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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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僕の甘党シンデレラ

15/07/13 コンテスト(テーマ):第八十六回 時空モノガタリ文学賞 【 掃除 】 コメント:0件 冬垣ひなた 閲覧数:1024

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お客様、来ないな……。
ケース越しに見るケーキやデザートは色鮮やかで、いつもより何割か増しで美味しそうだが、外は雨。
梅雨が終わってすぐ台風だ。ついていないな。
エプロン姿の大地の足元に、気が付くと大きな水たまりができていた。
水源はケースの下だ。
「しまった!」
大地は慌てふためいた。
洋菓子ケースは乾燥防止に適度な湿度を含んでいて、雨の日の排水量は半端じゃない。受け皿の水を捨て忘れると大惨事になりかねないのだ。
そんな時だった。
「店長!」
飛んできたのは、遙の声だ。素早い動きで、すでに水かき棒を手にしている。
「どいて下さい!」
大地が動くと、遙はゴムべらを床に滑らせ、巧みに水を店外に掻きだしてゆく。大地は受け皿の水を捨て、モップを手に、遙に加勢した。
格闘すること5分、客のいない店内は何とか元通りになった。危機一髪だ。
「ごめん」
「店長。お願いがあるんだ!」
エヘへッと、遙は八重歯を見せて笑った。


大地がこの『パティスリーフローラ』を継いだのは、17歳の時だ。洋風の洒落た建物は父の念願だったが、改装して間もなく持病を悪化させ、無念にもリタイアした。
このままでは、改装費用のローンが……。
父の懇願で高校を中退して、大地がパティシエ人生を歩き始めたのは、あまり夢のない理由だ。
ケーキ作りは素人でないにしろ、経験はまだ浅い。それでも何とか若さで乗りきった。
しかし昨年、そんな二代目の尻を叩いてきたパートさんが、老齢を理由にやめる事になった時など、もうこの店は終わりだと思った。
ケーキ屋は、ケーキを作って売ればそれでいいというものではない。
「食中毒は怖いんだ。掃除だけは怠るな」
病床の父から口酸っぱく言われるのだが、慣れない大地は厨房の掃除で手いっぱいだ。
埃を払ったり、窓を磨いたり、売り場の清掃は店としては死活問題なのだが、エレガントな外観に惹かれてやってくる面接の女性は口をそろえて言う。
「私は掃除をしに来たんじゃありません!」
帰って行く女性の後ろ姿を見送る大地は落ち込み、包装台の上で几帳面に仕分けされたサテンのリボンを手に、叱咤激励してくれたパートさんを懐かしんだ。
皆、華麗なラッピングやディスプレイばかりに目を向けるが、魔法使いの真価はここにあったんだな。


遙がやってきたのはそんな時だった。薄化粧に髪をきちんと束ね、爪を切り面接に臨んでくれたのは彼女が初めてだった。
「素敵なお店ですね」
「前の人のお陰だよ」
大地は素直な感想を口にした。
「この店の客は大半が女性だ。僕とでは、ケーキの好みも違う。その辺を上手く接客してくれると助かるんだ」
「頑張りますね!」
その言葉通り、遙は実によく働いた。
朗らかな彼女の空気は客を和ませ、自然と皆笑顔で帰って行く。
陳列棚にはたきをかけることも、指紋のついたガラスを拭く事も忘れない。誰も見ていないのに、彼女は本当に一生懸命だった。
「君は、どうしてそんなに頑張れるの?」
大地は聞いてみた。
「だって綺麗だと嬉しいじゃないですか」
遙はこともなげに言う。
「お客様が楽しくなければ、ケーキもかわいそうです!」
大地は肩の力が抜けた。
商売は客があってのものだ、誰のための清掃であるかが、自分には抜け落ちていた。
翌日、大地は思い切って店を早く閉め、遙と一緒にワックスがけを行った。
久しぶりに丹精込めて床を磨きあげ、丁寧にワックスを塗り乾かすと、大地は突き抜けるようなカタルシスを感じる。
父の言う通り、不衛生は命に関わる。清潔感に救われた気がするのは、人間の本能かもしれない。
「わぁ、ピカピカですね」
照明を反射した白い床の輝きは眩しかった。フロアに立つだけで特別感が増す。
エプロンを外した遙が、大地にはまばゆく見えた。
「ありがとう。良かったら、試作品があるんだけど……」


こうして、この『はるかスペシャル』は生まれた。
パフェの上にケーキが乗った豪快スイーツだ。
遙と共に女性の夢を追求した結果、テイクアウト不可能な仕様になり、商品化は見送ったが、昼休憩に時折注文する遙は幸せそうだ。
……。
「ダイエットに成功したら店長にお話したい事があるんです!」と、言ってくれたはずだけど!?
願いが通じたのか、遙は思い出してくれたようだ。
「あ。雨が止んだら店頭のタイル敷き、掃除しましょうね!運動にもなるし!店長、最近また太ったでしょう?」
……僕?
僕なのか?ダイエットは!
大地は自分の腹の肉をつまんで、苦笑いした。
そんな時、電話が鳴った。
バースデーケーキの予約だろうか?
「お電話ありがとうございます、『パティスリーフローラ』です……」


さあ、今日も軽やかなステップでお客様を迎えよう。
どんなに疲れても、観客の前に汚れた足跡は残さない。
それがきっと、君と僕の夢なんだ。


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