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るうねさん

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歓声は、はるか遠く

15/09/07 コンテスト(テーマ):第九十二回 時空モノガタリ文学賞 【 沖縄 】 コメント:2件 るうね 閲覧数:870

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 もうどれぐらい、ここでこうしているだろう。
 すみ子は小高い丘の上から、海を眺めていた。夕日が水平線に溶けていく様子を、ただ眺めていた。宵闇が、足元から忍び寄ってくる。風は涼しい。
 こうしていると、かつて、ここで米軍との激しい戦闘があったことが嘘のように思えてくる。
 遠くから、歓声が聞こえていた。
 ふと。
 足音が聞こえて、すみ子はそちらを振り向いた。背広姿の一人の男。ずいぶん歳を取ったように見える。
 当然だろう。
 あれから何年経ったのか、すみ子には正確に分からなかったが、十年、いや二十年以上は経っている。
「ここにいたのか、ずいぶん探したよ」
 そう言う男の声も、年輪を重ねている。
「すまない、遅くなって」
 つい、とすみ子は男から視線を外した。
「……怒っているのか」
 怒っているのだろうな、と男は言った。
「あれから、もう三十年近く経つものな」
「怒りなど」
 していないだろうか。
 本当に?
 本当に。
「いままで米軍に占領されていたのです。仕方ないでしょう」
「……あの時、僕が君を助けることができていたら」
「あの戦闘の中で、わたしを助けに来るなど、到底無理だったことは分かっています」
「それでも」
 男の声に悔恨の色がにじむ。
「それでも、私が君を護れなかったことに変わりはない」
「それが戦争、というものでしょう」
 約束も恋心も、全てが価値のないものと成り果てる。
 それが戦争。
「本当は、私は君と一緒に死ぬべきだったのかもしれない」
「あなたが退却戦を指揮したおかげで、他の何人もの命が助かったのでしょう?」
「だが、私が本当に護りたいものは護れなかった」
「何度も言わせないでください」
 意識して、すみ子は強い声を出した。
「それが戦争なのです」
 日が、沈んだ。
 うつむく男の顔に浮かんだ表情を、読み取ることができなくなる。
「わたしは」
 すみ子は言う。何かに急かされるように。
「こうして、貴方ともう一度会えただけで満足です」
 嘘。
 嘘?
 本当は、この人と結婚し、子をなしてみたかった。平和な世界で、ともに生きたかった。
 だが、それはもう叶わぬ夢の話。
 ならば、この人の心労を少しでも減らしてあげることが、わたしにできる唯一のこと。
「もう行きます」
「すみ子! ……さん」
 相変わらず、女性を呼び捨てにできないんですね。
 すみ子は、可笑しくなって、ちょっと笑う。
 さようなら。
 そう言ったつもりが、音になっていなかった。
 時間切れ。
 あるいは、ようやく男と会えて、張りつめていたものが途切れたのか。
 すみ子は、薄れゆく意識の中で、最後に再び歓声を聞いた。
 本土復帰を祝う人々の歓声を。


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このストーリーに関するコメント

15/10/13 光石七

拝読しました。
それが戦争…… 戦争の残酷さに胸が詰まります。
主人公の叶わなかった夢が、犠牲になられた方々の悲痛な叫びに思えました。
愛する人の心の重荷を考えてそれを語らなかった主人公。愛の深さを感じると同時に、こういう人にこそ平和に幸せに暮らしてほしかったという思いが湧いてきます。
読みながら涙があふれてきました。
素晴らしいお話をありがとうございます。

15/10/15 るうね

るうねです。
感想、ありがとうございます。

やっぱり、沖縄と言えば戦争を外すことはできないかな、と。
私の戦争に対する考えは「必要悪」ではなく「絶対悪」ですので、そのあたりが伝わるような作品にしました。
平和ボケと罵られようが、ボケていて何が悪い、という気持ちでおります。
お読みいただき、ありがとうございました。

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