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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

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Cleaning of life

15/06/29 コンテスト(テーマ):第八十六回 時空モノガタリ文学賞 【 掃除 】 コメント:1件 浅月庵 閲覧数:1085

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 浮気と不倫の違いはよくわからないし、定義だってどうでもいいけど、かつて僕の妻だった綾子はもういない。
 ちょっと言い方が古いかもしんないけど、綾子はバリバリのキャリアウーマンで僕より年収が高かったし、綺麗な顔してたし、物の言い方がちょっとキツくて僕はいつも尻に敷かれてたけど、そのサバサバした性格は案外男受けが良いのかもしれないな、なんて今になって思う。
 僕には勿体ない女だった、と呟いて卑屈になるのも簡単だし、子どもができる前にこういう結果になってしまったのは不幸中の幸いだった、とポジティブな考えを横入りさせるのも容易だ。まぁ、元々綾子は子どもを欲しがらなかったけど。

 でも、綾子の荷物がすべて無くなったこのマンションの一室で、ひと一人いなくなった分広く感じ、空気も軽くなったこの空間で、改めて僕自身の荷物の片付けを行なっていると、綾子との思い出が集まる。
 結婚指輪にペアネックレス、誕生日プレゼントの財布や鞄、柄にもなく遊園地へ行ったときに買った粘土を壁に何度もぶん投げたような形をしたキャラクターのキーホルダー 、初めてデートしたときに観た映画チケットの半券。半券に至っては、まだそんなの取っといてるの?って綾子に笑われたっけな。
 僕はそれらすべてを燃やさないゴミ袋の中へ流し込む。もう綾子との関係は終わったのだ、綾子に関するものは塵一つ残さない。
 携帯に入っている二人に関する画像は全部削除したけど、本棚に写真のアルバムが数冊残っている。僕はそれを見返すこともなく、厚紙の表紙ごとぐにゃぐにゃに折り曲げてゴミ袋へ突っ込む。歪な形をしたアルバムの隙間から、今もなお時が止まった二人の幸せそうな顔が見える。僕は袋の口の端と端を両手で持ち、足を突っ込んでそのアルバムを奥へ奥へと捩じ込む。もう思い出さないように、胸の内の最深部へ追いやるよう力を込める。

 僕は綾子のことが好きだった、愛していた。
 でも、最後に綾子が言った僕への甲斐性なしという言葉は、特に生活に不自由していなかったのに、なんでそんなこと言うのか疑問だったし、なんでもズバズバ言ってのける綾子が結婚生活中、金銭面について一切触れていなかったのだから苦し紛れの捨て台詞だったのかもしれない。
 だけど、甲斐性なしは経済面だけでなく、根本的に頼りにならないという意味の側面も持っているので、僕なんかより懐の深い相手が現れ、あいつにその身を委ねようと本気になって綾子は人の道を外れたのだ。

 裏切る、裏切らないって言葉は契約的で好きじゃないけど、結婚した以上そこには二人の誓いが確かにあって、それを綾子は一方的に破ったのだから、僕に怒る権利くらいはあるだろう。
 綾子の言葉は謝罪なんかではなく、最後まで僕に罪を押しつけようとするあなたが悪いの一辺倒だったけど、それならそれでいい。彼女に対する愛や後悔はまとめてゴミ収集車のローラーに粉砕してもらおう。もう今日、ここですべては終わりだ。

 でも、残念なことにまだ綾子とその不倫相手からの贈り物が残っていて、僕はそれをどうするべきなのか考える。
 なんだかこのお金に負のオーラみたいなものを感じるのは僕だけだろうか。お金はお金だと人は言うだろうし、精神的苦痛を受けたのだから好きに使えと皆は口を揃えるだろうけど、この慰謝料、数百万円をちまちま生活のため使うたび僕の脳裏に綾子の顔がちらつきそうだ。貯金残高が上乗せされ、どこからどこまでが慰謝料なのかわからない、ごちゃ混ぜ状態にするのだけは避けたい。プールのなかに少量のコーヒーを注いだとき、もうその純度百%のコーヒーだけを掬い出すのは不可能に近いのだ。
 僕より年収のいい綾子がこんなはした金で痛い思いをしているとは到底思えないし、このお金の使いどころなんて、ちっとも興味ないだろうけど、僕はその札束を、僕なりの無駄と思えることへ注ぎ込む。

 競馬場ーー。
 僕はその慰謝料全額を一番人気のない馬と二番目に人気のない馬へ賭ける。これで数百万は水の泡だ。綾子とその不倫相手が汗水垂らして働いたそのお金を溝に捨てる。綾子の目の届かないところで僕が行なうささやかな嫌がらせ。これですべて終わりなんだから、一円も残らず、なににも消化されない使い方をしないと。

 当然、その競走馬二頭が先頭を走ることはない。あの二頭はあの二人、不倫してしまったことをいつか悔やみ、最後尾で日の当たらない陰を走るがいい、なんて呪いをかけるけど、そんな柔な精神してないだろうな、あの二人は。
 僕はビールを喉に流し込む。レース結果は勿論惨敗だけど、清々しい。
 一発大逆転で馬券が大当たり、僕は一気に大金持ちだ! なぁんてことはない。当たり前だ、漫画やドラマじゃないんだから。

 現実とは案外、オチもなく延々と続いていくものなのだ。


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このストーリーに関するコメント

15/07/15 光石七

拝読しました。
元妻に関するものをすべて捨てないと、主人公は再出発できなかったのでしょうね。
「えっ、それまで捨てるの!?」と、もったいなく思ってしまいましたが、気持ちはわかる気もします。
ラストの一文に思わず頷いてしまいました。
でも、主人公は清々しい気持ちで新しい人生の第一歩を踏み出すことができるのでしょう。

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