬉しく思います。
ブラックなお話で恐縮ですが料理の場面は楽しく書けました。
お読み頂きありがとうございました。


>光石七 様

全く読めなかったとの嬉しいお言葉、書き手冥利に尽きます。ありがとうございます。
ジンギスカンは大好きだけど、屠殺から解体まで自分でやれと言われたら嫌だろうなあという感覚でお読み頂ければ幸いです。
お読み頂きありがとうございました。

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