1. トップページ
  2. 古き良き

たっつみー2さん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

古き良き

15/08/30 コンテスト(テーマ):第九十回 時空モノガタリ文学賞【 祭り 】 コメント:0件 たっつみー2 閲覧数:834

この作品を評価する

(節子お母様、どうか、わたくしをあの場所にお戻しください。もう、あなたのあんな悲しい顔は見たくはないのです。暗い場所で何事もなく日々を過ごしているほうが幸せなのでございます。お母様からも躊躇いと不安が痛いほど伝わってまいります。十年前の、あの記憶が蘇ってくるのですよね)

 節子は微笑みながら「はい、プレゼントよ」と、五歳になる姪の真衣に紙袋を差しだした。
「おばちゃん、ありがとう」
 真衣は夏祭りに行く前なので、ただでさえ興奮ぎみなのに、プレゼントをもらって目を輝かせている。
 その姿に節子までウキウキした気分になっていた。
 紙袋の中には、節子が仕立て直した浴衣がある。お古ではあるが想い出も思い入れもある。娘が幼かった頃に、節子自身が作ったもので、祭りの時は「あれ着る。あれ着る」と娘が喜んで着ていたものだ。
 だから、きっと喜んでもらえるはず。そう思うと、何だか胸が弾んでしまう。
 真衣がニコニコと顔を綻ばせながら浴衣を取りだしている。
 だが、すぐに真衣の表情が変わっていく。笑顔が消え、怪訝な表情で紙袋の中を見たり、浴衣をひっくり返したりしている。まるで浴衣は包装紙、他にプレゼントはある、といった様子だ。
 節子の心に不安が押し寄せてくる。でも、着せてあげれば、きっと……真衣から浴衣を受け取り、服の上から羽織らせ「ほら、こうやって、お祭りに着て行くと、かわいいわよ」
 そう声を掛けると、真衣は顎を引いて胸元に視線を向けた。だが、何も聞えてこない。
「真衣、かわいいし、ピッタリじゃない」
 節子の年の離れた妹で真衣の母親である貴子も声を掛けたが、口を結んだままだ。横に曲った口が、彼女の気持ちを映しだしている。
 部屋の空気が、ずしりと重い。セミの鳴き声がやけに耳につく。
 姉に気を遣ったのか、貴子が大げさに笑みを作り「ほら、このオレンジ色、真衣によく似合ってかわいいわよ」と声を掛けた。
 浴衣は、みかん色の生地に、赤くて丸い斑点模様がついている。娘が「かわいくて綺麗」と言ってくれた柄だ。でも、真衣は口を結んだままだ。その姿に胸が痛く苦しい。
 貴子が言葉を継ぎ足し、真衣に言葉を掛けている。
 悲しみが、情けなさとともに込み上げてくる。
 貴子、もういいから。やめて。
 そう言おうとした時、真衣の口から言葉が聞こえてきた。それは、小さく消え入りそうな声であったのに、節子の胸に突き刺さった。頭の中で鳴り響く、その言葉。
「こんなのヤダ、着たくない」
 貴子が慌てた様子で機嫌を取ろうとするが、浴衣を脱ぎ、下へと落としてしまう。貴子の口調が強くなると、今度は泣きだしてしまった。
 その後のことは、あまり覚えていない。平然を装い、涙を堪えるので精一杯だった。謝る妹に「気にしないで」と言ったと思う。「ピンクじゃなきゃヤダ」と言って泣いている姪を、何かしらの言葉で宥めたと思う。話題を変えたりして、その場をやり過ごし、何でもない顔でお祭りに送りだせたはずだ。
 でも、ひとりになると、涙を堪えることができなかった。
 変に期待して浮かれていた自分が恥ずかしい。それに……それに悔しかった。捨てられるように下に落とされた浴衣≠ノ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 ごめんね。
 節子は、しわがついた浴衣を畳み直し、そっとタンスへと収めた。

(お母様、わたくしなんかを渡されても、また、あのような悲しい思いをするだけです。お嬢様が電話で、わたくしをお孫さんに、と言ったのも、きっと、ほんの軽い気持ちからなのです。彼女は十年前の出来事をご存じありません。それに、お嬢様の中で、わたくしは美化された良き想い出なっているだけなのです。でも、こんな古びたわたくしでは、十年前の二の舞になるだけです。お母様が、一生懸命手を掛けて下さっても、お孫さんに、あなたの気持ちを伝え届けることが出来ません。お母様。もう、いいです。動かす針をお止めください。わたくしをあの場所にお戻してください)

 節子は遠慮がちに手にあるものを孫へと差しだした。
 気に入られなくて当然。そう自分に言い聞かせる。大好きな孫が一度だけでも羽織ってくれれば、それでいい。そう、それでいいの。
 自然と、節子の顔は下がってしまう。
(お母様! 見てください、お母様)
 節子は何かを感じたのか、顔を上げた。その瞬間、固まっていた表情が緩んだ。目に映る姿に熱いものがこみ上げてくる。
 広げた浴衣を上に掲げるように持った孫が、笑顔でクルリとまわっている。
 そして――「うわぁ、かわいい!」
 続けて「ばあば、ありがとう」と言ってくれた顔が霞んでしまい、慌てて目をこすり、微笑みながら何度もうなずいた。
(よかった、よかったです、お母様。わたくしは、その笑顔が本当に嬉しゅうございます)


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン