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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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正気と狂気の交差点

15/06/29 コンテスト(テーマ):第八十七回 時空モノガタリ文学賞 【 私は美女 】 コメント:9件 クナリ 閲覧数:1852

時空モノガタリからの選評

タイトル通り、正気と狂気、現実と虚妄とが入り交じった二重構造が驚きであり、強烈な印象の作品だと思います。コメント欄の補足や詳細な設定を自力で文中から読み取るのは、なかなか困難なことだと思います。ですが、謎が謎のままであったとしても、ただならぬ不穏な空気と求心力が作品全体に満ちていて引き込まれます。きっと、出鱈目に描かれたのではなく、緻密な設定が作者の頭のなかにあるからこそ、文章が濃厚な密度を持つのでしょう。美への執着から、ここまで陰惨な事件へと発展していくことが驚きであり、強烈な印象を残す作品でした。

時空モノガタリk

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 放課後、私が家に着くと、玄関のドアが開きっ放しになっていた。
 中学二年生になったばかりの私は、両親と弟の四人家族なのだけど、ドアを開けておく癖のある人間は家族にはいない。
 嫌な予感がした。
 見慣れた家の玄関が、ぽっかりと口を開けて私が飛び込むのを待っている、得体の知れない怪物の口に見えた。
 朝出かけた時とは、家の中の空気の色が違って見える。
 何かが起きている。尋常でないことが。
 廊下へ上がると、リビングのドアも半開きになっていた。
 恐る恐る、ノブを指で押す。
 真っ赤なリビングには、肉塊となった両親と弟が、一面にばらまかれていた。
 肉塊が三人分だと分かったのは、中央のテーブルに、丁寧に三つの生首が置かれていたからだった。
 私は、あらん限りの力を喉に込めて絶叫した。
 そして、部屋の片隅にある、私の胸くらいの高さの木製のチェストに駆け寄った。
 黒塗りのそのチェストは、金庫のように頑丈そうだった。両開きの大きな扉が正面に一つだけ付いていて、その他には飾りも凹凸もない。
 私はチェストの前に散らかるガラクタを足で払い、その扉を一息に開けて、
「アルトマン!」
 と呼びかけた。
 チェストの中には、膝を抱えた長髪の女性が膝を抱えて座っている。横向きになっているので、こちらからは左半身しか見えない。
 顔の右側すら、私は一度も見たことがなかった。私が物心ついた頃からずっと、アルトマンはここにこうしているというのに。
 彼女は、いつもそうしているように、不明瞭な言葉をふつふつとひっきりなしに呟いている。私とは目も合わせない。
「アルトマン、ずっとここにいたんでしょう? 何か知らない? 誰が……誰がこんなことをしたのか、犯人を!」
 けれどアルトマンは、何の反応も示さなかった。
「そうね、私はあなたと一度も、意思の疎通なんてしたことがない」
 私は呟き続ける横顔に平手打ちをし、その胸ぐらをつかんだ。無理矢理に、私の方を向かせる。
「でも、今日はそれじゃ済まないのよ。ねえ、何か聞いていたのなら――」
 その時、私は初めて、アルトマンの顔を正面から見た。思っていたよりも、遥かに整った顔立ちをしている。
 そして、これも初めて、アルトマンは私の目をまっすぐに見つめて、話し出した。
「私は美女である」
 何の話をしているのかと、私は、かっと頭に血が上った。しかし、アルトマンは構わずに続ける。
「私の美は、私の正気が担保する。その正気から、私は手を放す」
 そう言うと、アルトマンは小さくしゃくりあげながら、
「かあかあかあかあ」
 とえづき出した。その目は今は焦点を失い、もう私を認識していない。
 私の家族は死に絶えた。アルトマンも発狂した。
 私の顔は、アルトマンと同じように美しい。
 けれどそれを担保してくれるものは、もう何もない。
 この家には、鏡もない。
「私は美女よ」
 そう呟いても、何の証明にもならない。私の正気で担保したくても、その正気こそが証明できない。
 ならばこのリビングの惨状も、現実なのか虚妄なのか、証明してくれるものは何もない。
 目に見えたものが、本当だとは限らない。
 そうだ、こんなこと、起こるはずがない。
 やっぱりこれは、私の夢か妄想だったんだ。

 ふと気付くと、アルトマンのえづく声が止んでいた。
 そして、私は産まれて初めて、黒いチェストが空になっているのを見た。
 アルトマンはどこへ行ったのだろう。
 私はがらんどうになったチェストの中に入り、膝を抱えて、横向きに座ってみた。
 すぐ目の前に、私の視界を塞ぐように、黒い板がある。そして私の他に人間の絶えた家の中では、物音一つしない。
 目も耳も、ここでは何の証明もしてくれない。私の心と同じに。
 けれど。
 リビングを満たした酷い匂いが、私の鼻を侵した。
 匂いのする方へぎりぎりと首をねじると、そこにはやはり赤黒い地獄絵図が広がっている。
 そして耳が、弟の最後の声を再生した。
『オネエチャン』
 私の五感が、現実を証明した。
 心だけを置き去りにして。

 内側から扉を閉めると、チェストの中は漆黒の闇に覆われた。
 分厚い板は、外界の自然音をほとんど通さない。
 人間の内臓が放つ匂いも、今は断たれた。
「私は美女」
 唱えるように言う。
「私は美女よ」

 異を唱える者も、慰める者も、もういない。
 この扉が外から開かれた時、私は正気を完全に手放そう。
 それで、現実はなかったことになる。
 パトカーのサイレンが、黒い板を貫いて私の耳に届いた。
 続いて、家に上がり込んで来る足音が響く。
 遠からず、チェストの扉は開かれるだろう。
 その時私の夢は始まり、アルトマンがまた現れる。現れるはずだ。

 けれど、彼女には二度と会えなかった。


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このストーリーに関するコメント

15/06/29 クナリ

意味不明ですみません。
以下は、作中では説明されなかった事象です。
作中でやりたかったこと、自分としては表したかったことはほぼ書きつくしましたが、「何が何だか全然分からないと気持ち悪かやなか!(←滅茶苦茶)」というのは申し訳ないので、一応書いておきます。
が、もちろん、真相なんぞ気にならない場合は読む必要はないです。
コメント欄でこういう補足はよくないというのは分かっているのですが、作品内容の欠損を補完するものではありませんし、話は話として独立して完結しているつもりなので、書いてしまいます。
どうもすみません。

・放課後というのは嘘で、この日は日曜日である(父親が在宅している)。ここから既に、主人公の現実の認識は破綻している。

・家族三人を殺したのは、主人公である(殺害方法は外傷ではなく、毒である。解体したのは、死亡後である)。殺害後に家のドアを開けっ放しで飛び出し、現実逃避をしたがる脳が「あの恐ろしい現実は夢だったのではないか」と考え始め、やがてなかったことにしてしまい、軽い記憶喪失状態で家に戻った。

・帰宅時に家に異様な雰囲気を感じるのは、中で何が起こったのか、既に主人公が無意識下で知っているためである。

・殺害の動機は、醜い主人公を家族も憐れんでいたことへの逆上である。

・主人公には大きな容姿コンプレックスがあり、そこからの逃避願望も極端に強かった。その結果、主人公は幾度となく家族に「私、美人?」と聞き、その度に家族はごまかしたり、美醜とは別の価値観の話をしてごまかした。それを主人公は、婉曲的な否定だと気づいており、大きなストレスになっていた。

・家に鏡がないのは、自分の醜さを認めたくない主人公が全て撤去したためである。

・アルトマンは主人公自身の投影である。美女であるというのは、主人公の願望である。

・アルトマンは、暗いチェストの中で目も耳も機能していないが、真実には気づいている(と主人公は確信している)。これは、実は自分の醜さを心の奥底で認めている主人公が表われている。

・アルトマンが昔からチェストの中にいたというのは、主人公がこの日に思いついた設定である。実際にはチェストは普通のチェストで、中は物入れになっていた。

・主人公はアルトマンをチェストの中に現出させるために、チェストの中身をかき出してアルトマンがいるスペースを作り、そしてその姿を見出した。主人公が足で払うガラクタは、もともとチェストの中にしまわれていた物や、棚板などである。

・家族三人分の生首が揃えて置かれているのは、物言わぬ状態になっていれば主人公が「私は美人?」と問いかけても、家族は不愉快なごまかしをしたりはしないからである。ただし、当然美人であることを肯定もしてくれない生首への不満は、主人公の狂気を加速させている。

・正気でいる限り、脳の一存では現実からは逃れられないと知り、主人公の虚妄の象徴であるアルトマンは消えた。

・逃れられない現実が、チェストの扉を開いて再びつきつけられた時、その恐怖に自分は耐えられないと主人公は考えている。そのために、警察が来た瞬間に発狂することを決めた。

・しかし、その計画性は理性あってこそである。理性ある限り、正気は繋ぎとめられてしまう。扉が開かれ、もう一度自分のまき起した惨状を目の当たりにする時、主人公は正気のまま、全てを受け止めることになる。

15/07/06 タック

拝読しました。

主人公が家族を殺害した、というのは分かったのですが、アルトマンなる美女の正体と(主人公の逃避したい心が生んだ虚像?)事件の真相が(殺害に至った経緯とは、陰惨な状況を作り出した心情とは?)鈍い自分にはどうしても分かりませんでした。
全てが主人公の虚妄、として片づけるにはあまりに現実的な空気が作中には漂っていますし、うーん、自分には難しかったですm(__)m

15/07/06 クナリ

タックさん>
タックさんが鈍いなどということは無く、単に説明されていない(されていなければ分かりっこない状況)のですから、当然なのです。
今回は現実の中でのしかかる主人公の狂気(逃避願望と罪悪感がその主成分ですが)が書きたかったので、状況の説明は全くしていないも同然ですから…。
ただ居心地の悪さというか、イヤな感じを感じていただければうれしいのです(それもどうなのかッ)。
コメント、ありがとうございました!

