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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが最近になって、やっぱり小説家の夢を追い求めたい自分がいることに気づきました。久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説を書いてます。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 太宰治賞もしくは北日本文学賞で最終選考に残ることです。
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人事だと思うなよ

12/08/01 コンテスト(テーマ):第十回 時空モノガタリ文学賞【 自転車 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:1935

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出入り口に吊り下げている風鈴が、キーン、キーンと鳴った。
「おう、風が出てきたな」
紺の作業ズボンに、白のU首シャツを着た竹中源吉が、自転車のパンク修理をしながら出入り口を見て言った。
30分程前に、中年の女性が自転車を押して店にやって来た。タイヤがパンクしたので直して下さいと言われ、直るまでの間、近くのスーパーで買い物をしてくると。
店の棚の上に置いたラジオから懐かしい曲が流れ始め、口ずさんでいると2階から息子の源太が欠伸をしながら下りて来た。
「おい、源太! 昨日あれほど8時までには店に下りて来いって言っただろ!」
「どうせ、8時に店に下りて来ても、客なんて来ねぇーだろ」
「そう言う問題じゃないんだ。ちゃんと店開きの時間には、準備を整えてお客さんを待つ事が大事なんだ」
「はい、はい。明日からはちゃんと店開きの時間までには店に下りてくるよ」
「まったく、誰に似たんだかな。いいか源太、オマエは高校を卒業してから13年間もニートだったんだから、人の3倍は働けよ」
「なんでよりによって、親父の店を手伝わなくちゃいけないんだろう・・・」
「不満だったら、外に働きにいけ! でもな、もう一度ニート生活に戻るんだったら、この家から出て行ってもらうからな。もう父さん、心を鬼にしたからな。そのつもりでいろよ」
「はい、はい」

ラジオから9時を知らせる時報の後、道路交通情報が流れた。
源太は椅子に腰掛け、週間漫画雑誌を読んでいた。父親の竹中源吉は、先ほどから電話で誰かと話していたが、電話が終わったらしく
「源太、父さんちょっと出張パンク修理に行って来る」
漫画雑誌から顔を上げた源太は「俺が店番するの?」
「当たり前だろ」
「客来たらどうするの?」
「源太で対応出来ない場合は、父さんの携帯に電話を掛けなさい。そしたら、父さん急いで帰ってくるから」
「うん、分かった」
「あ、それと、朝一番にパンク修理をお願いに来たお客さんが、もうじき引取りに来ると思うから、そしたらそこのシルバーの自転車を渡して、パンク修理代として3000円を請求しなさい。分かったか?」
「うん」

源吉が出張パンク修理に出かけて40分くらいが経ったが、店は漫画を読むのに最適な静けさで、客など1人も来なかった。
テーブルの上に置いてあった源吉のタバコの箱から、勝手に1本取り出し火をつけ煙を吸い込むと、源太はむせ返った。
13年振りのタバコに、軽い眩暈がした。味わうようにタバコを吸っていると、電話が鳴った。
「はい、竹中自転車店です」
「あ、もしもし。今朝、自転車のパンク修理をお願いした加藤ですが・・・」
「あ、はい。もう、パンク修理は終わってますよ」
「それなんだけど、夕方頃取りに行くわ」
「わかりました」
電話を切った後、人の気配を感じ出入り口に顔を向けると、自分と同じ30代前半くらいの小太りの男が立っていた。
「いらっしゃいませ」
その男は、申し訳なさそうな感じに店に入って来ると、新品自転車が売られているコーナーに向かった。
新品自転車が売られているコーナーと言っても、店の隅っこに5台売られているだけである。
源太は男の近くに寄り、「購入ですか?」とたずねた。
「あ、うん・・・。結構、高いんだね」
「一番安いのだと、この9450円の自転車ですね」と、一番端の自転車を指差し言った。
「9450円か・・・」
「買われますか?」
「ん・・・・。買いたいんだけど、お金が無いんだ」
「は?」
「全くお金がないんだ」と男は言い、財布の中身を掌に移した。掌には、53円があるだけだった。
「これじゃ、自転車買えませんよ」
「・・・・・・」

男はがっかりした様子で、踵を返して出入り口に向かった。
「あ、あのう・・・」
「はい、何でしょうか?」
「お節介かもしれないけど、どうして53円しか持っていないのに、自転車を買おうって思ったの?」
男は、目線を自分の足元に落とした。つられて源太も男の足元を見た。
「母が、先月亡くなったんです・・・」
「あ、そうなんですか・・・」
「私、15年間ニート生活をしていまして、生活費の面倒は母がみてくれていたんです。でも母が亡くなってから、お金がなくて生活が出来なくなったんです。今さら働く自信もありません。だから、山口県に1人だけ親戚がいまして、その家に行こうと思ったんです」
「まさか、自転車でですか?」
「はい。お金がありませんから」
「東京から山口県じゃ、ものすごい距離ありますよ?」
「ええ。分かってます」

源吉の携帯電話に電話を掛け、事情を話すとすぐに源吉は戻ってきた。
源吉は、無償で男に新品の自転車を譲った。
男は、何度も何度も頭を下げた。
男が去ってから、源吉は源太に言った。
「人事だと思うなよ・・・」と。


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