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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

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門の音

15/07/13 コンテスト(テーマ):第八十八回 時空モノガタリ文学賞【 罠 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:885

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 翔は勿論、翔の浮気相手も同罪で断罪だ。あたしはそいつの家に土足で上がり込む。
 とぼけた顔の女に右ストレートをプレゼントすると、血は出ないまでも鼻と心を折るには充分。
 ごめんなさい、ごめんなさいと女は謝るけど、許すわけにはいかない。馬乗りになってビンタとパンチをリズミカルに織り交ぜる。女は涙と鼻水でグズグズになって、不細工のデラックスパフェ。
 ようやくわめき声が静かになり、あたしの怒りが収まったので帰ろうとするけど、股緩尻軽女の心を折った手応えは偽物だったようで「おばえ、ぜづだいごおうがあなあああ」と懲りないから、あたしは女の腹に蹴りを入れ、その場を後にする。

 男相手の喧嘩も、警察も怖くはない。
 ただ、母親はあたしの知らない男を頻繁に家へ連れ込む癖があって、その度に幼い頃のあたしは騙される。静かにしてたら玩具買ってあげるから、お子様ランチ食べに連れてってあげるからと甘い言葉を囁き、あたしを押し入れや台所下の収納スペースへ押し込む。あたしは母親の言う通り大人しくしてるけど、約束が守られたことは一度だってない。
 それがあたしを暗いところへ誘って閉じ込め、馬鹿な子どもだと笑う罠なんじゃないかと疑いたくなるほど、あたしはその小さな空間が嫌いだ。そこを埋めつくす黒とあたし自身がいつの間にか一緒になっちゃいそうな感覚が永遠の地獄のように襲う。だからあたしは、母親に怒られぬようなるべく物音をたてず体を動かす。腕をぶんぶん振って暴れながら、光が差し込むのを待っている。

 ーー女の報復は予想以上に早く、次の日に屈強な男たちを大量に従えてあたしの前に現れる。
「昨日絶対殺すって約束したよね」女の鼻を覆うガーゼがやけに白く見えて情けない。
「そんなこと言ってた? あんた昨日、あたしにボコられてずっとごめんなさいしか言ってなかったじゃん」あたしが少し馬鹿にしてやると女は切れて、なんだとコラー! 男たちと一緒にこっちへ駆け出してくる。
 煽ったはいいけど、さすがにこの人数一気に相手してたら勝ち目がないな、なにか策を打たないと。
 あたしは背を向けて地面を蹴り、走り出す。

 一瞬、適当な店へ逃げ込もうかとも考えたけど、どこに女が仲間を配置しているかわからない。
 あたしは女たちに追いかけられるまま走る。足にも体力にもさして自信はないけど、あたしはなかなか捕まらない。それでも付かず離れずの距離で集団は追いかけてくる。

 ......はぁ、はぁ、もう限界、疲れた。
 前方からも女の仲間が走ってくる、挟み撃ちだ。あたしは仕方なく、二週間後に取り壊しの決まっている今にも朽ち果てそうなビルのなかへ飛び込む。逃げ場を狭めるなんて自殺行為かもしれないけど、どこかへ隠れて反撃のチャンスを窺おう。
 だけど、ドアはいっぱいあるのにどれも開かない。どんどん上へと追いやられていく。

「お前絶対殺すからな!」女の狂ったような怒声が耳に届く。
 このままじゃ数に押し切られて嬲り殺される可能性大。
 あたしは次から次へとドアのノブをガシガシ回す、それでも開かない。
 そのなかで一つだけ、開く扉がある。本当はこんな訳のわからないところへ逃げ込むのは嫌だけど、考えてる暇はない。
 身を投げるようにして部屋に入り、手探りで鍵を閉めて見たものは、ありえないほどの黒。黒、黒、黒。なにも見えない。

「作戦成功!」そう言って女は扉の外で笑う。「なんでもいいから手当たり次第、ここ積んじゃお」
「なにすんだよ!!」背に冷や汗をじわり感じながら、あたしは声を荒げる。
「あんたをこんなか閉じ込めるために、私たちわざと追いつかないようにしてたの気づかなかった〜?」女の言葉に他の男たちも笑う。「そのなかで沈んでろ、ザコが」
「おい、出せよ! お前ら、こんなことしてただで済むと思ってんのか!!」
 あたしの怒りも今じゃ負け犬の遠吠え。そのなかはひたすら暗く、女たちの声が遠のいて時間が経っても、目が慣れない。まだ日中だっていうのに、光の一筋さえ与えてくれない。

 怖い、怖い、怖い。だから嫌なんだよ。あたしはいつどんな場所でも、扉を開ける行為に恐怖を感じていた。
 その扉が実は地獄行きの門で、ふとした瞬間、母親に放り込まれた押し入れや台所下へ繋がってるんじゃないかと、いつも怯えていた。
 あたしは子どもの頃以上に暴れ、意味にもならない言葉をガウガウ捲したてるけど、それは誰にも届かない。
 
 ーー動いているときは勿論、黙っているつもりでも、人は無意識に物音をたてる生き物だ。
 ただ、次第に五感そのものが薄れていく。あたしがあたしである感覚が奪われていく。
 
 そしていつしか、この漆黒とあたしは寸分の違いも無くなるだろう。
 このままあたしは門に捕らえられた音として、闇に溶け混じるーー。


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