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泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

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花簪(はなかんざし)

15/06/12 コンテスト(テーマ):第八十四回 時空モノガタリ文学賞 【 江戸時代 】 コメント:11件 泡沫恋歌 閲覧数:2054

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 お鈴は数えで十二歳のときに廓に売られた。 
 商いに失敗した親の借金の形に、器量良しのお鈴が家族の犠牲となった。
 吉原に売られたお鈴は、禿(かむろ)から始まり、振袖新造になった。姉女郎の元で三味線や舞いの稽古を積んで、芸事でも一目置かれるようになり、初見世のお開帳で破瓜の血を流し十六で女となり、今年十九で座敷持ちの鈴音太夫(すずねだゆう)と呼ばれ、吉原でも売れっこの花魁である。
 美しい花魁道中には多くの人たちが吉原へ見物客に訪れた。 
 
 今宵は山城屋の旦那が客を連れてくるので、もてなすように頼まれている。
 鈴音ほどの花魁になると初顔の客とは寝ないが、上客の旦那の頼みなので断れない。
 山城屋が連れてきた客は若い男だった。廓の雰囲気に慣れてないせいか、俯いて小さくなっている。山城屋の旦那は鈴音と杯を交わし、新造たちの舞いを見て上機嫌だった。
 今から野暮用があるからと立ち上がり、後は頼んだよと鈴音に目配せをして、男を残して先に帰ってしまった。

「おひとつ、どうぞ」
 新造に酌をされて、杯をあけると男の顔はみるみる真っ赤になった、酒に弱いのだろう。鈴音が長煙管を勧めると一服吸って、激しく咳き込んだ……。
 なんて初心な客なんだろう、可笑しくて、緋色の仕掛けの袖に隠れて笑ってしまった。よく見ると、男は歌舞伎役者のように端正な面差しをしていた。
 酔いがまわったせいか、自分のことを話し始めた。

 自分は京の蒔絵職人だが江戸に呼ばれてやってきた。江戸城の大奥に献上する蒔絵の化粧道具箱を作るために三月(みつき)の約束で山城屋の元で働いていた。
 丁度、三月経って仕事が終わったので、明日には京に帰る。
 最後に江戸の女を抱いていけと吉原に連れて来られたが……自分は国元にいいなづけがいるので、ここには来たくなかった――。
 と、そんな話を男は京訛りでぽつりぽつりと喋る。
 ふん、なんて野暮な客なんだ。
 上客の山城屋の連れてきた男なので、すげなく扱うわけにもいかない……。夜も更けて新造や禿も座敷を下がった、花魁といえど、しょせん女郎なのだ。

「……床にまいりましょう」

 男を誘った。
 奥の間には緋色の寝具が敷き詰められ、ぼんやりと行燈が灯っている。
 寝所にはいると鈴音は仕掛けを脱いで、帯を解いた、襦袢ひとつになると男の肩にしなだれた。初めは身を固くしていた男だが……。
 艶めかしい花魁の姿態に、震える手でその白い肌に触れた。
「きれいな肌やな、まるで観音さまみたいや」
 そのまま、二人は寝具の上に身を横たえた。
「おまえ、本当の名前はなんていうんや」
 腕枕の鈴音に男が訊いた。
「お鈴でありんす」
 その名で呼ばれていたのは、遠い昔のような気がする。
「おっかさんが鈴の音色が好きで、ここに売られるときも鈴を持たせてくれて、寂しくなったらこれを鳴らしてお聴きって……」
 ふいに鈴音の胸におっかさんの面影が浮かんで恋しくなった。自分は女郎だが、こんな豪勢な暮らしをさせて貰っている、おっかさんは達者だろうか。
「おまえほどの花魁でも、やはり家が恋しいんだろうね」
「……あい」
「親にも会えないのは辛かろう」
 優しい言葉に思わず涙ぐんだ。
「これをあげよう」
 男は懐中から布佐に包んだものを取り出し鈴音に渡した。それは花簪(はなかんざし)だった。
 まるで町娘が挿すような可愛らしい簪で、花魁の挿すものではない。
「あちきは貰えません……」
 鈴音は断った。
 たぶん国元で待つ、いいなづけへのお土産なのだろう。
 代わりに鈴音が手箱の中から鈴を一つ取り出し、よい音がしますと男の耳元でちりんと鳴らしてみせた。くすっと笑い男は鈴を受け取った。
「おまえの鈴を鳴らせたい……」
 そういって男は鈴音を抱き寄せて口づけをした、二人は夜が明けるまで情を交わした。

「鈴音姉さん、掃除にきました」
 禿の娘が起こしにきた。
 朝帰るお客を見送るのが女郎の務めだが、それも忘れて寝込んでしまった。あの客は早朝に立ったらしい、花魁を起こさないでくれというので新造が送り出したという。
「あらっ、きれい」
 禿が素っ頓狂な声をだした。
 枕元に花簪が置かれていた、昨夜の客が置いていったのだろう。
 要らないといったのに……。
「それはおまえにやるよ」
 鈴音がいうと、禿は大喜びでおかっぱ頭に花簪を挿して、はしゃいでいる。
 女郎に思い出の品なんか要らない、もう逢えない男の物なんか持っていても仕方がない――。

