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15/09/21 コンテスト(テーマ):第九十三回 時空モノガタリ文学賞【 憂鬱 】 コメント:2件 るうね 閲覧数:781

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 なぜ、俺の人生はこんなにつまらないんだろう。
 会社からの帰り道、口中につぶやく。
 生きるために仕事に行き、金を稼ぐ。ただ死ぬのを先延ばしにしているだけの人生。両親はすでに亡く、妻どころか彼女もいない。こんな人生に意味などあるのか。
「もし」
 そんなことを考えていた俺の背中に、声がかかった。
 振り向くと、そこには一人の老人。
 見覚えはない。
 俺の不審げな視線に気づいたのか。老人は、顔をくしゃりと歪ませた。おそらく、笑ったのだと思う。
「そう警戒しないでください。私はただの悪魔です」
 その言葉を聞き、俺の不審はさらに度を強くする。
 自分を悪魔だという人間とは話したくないし、本当に悪魔だとしたら、もっと話したくない。
「さっさと本題に入った方がいいみたいですな」
 そんな俺の心中を察したのか、その老人は毛の薄い頭部をつるりと撫でた。
「あなた、満足したくないですか」
「……満足?」
 ええ、と老人は懐からガラスの小瓶を取り出した。中にはぎっしりと錠剤が詰まっている。
「この薬を飲めば、憂鬱な気分など吹き飛び、満足感で心が満たされます」
「麻薬かなにかか?」
「そんなちゃちなものではありませんよ」
「仮に、お前が言っていることが本当だったとして」
 俺は言う。
「悪魔と言うからには、その代償として何かを失うんだろう?」
「別に代償があってもいいではありませんか。あなたは、自分の人生に意味があるのかと思っていたはずだ。そうです、意味などない。いまのままではね。ならば」
 ならば、たとえ代償に命を奪われても構わないはずです。
 いけしゃあしゃあと。
 老人は言う。
 だが、その言葉に反論することは、俺にはできなかった。
「……いいだろう。その薬をくれ」
 俺がそう言うと、老人は再びくしゃりと笑った。
 老人からもらった薬を飲む。が、全く変化はなかった。
「何も変わらないじゃないか」
「これからじわじわ効いてきますよ。ご安心を」
 それでは、と。
 俺が呼び止めるのも構わず、老人は去っていった。
 まあいいか。別段、体調がおかしくなったわけでもなし。
 そう思い、俺は家路についた。
 明日は火曜。また早くから仕事だ。


 翌日、会社に行くためアパートを出る。
 寝足りない。
 ぼんやりした頭で、駅の改札をくぐる。
 どこか違和感がある。
 なんだろう。
 考えて、すぐに分かった。
 人が少ない。
 いつもはこの時間、ホームに溢れかえっている通勤客が、今日に限ってほとんどいない。
 まるで。
 そう、まるで休日であるかのように。
 ふと、俺はスマートフォンを取り出し、日付を確認した。感覚的には一昨日の日付、つまり日曜だった。
 スマートフォンが壊れたかな、そう思って、売店で新聞の日付を確認した。その日付も日曜のもの。
 駅員にも確認したが、今日は日曜だという返答だった。
 まさかこれは。
「あの薬のせい……か?」
 俺は過去に遡ったらしい。


 その日から一日ずつ、俺は時を遡っていった。
 会社には行かなくなった。どうせ、行って仕事をしたところで、次の日にはその前日になってしまうのだ。意味がない。
 やがて、俺は学生に戻った。
 この頃になると、俺は好き放題に生きるようになった。学生時代、好きだった女の子に告白し、振られたので強姦した。当然、警察に捕まったが前日≠ノなれば元通り。
 喧嘩、窃盗、強盗、殺人。
 これまでやりたくてもできなかったこと。理性で抑えつけていた欲望を全て行動に移した。父母の代わりに俺を育てた親戚も、毎日惨殺した。俺はこいつらに虐待を受けていたのだ。
 が、やがてそれらにも飽きる。
 小学生まで遡った頃になって、両親が生き返った。
 俺の両親は、小さな工場を経営していた。ある男に騙され、多額の借金を背負わされたあげく、一家心中を図ったのだが、もちろん過去の流れの中にいる俺には関係ない。過去に遡るにつれ、絶望は希望に取って代わっていく。
 幸せな日々。
 そうして、ついに俺は生まれたての赤子になった。
 父の手が俺を抱き上げる。
 彼はこう言った。
「生まれてきてくれてありがとう」
 と。


 気づくと、俺は地面に倒れていた。
 自分が死にかけていることは、すぐに分かった。
「……なるほどな」
 つぶやくと、頭上から悪魔の声がした。
「どうです、満足していただけましたか」
 俺は応えない。無言の肯定。
 代わりに、別のことを訊く。
「俺は死ぬのか」
 そうです、と悪魔は答えた。
「でも、構わないでしょう?」
 笑みをにじませた声で。
「この先、憂鬱に日々を生きていくよりは、ここで満足したまま死んだ方が幸せなはずだ」
 そうなのかな。
 俺は思う。
 そうなのだろうな。
 俺は思って、目を閉じた。


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このストーリーに関するコメント

15/10/20 つつい つつ

生まれた日に戻って安心して死んでいく。 たぶん、つらいくて悲しい人生なんだろうけど、そういう人生もあるんだろうなと受け入れる自分もいます。読み応えありました。

15/10/21 るうね

るうねです。
コメント、ありがとうございます。

望まれずに生まれてくる命もありますから、この主人公はまだ幸せな部類に入ると思います。少なくとも、生まれた日までさかのぼれば幸せな記憶が手に入ったのですから。
お読みいただき、ありがとうございました。

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