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宵野遑さん

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始まりの動物園

15/06/28 コンテスト(テーマ):第八十五回 時空モノガタリ文学賞 【 動物園 】 コメント:0件 宵野遑 閲覧数:912

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 初夏の日射しの下、佐藤はスーツの袖から手首を伸ばし、腕時計で時間を確認した。観察を始めてから三十分が経っても、ライオンは動こうとしない。両脚を伸ばし、コンクリートの地面に腹をつける格好のまま、眠たげに目を細めている。
 ――檻の中で大人しくしていれば食うのには困らないもんな。
 佐藤は同情のまなざしをライオンに向けた。
 ――でも、それでいいのか時々わからなくならないか? これから数十年も今の会社に勤めてさ、爺さんになった俺は自分の人生に満足できるのかな? 入社が決まったときはあれほど喜んだのに、半年も経たずに辞めたくなっちまったよ。
 柵を握る指を蜘蛛の脚のようにパタパタと動かし、佐藤は呟いた。
「ギターを弾く時間が欲しい……」
 すると、それまで置物のようだったライオンが体を起こし、たてがみを揺らして檻の手前まで歩み出てきた。佐藤は目を見張る。ライオンが天を仰ぎ見たので、佐藤も同じように顔を上げた。視界が空の青一色になる。
 と、突然の轟音が耳を打った。ライオンが雄叫びを上げたのだ。
 佐藤は驚きながらも、ふつふつと胸の内に燃えたぎる何かを感じた。
 ライオンは佐藤を一瞥すると、再び声を張り上げる。佐藤は柵から身を乗り出し、周囲の目線も気に掛けず、衝動のままに叫んだ。
「俺はバンドがやりてえんだよ! 休日出勤も、サービス残業も、やってられっか! こんな人生、全然ロックじゃねえ!」



「変な人だったわね。いきなり叫ぶし、休日なのにスーツ着てたし」
「ライオンの真似だったのかな?」
 中央広場のベンチで、昇太と美鈴は休憩をとっていた。
 美鈴はぐるりと周囲を見回した。広場の芝生に散らばった色とりどりのレジャーシートの上で、小学生たちがわいわいと昼食をとっている。
「遠足なのね。子供ってかわいいな」
「みんな元気だな」
 昇太は広場の中央にある噴水を眺めた。弁当を食べ終えた子供たちが、早くも水遊びを始めている。
「家族が増えるのも、賑やかでいいかもな」
「え?」美鈴は驚いた表情で昇太を見つめた。「子供、苦手じゃなかったの?」
「あれを見てたら、悪くないかなって思ったよ」
 昇太の視線を追い、はしゃぐ子供たちの様子を眺め、美鈴は嬉しそうに微笑んだ。
 午後一時を告げる噴水が空高く吹き出し、虹色のしぶきを浴びた子供たちの歓声が広場に響く。ベンチから立ち上がった美鈴が昇太の手をとり、二人は歩き出した。
「ねえ、男の子と女の子、どっちがいい?」



 レンズ越しの視線は、草の上にすわりこむゴリラを捉えていた。仰々しい格好でカメラを構える青年の様子に、ゴリラは鼻を鳴らした。よれよれのシャツに穴の開いたジーンズという身なりと、一級品のカメラとの組み合わせがあまりにも不釣合いだったのだ。
 カメラを持った人間を日常風景として目にしているゴリラは、青年のぎこちないカメラの扱いから、彼が初心者であることを見抜いた。そんな人間に写真を撮られたところで、一文の得にもなりはしない。
「面白くないなあ」
 青年はカメラを下ろした。
「まったく、ここで一番元気な動物は小学生たちだ」
 柵の前、青年の左右に並んだ子供たちは、ゴリラが何の動きを見せなくても、楽しげに騒いでいる。
「お前はぬいぐるみと変わらないな。野生のような魅力はからっきしだ」
 青年の言葉にゴリラは腹を据えかね、立ちあがった。
「ゴリラが立った!」
「ゴリラでかいな!」
「何するの!」
 子供たちがゴリラを次々と指さす。
 ゴリラはここぞとばかりに胸を叩いた。それは野生育ちとしてのプライドを込めた、ドラミングだった。
 ますます騒ぎ立てる子供たちのあいだで、青年は息を呑み、何度もシャッターを切った。
「次のコンテストはこれで決まりだ!」



「まだ動物園に着かないのー?」
 優衣は後部座席から、ハンドルを握る父親に聞いた。
「もう少しだよ。ドライブはもう飽きたのか」
 そう言って父親はカーラジオのスイッチを入れた。
 ステレオから流行りのロックバンドの音楽が流れる。
「早くキリン見たいー!」
 動物園のことしか頭にない優衣に、ラジオはまったく効果を発揮しなかった。
 見かねた母親がバッグから動物園のパンフレットを取り出し、優衣に渡す。表紙に並んだ動物の写真を目にして、ぱっと表情を明るくした優衣は、あれも見たいこれも見たいと、動物の名前をあげつらねた。
 ほっと息をついた母親が言った。
「この動物園はお父さんとお母さんの思い出の動物園なのよ」
 それを聞いて、ラジオに合わせて口笛を吹いていた父親が懐かしそうに目を細めた。



(了)


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