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かめかめさん

http://ameblo.jp/kamekame1976/ ブログデシセイカツバクロチウ

性別 女性
将来の夢 印税生活
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思い出のヒョウタンツギ

15/06/27 コンテスト(テーマ):第八十六回 時空モノガタリ文学賞 【 掃除 】 コメント:0件 かめかめ 閲覧数:915

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「さやかちゃんは本当に良い子で。クラスのまとめ役なんですよ。私のいたらないところもしっかりフォローしてくれるんです」

 五年生になったさやかの担任の菅野先生が家庭訪問の時にそう言って褒めてくれた。
 母親が喜んでその日の晩御飯はさやかの大好物のカキフライにしてくれたけれど、さやかはそれよりも自分が一人前と認められたようで嬉しくて、夕飯も半分も手つかずで残してしまった。
 ふわふわと宙に浮いたような気分だった。
 クラスの問題には積極的に首を突っ込んだ。困ったことがあれば力を尽くして解決させた。
 しかしさやかのクラスは、もともとまとまっていて目立った問題もない優秀なクラスで、そう毎日活躍できる場があったわけではない。
 さやかは徐々に「しっかりする」ことを忘れていった。

 児童会室の掃除当番の日のことだった。
 黒板に「ヒョウタンツギ」の落書きがあった。
 さやかは手塚治虫の『ブラックジャック』の大ファンだったので、一目でそれが「ヒョウタンツギ」だとわかった。

「ねえねえ、これ見て」

「えー。なにこれ、ブタ? 下手くそー」

「違うよ、これ、ヒョウタンツギだよ。すごく上手だよ」

 さやかは同じ班の友達に、手塚治虫の漫画の話を始めた。
 興が乗って、ブラックジャックやピノコ、ランプ氏の似顔絵を黒板に描いてみせた。

「さやかちゃん、絵、じょうずー」

「すごーーい! もっと描いてー」

 得意になったさやかは、次々と黒板に絵を描き続けた。

「あんたたち! 何やってんの!」

 怒鳴り声に驚いて振り向くと、部屋の入口に菅野先生が仁王立ちになっていた。
 ワナワナとくちびるを震わせて、真っ赤な顔をしていた。
 あ、しまった。と、さやかは我に帰った。

「壁に向かって並んで、お尻を出しなさい!」

 ぞろぞろとさやかたちは壁に向かうと、壁に両手をついて、お尻を突き出した。
 バシン!
 バシン!
 バシン!
 鈍い音が児童会室に響く。
 バシン! とすぐ近くで音がして、隣に立っていた子がビクっと身をすくめた。
 
 叩かれる!
 
 さやかは身をすくめたが、
 バシン!
 鈍い音だけが妙に響いて、叩かれた痛みも、罰を受けたという罪悪感も産まれなかった。
 ただ漫然と「ああ、見つかるなんて馬鹿だな、私たち」と思っただけだった。
 バシン!
 と最後の子のお尻が叩かれた音を聞き、みんなはそろそろと顔を起こした。先生が何も言わないので、おそるおそる振り返った。

 菅野先生は、真っ赤な顔をしていた。
 歯を食いしばって、肩を震わせていた。
 そして、両目には涙が浮かんでいた。

 さやかは、体中の血液がお腹の方に落ちていくような後悔を感じた。
 もし時間を巻き戻せるならば、30分前の児童会室に行って、

「あんたたち! サボってないで真面目に掃除しなさい!」

 と怒鳴ってやりたい気持ちだった。
 けれど、過ぎた時間は戻らなかった。
 菅野先生の涙を止める方法は、もう何もなかった。
 さやかは、ぶたれたお尻が、今更ひりひりと焼けるように感じた。


 あれから12年がたって、さやかは今日、小学校に新卒の教員として赴任した。
 あの日のことは今でも、お尻の痛みとともに思い出すことが出来る。
 けれど、それよりも強く思い出されるのは、菅野先生の涙に濡れた瞳だった。子供たちの馬鹿な騒ぎに信頼を裏切られて、けれどそれでも先生は、子供たちを見限ってはいなかった。
 何度でも。裏切られても、何度でも。
 先生は自分の手が腫れ上がっても、生徒たちを叩き続けたことだろう。
 あの瞳を胸に抱いて、さやかは教員人生をスタートさせる。
 何度、涙をこぼしても、決してあきらめないと心に誓って。


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