ハヤシ・ツカサさん

テーマは「どこにでもある、日常。」 サラッと読めて、時々泣ける短編を目指します。

性別 男性
将来の夢 ハヤシ名義で短編集が出せたら。 ゼロから一を創り出す、小説家は憧れです。
座右の銘 人生は、死ぬその日までの暇つぶし。 だから、一分でも一秒でも楽しいことを考えて生きる。

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子種

15/07/19 コンテスト(テーマ):第八十八回 時空モノガタリ文学賞【 罠 】 コメント:0件 ハヤシ・ツカサ 閲覧数:742

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 乗っていたプロペラ機の墜落事故により、山奥に取り残された俺。ここがどこなのかはわからない。パイロットと同乗の取材記者は死亡したものと思われる。機体が空中分解された瞬間、彼らも四方八方に飛び散ったらしく、生存の有無がわからないのだ。
 わかっているのは、この村に男は俺一人であり、謎の老婆とその娘に助けられたことだけだ。そして、気が付けば年の頃なら35、6の、強引に娘の婿にさせられていたことだ。
 辺り一面、田園風景。一日中、鳥のさえずりで、今が平成何年なのかもわからない。とりあえず日本語が通じるので、日本のどこかであることは間違いないようだ。
 とにかく、情報がない。墜落のショックで脳がおかしくなっているのか、記憶が消えかかっているのだ。今が何月なのか、何曜日なのか、何時なのかもわからない。老婆も娘も、何故か一切教えてくれない。
 村長だ、と名乗る老婆によると、この村の男衆は都会に仕事を求め、全員出ていったのだ、という。当然、村に残された者は限られ、一人、また一人と命を落とし、私の記憶が定かならば、との注釈付きで、この村には自分と、娘の二人しかいないという。
 俺は、この村で生きていくか否か、の選択に迫られていた。ここでは原始時代のような生活が続く。食物は全て自然界から頂戴する。雨が降り、雪が降り、太陽が出て、沈む。日々、この繰り返しだ。
 ここが日本のどこかである、ということを確信したのは、そこかしこに見える物的証拠だ。多くのそれらは、幼き日、いやもっと昔に日本にあったであろう産業遺産の数々だ。それはモノクロのテレビだったり、足踏みミシンだったり、オート三輪とも耕うん機とも見分けが付かない廃車両だったり。
「アンタに、男と見込んで頼みがある。娘の中に、男の子の子種を送り込んで欲しい」
 ある日、村長はしっかりとした目で俺にこう訴えた。娘も、一切恥ずかしがる素振りを見せず、むしろ跡取り息子を出産するべき使命感に満ち溢れた精悍な眼差しで俺を見つめていた。
「わかりました」
 命の恩人である彼女たちに、俺は静かに頷いた。
 それまでとは栄養も全く違う、高カロリーの食事とはうって変わって、自然食の、本当に質素な食事の繰り返しにより俺の体調はすこぶる改善していた。メタボ腹は引っ込み、日々の農作業により健康を取り戻していた。当然ながら、娘を前にしての性欲は村長の期待に応えるに充分な備わり方をしているようだった。
 陽に当たってばかりの娘は、とにかく良く働く。日本人女性が忘れた大和撫子そのものである。抱きしめると折れてしまいそうな彼女の体は、アラサーだ、アラフォーだと年齢で決め付けたがることが野暮だ、と思い知らされるほどのいい女である。
 この村で若い女性は彼女たった一人、と聞いている。母親である村長よりも若い。判断基準はそれだけしかない。あの日以来、俺と彼女と村長である老婆、この三人で暮らしているのだ。
「それじゃ、襖を締めさせていただきますからに」
 ある夜。俺と彼女は二人っきりになった。黙って俺らの部屋を出て行く村長。まるで、これから旗を織るので覗いてはならぬ、と鶴が老夫婦に忠告するかの如く、俺たちは襖が閉まったのを確認し、見つめ合った。
 程なく、彼女の腹が出てきた。村長の、初めて見せる笑顔に俺も嬉しくなった。たった三人のこの村に、新たな命が誕生する。こうして村の歴史が始まっていく。大げさだが、俺はそんな気持ちでいっぱいになった。
 時は流れ、彼女は玉のような赤ん坊を出産した。しかし、子供をとり上げた村長は今までに聞いたことのないような大声を上げたのだった。
「大砲が、足と足の間にあるべき大砲が付いとらんではないかぁっ!」
 その天をも突き刺す大声は、空を飛び交う鳶や雀、烏をも驚かせた。出産後、疲れている筈の彼女も、苦虫を噛み潰したような顔で俺を見つめている。
「そ、そうは言っても、生まれてくるまでは男か女か、わからないですから…」
 俺は、そう答えるのが精一杯だった。
 あれ以来、口を聞いてくれない彼女と村長。ただ黙々と、日々の農作業をこなすだけだ。男の子ではなかったことに相当ご立腹らしい。
 よし、逃げよう。男の子の子種を提供できなかった責任を感じた俺は、長い間お世話になったここから逃げることにした。
 俺は走った。ただ、真っ暗な中を、夢中になって走った。軽くなった体のせいで、全速力が全く苦にならない。やがて疲れを感じ始めた俺は、十キロは走っただろうと確信すると、とりあえず山陰で朝になるまで身を隠すことにした。
 一夜明け、目を覚ました俺は、一人の女性と老婆に助けられていた。
 その老婆は、起き上がった俺の肩を叩きながら、微笑んだ。
「この村には男がおらんのじゃ。アンタ、わしの娘と一緒になって、跡取り息子を授けてはくれんか」


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