1. トップページ
  2. 晴れない世界

アシタバさん

未熟者ですが宜しくお願いします。

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

3

晴れない世界

15/09/24 コンテスト(テーマ):第九十三回 時空モノガタリ文学賞【 憂鬱 】 コメント:3件 アシタバ 閲覧数:930

この作品を評価する

 最近、僕は少しおかしい。
 授業中にもかかわらず、やたらと窓の外を見てしまう。空はいつもと同じで、淡く光る『光の雲』におおわれ何の変哲もないというのに、近頃の僕はどうしても空が気になってしまうのだ。
 僕の悪癖に気がついた先生が視線で咎める。すぐに謝罪をした。
「ここのところ様子が変ですね。どうかしましたか」
 先生の問いかけに僕は思い切って打ち明けた。
「空に青い部分がないかと思って探していました」
 教室にいる生徒が皆、僕に注目した。先生は表情を崩さず話をする。
「いいですか。空が青かったのは君のひいひいおじいさんの時代の話です。今は未熟な文明社会が起こした地球温暖化の対策で『光の雲』が処置されています。有害な紫外線や温室効果ガスは『光の雲』にカットされ、生物に必要最低限の光だけが地上にふりそそぐのです。地球はすっぽりとすき間なくこの雲におおわれて守られています。人類を救った最大の発明であり、小学生の学習内容ですよ」
 必要な説明を果たし、授業に戻ろうとする先生に僕は食い下がった。
「そのことは理解しています。ただ、僕はあの光る灰色の雲を見ていると、なんだか、最近、おかしな気持ちになるのです。心の奥が重くなるというか、モヤモヤするというか、段々と自分の心が薄暗くなって、それが治らずにずっと続いています。あの雲が憎らしいです。そう、消えてしまえばいいと思っています」胸の内にある想いを素直に伝えた。
 周りの生徒は、僕をまるで変人であるかのように見つめている。その通りだと自分で思う。
「わかりました。君はカウンセリングを受けた方が良いですね。ご両親に連絡を入れておくので次の休みに病院に行ってきなさい」
 はい、と僕が答えて授業は再開された。先生の言う通り医者に見てもらった方が良い。周りの生徒は誰一人、こんなこと思ってはいないだろう。気を取り直して勉強に戻ろうとした。でも、やっぱり、窓の外の雲が気にかかった。

 日曜日。病院から戻り、自室のベッドに寝転がった。
 僕は『軽度のうつ病』と診断された。現代社会ではあまりみられない症状であり、薬を飲めばすぐに治るそうだ。
 医者の話では、昔はストレスにより発症し、症状の重い人は自らの命を絶ってしまうこともあったのだと言う。今では信じられない話だ。心理学、精神薬、教育、倫理観などの発展のおかげで人の心は常に穏やかであり、感情の起伏は現代人にはあまりない。『いじめ』のような非効率的なことも、はるか昔の人間のしていたことであり今は存在しない。激しく喜ぶこと、深く落ち込むことは無意味であり、欲望といった動物時代の本能は人の精神から駆逐され、知的生物らしい論理的な考え方にのっとり人類は理想的な世界に近づいていったのだ。
 科学技術も人間の住む世界に安寧をもたらしてくれた。食料は世界中に安定的に供給されるようになり、自然災害も人間の制御下に置かれた、環境破壊による負の遺産も『光の雲』をはじめとするさまざまな技術で過去の出来事になっていった。
 人類史上最も幸福な時代。何の不安も不満もなく誰もが生きている。
 ただ、医者が、昔の人は曇りの日が続くと、心が暗くなり僕のような状態になったのだ、と言った。『憂鬱』と言うらしい。そして、晴れた青空を見あげると、心の中にあったその『憂鬱』は消えてしまうそうだ。
 昔の人間は心が不安定すぎて、天気にまで気持ちが左右されるのかと思うと少し滑稽だった。でも今の僕はその状態に近いのだろう。
 パソコンのスイッチを入れて、保存してある画像を画面に映した。今では珍しく絵具で描かれた青い空の絵である。僕はインターネットでこの絵を見てからおかしくなったのだ。画家は現代人で、絵は全ての工程をミスなく経て完成されている。にもかかわらず、この画家は「私には本当の空の絵を描くことが出来ない」と語っている。
 変な奴だ、とさんざん言われているのだが、今の僕には少しだけ画家の気持ちがわかるような気がした。
 昔の人が見ていた青い空とはどんなものだったのだろうか……。
 この日は処方された薬を飲む気にはなれずにそのまま眠ってしまった。

 翌日の朝食後、親に言われて薬を飲んだ。通学中に今までの心のモヤモヤは嘘のように気にならなくなっていった。そう、まったく気にはならなかった。
 教室では先生が、僕を気にして声を掛けてくれた。
「ありがとうございます。まったく問題ありません」僕が言うと先生は出席をとり始めた。
 もう窓の外を見ようという気はしなかった。『光の雲』が存在しているだけだろう。ああ、よかった。これで心おきなく勉強が出来る。そう思った。
 画家の言葉が最後に頭にちらついたが、先生に自分の名前を呼ばれて、それをきっかけに、僕は二度と『憂鬱』を認識することはなくなったのだった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/10/20 光石七

拝読しました。
穏やかで『憂鬱』が無い世界……いろいろ考えさせられます。
憂鬱は確かに嫌な心理状態ではあるけれど、喜びや楽しさをより強く感じるためのものなのかもしれませんね。
深いお話でした。

15/10/21 滝沢朱音

最近のさわやかな秋空を見ていると、不思議と心が澄み渡る気がしますよね。
青い空の絵を見て初めて「憂鬱」を知った、未来の「光の雲」時代の僕。
ふと「智恵子は東京に空が無いという」を思い出しました。
いろいろと深く考えさせられました。面白かったです。

15/10/22 アシタバ

光石七様
やっかいな憂鬱もきっと大切な感情の一つなのでしょうね。喜怒哀楽といった感情を多く経験するのは人生を楽しく生きるコツかもしれませんね。
お読みいただきありがとうございました。

滝沢朱音様
私も秋の空は大好きです。もし、この時代に生きることになったら私も智恵子と同じ気持ちになるかもしれません。そう思いました。
お読みいただきありがとうございました。

ログイン