15/07/27 光石七

すごいですね……
主人公の心象風景と心理描写に圧倒されました。
実は私も今回狂女を描きたかったのですが、難しくて断念しました。
主人公が狂いかけていること、アルトマンは主人公の分身であること、犯人は主人公であることは読み取れましたが、補足コメントで「ここまで緻密な設定があったのか」と感嘆しました。
本当に居心地の悪いお話ですね(褒め言葉ですよ)。でも、どこか切ない。
興味深く読ませていただきました。

15/07/28 クナリ

光石七さん>
精神に異常を(一部あるいは全部問わず)きたしている主人公の一人称というのは、章替えでもしない限り「客観的事実」を軸に話を組み立てられないので、思ったより大変でした。
ただ、これはもう細密なストーリーを作り上げて読み進めてもらうというより、何かよく分かんないけど気色悪い迫力で押しきっちゃえー☆という感じで書きあげました。
コメント欄は蛇足であるというのは重々承知しながら、それでも書いてしまいました(^^;)。読んで下さってありがとうございます。
こういうタイプの作品は一度書いてみたかったので、自分としてはいい経験になったと思っています。
改めて読み返すと、本当に勢いだけで書いていますけど(^^;)。

15/08/17 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

なるほど、そういう設定だったのですね、たぶん、かな?違う?とか想像しながら読み終えました。私の乏しい脳みそでも半分はわかったようです。
彼女は狂気でも美しい女でいたかったことでしょう。全く動機が違うでしょうが佐世保の女子高生が殺人をした事件を思い出しました。短絡的な頭なので、女子、殺人、猟奇的という部分で繋げたのでしょう。ただ、猟奇を起こす狂気は同じものかもと思いました。

一般人にとり不可解な殺人を犯す者が今もいます。絶歌の主人公にしても他の者もその心境は測りかねます。単純にはわからない闇の部分がこのお作で描かれているように感じました。たぶん、本人自身もわかっていることとわかっていないことが複雑に絡み合っているのではないかと思います。かってな私の解釈お許しください、書こうかどうしようか迷っていましたが、他の方のコメントなど読み書いてみました。

15/08/20 海見みみみ

クナリさん、コメントも含めて拝読しました。
この真相には気づきませんでしたね!
そして改めて読みなおすと伝わってくる狂気。
アルトマンの存在が狂気を更に増幅させます。
圧倒される作品でした。

15/08/22 クナリ

海見みみみさん>
長々とした、しかも蛇足のコメントで申し訳ありませんッ。
あってもなくてもいいものなら書いておくかなー…と思って書いたのですが、むしろ邪魔でしたね…というかここまでを作品内に入れ込むべきだったのでは、と後から思っています…。
とにかく疾走感があって意味不明で狂気な感じのままラストまでいく、というのがコンセプトで、それはある程度うまくいっているのかもしれませんが…。
コメント、ありがとうございました!

15/08/22 クナリ

レスの順番が前後してしまいました…ッ。

草藍やし美さん>
そう、そういう設定だったのですが…そこまでを作品内に入れ込むべきだったかと…(何回言うねん)。
まあ、そうした第三者からの説明を省いて、突っ走ってる感のまま最後まで終わる、というカタルシス(ではないか(^^;))のために、あえて犠牲にしたものではあるのですが――ですが。
不可解な殺人については、本人にも周囲にも理解できない部分が多いのでしょう。
それをワイドショーやコメンテーターが分かりやすく紐解く不利をして自分たちの利益にしたり、芸能人様などが自分ならではの切り口で得意そうに語るあたりまでが、「周囲」にできる限界なのかもしれません。
殺人も自殺も、一歩引いて見てみてれば単なる現象であって、そこに何らかの意味を――子供だから、孤独だから、子供のころに孤独だったから、恵まれていたから、不幸だったから、何不自由なかったから、何の自由もなかったから、男だから、女だから、普通だから、異常だから、色々――見出そうとするのはそもそも無駄なのかもしれないと、よく思います。
それでも残念なものは残念だし、悲しいものは悲しい。
決着や消化の仕様のないものが世の中にあると知った上でそれと向き合っていかなければならないのが、世の無情と言うものなのかもしれません。

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