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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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浦島水族館

12/07/30 コンテスト(テーマ):【 水族館 】 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:2073

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 今日は久しぶりに自由な一日を過ごせる。

 認知症を患った母が二泊三日のショートステイに行ったからだ。ここ数年で病気が進み、息子のおれの事を『おとうさん』なんて呼ぶことも増えた。昼間は介護施設喉に行っているのだが、本人は家が一番気に入っていて、早く家に返せと職員に訴えるらしい。なので夜は家で過ごさせてあげている。

 仕事が終わって家に帰ると、食事を作り、食べさせ、おむつを変え、おまけに寝たと思ったら、夜中にしょっちゅう起こされる。親孝行したいのはやまやまなのだが、そんな生活が続くとストレスがたまるのが自分でもわかる。
 イライラして、つまらないことで母を怒ってしまう。これがいわゆる介護で共倒れってやつなのかとひとごとのように思う。
 おれは独身、おまけに一人っ子、父親はとうに亡くなって、頼る人はいなかった。

 だから一ヶ月に一度位はこうして母から離れる時間持つことにした。午前中に掃除と洗濯を済ませ、午後から街に出る。特に目的もなく広い運動公園の中を散歩する。すると見慣れないテントが立っているのに気づく。

──『浦島移動水族館』本日最終日と札がかかっている。

 へーおもしろそうだな、入ってみるか。受付でチケットを買う。
 「お楽しみ下さい」受付の女がにっこりと微笑んだ。営業スマイルだとわかっているが、あまりに美人だったのでドキッとする。
 中はたったひとつの水槽があるだけだった。そのわりに、いろとりどりのたくさんの魚が群れて泳いでいる。「きれいだなー」

 すると向こうから大きな亀がやってきて、おれの目の前に来て、そのままじっとしている。眼が合った。
「おひさしぶりです。その節はありがとうございました」
 えっ? おれは声の出どころを探してキョロキョロした。
「ここですよ。水槽の中の亀です」
「は?」
「あなたのことをずっと待っていたんです」

 おれは頭がおかしくなってしまったんだろうか。亀が、亀がしゃべってるぅ?
「混乱させてしまってすみません。乙姫さまからの伝言なんです」
「乙姫さま、亀? まるで……」
「まるで?」
「浦島太郎じゃないか」
「ピンポーン。大当りです。賞品はわかっていらっしゃると思いますが、玉手箱でございます」

 おれはほっぺたを強く引っ張った。イテテ。夢じゃないらしい。
「あっ、乙姫さまの伝言を言い忘れるところでした。あの日のことは悔いています。あなたがお母さんのことが心配になって家に帰ると言ったものだから、ちょっとイジワルしたくなったんです。それで玉手箱を何も言わずに手渡したんです。その結果は覚えていらっしゃいますよね」
「覚えているもなにも、その御伽話だったら、日本人みんな知ってるだろう。浦島太郎の母親はとうに亡くなっていて、百年がたっていた、だっけ。玉手箱を開けたら、白い煙。あっという間におじいさんになりました、とさ、だろう」
「正解です。浦島太郎さん」
こころなしか亀は笑っているようにみえた。
「なんだって? おれの名前はそんなんじゃない。おれの名前は……」おかしい、自分の名前が思い出せない。
「それは仮の名前なんです。ほんとの名前は、浦島太郎というのです」亀の口から小さな泡が出ていった。ほんとにしゃべっているみたいだ。

「今の世ではご苦労されているようですね。乙姫さまが心配されているようです。あなたがそこの玉手箱を開ければあっという間に百年がたち、あなたは今の苦しみから自由になることができるのです」
 
 いつのまにかおれの足元に古い木箱が置かれている。正直、心が揺れ動いた。今の生活から逃げ出せたら、楽になるんじゃないか。その時、かすかに「おとうさーん」という声がした。紛れもなく母の声だった。
   ◇
 気づくと、おれは走っていた。家路を急いでいた。

 茜色に染まった空に、黒いシルエットが浮かんでいる。カラスだろうか、仲良く二羽飛んでいく。
 「おかあさーん」おれは夢中で叫んでいた。そういえば、幼い頃、浦島太郎の絵本を繰り返し読んでくれたのは、母だったっけ。


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このストーリーに関するコメント

12/07/30 草愛やし美

そらの珊瑚さん、楽しいお話だと思って読んでいましたら、深い話に驚きました。
介護は本当に大変です、逃げ出したい気持ちもよくわかります。でも、やっぱりこの結末でいいんですよね。何だかほっとして力が抜けました。
主人公の太郎さんに、明日からも頑張ってくださいねとどうぞお伝えくださいますように、よろしくお願いいたします。

12/07/31 くまちゃん

介護は本当に大変です。逃げ出したい気持ちはよくわかります。
でも「血」がそれをさせてくれません。
後悔しないように看とる他はありません。ケァーマネージャが相談にのってくださいますから公的な施設を上手に利用しながら。

12/07/31 ドーナツ

拝読しました。
決して暗くなりすぎない胸がキュンとするラストは、読み終わったあとも、余韻として響いてきます。

認知症の介護は、いずれは我が身にも関わってくることなので、浦島太郎さんの気持ち、自分のこととして受けとして受け取りました。

亀が話しかけるとこは、思わず笑みが。
亀のすました顔と浦島くんの驚いた顔が頭に浮かびます。
玉手箱には、そういう理由があったんだ、なるほどと頷いてしまいました。

12/08/01 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

浦島太郎が竜宮城での生活を捨てて、どうして故郷に戻ったかというと
親のことが心配だったからだと思います。結果的にはもう会えなかったわけですが。
現代で、それを叶えてあげるためにこのお話を書いたのかもしれません。

12/08/01 そらの珊瑚

くまちゃん、ありがとうございます。

これから先、もっと高齢化社会が進み、介護の問題は深刻になっていきそうです。それぞれの家庭で、後悔しないよう、看取ってあげられたら幸せですね。誰しも年をとるわけですし。

12/08/01 そらの珊瑚

どーなつさん、ありがとうございます。

水族館に行くと特にゆうゆうと泳ぐ海亀にめにいきます。
玉手箱は考えると、浦島太郎にとって理不尽なもののような気がします。
まあ、あのお話自体、不思議なSFかもしれませんね。

介護の問題は、私にとっても近い将来ふりかかってくるでしょう。
その時に、浦島さんのように、ちゃんと向き合えたらいいのですが。

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