 外を見ると格子窓から、賽の目に切られた空は明るく輝いていた。
 あの男は何処まで行っただろうか、ふと旅路の男のことが心によぎった。
 一夜のかりそめの恋……。
「湯屋へいくよ」
 鈴音は布団の中で伸びをして、あくび交じりに布団から這いだした。


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このストーリーに関するコメント

15/06/13 メラ

恋歌さん、拝読しました。
素晴らしい文章です。情緒あふれ、情景が目に浮かびます。
最後に花簪をあげてしまうのが、なんとも切ないですね。面白かったです。

15/06/14 たま

恋歌さま、拝読しました。

恋歌さんのヒューマニズムが息づく素晴らしい作品でした。
小説家は人間を描くことを商いとします。
恋歌さんのこのような作品を拝読すると、その才能が益々、深化しゆく様子が伺えます。
鈴音の男を見る眼はどこか厭世的ですが、説得力があって文句のつけようがありません。
離陸も鮮やかでした♪

15/06/17 光石七

拝読しました。
廓でいかにもありそうな一夜の恋。おそらくたくさんの作家・物書きが描いてきた世界でしょうが、とてもみずみずしさを感じました。
人物が生き生きしてますね。手練れの花魁に初心(うぶ)な男。いつものように花魁らしくあしらったつもりが、何故か心に男のことがよぎって……
花簪の扱いもお見事です。
情緒あふれる、素晴らしいお話でした!

15/06/17 泡沫恋歌

メラ 様、コメントありがとうございます。

お褒めいただき、ありがとうございます。
少しでも遊郭の情緒を感じてくだされば、それだけで嬉しい限りです。

最後に禿に花簪をあげてしまうのは花魁としての矜持だと思います。



たま 様、コメントありがとうございます。

廓に閉じ込められて、外の世界へ出れない鈴音は本当は可哀想な娘です。
そういう境遇に、ほんの少しでも同情を見せてくれた、この男にうっかり心を
許してしまいそうになった鈴音だけれど・・・

最後は遊女の顔に戻っていくのです。
そうやって、彼女は苦界である廓の中で生き抜くことでしょう。

15/06/17 泡沫恋歌

光石七 様、コメントありがとうございます。

手錬れた花魁の鈴音だけど、初心なお客のことが心に残ってしまった。

いいなづけがいるから、廓にくるのが嫌だと言った。
たぶん、彼女にはこういう遊び慣れない男が新鮮に映ったのかもしれない。

そして、目が覚めて現実の自分に立ち戻ったのでしょう。
これは遊女の哀しい一夜のかりそめの恋だったのです。

15/06/18 草愛やし美

泡沫恋歌さん、拝読しました。

いや素晴らしいです、感心して読み終えました。吉原や花魁の世界のことなど緻密に調べておられとてもわかり易いです。一夜の恋、恋をしてもそこに自分を置くことは辛いだけと知りすぎている花魁のサガが悲しいです。男もよい男ですね、これほどの男はそうそういないと思います。
簪を未練もなさげにあげてしまう秀逸のラストは花魁の気持ちが伝わってきてほんと切ないです。

15/06/18 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、拝読しました。

江戸時代といえば私も遊郭を真っ先に思い浮かべました。
そこでしか生きていくしかない運命の花魁の、たとえかりそめでであっても淡い恋だったのでしょう。
男にしてみれば旅のついでの一晩の出来事。
そんな道理がわかっているからこそ、男からもらった花簪を惜しげもなく
禿へやってしまったのでしょう。
しっとりした素敵な物語でした。

15/06/20 鮎風 遊

さりげなく流れて行く物語、そこから多くのことが想像されます。
2000文字が1万文字に膨らんだようです。

私の場合、
どうしても物語に決着をつけて終わらせたいと文章を書きますが、
余韻が残るお話し、いいですね。

15/06/24 泡沫恋歌

草藍やし美 様、コメントありがとうございます。

思い出は要らないと言いきるところに花魁の哀しみがあると思います。
本気で惚れても、添い遂げられない運命だから、未練を持たないように
しているのでしょう。

男も一夜の女に情をかける優しい人です。


そらの珊瑚 様、コメントありがとうございます。

すべては一夜のかりそめの恋、後を引かないように簪も禿にあげて、
未練を断ったのでしょうか。

花魁といえど、しょせんは女郎、お金で身を売る商売だから一夜の思い出を男に残せれば
それは、それで良かったのでしょう。

15/06/24 泡沫恋歌

鮎風 遊 様、コメントありがとうございます。

余韻の残るオチは、やはり恋愛ものだと良い感じが出ます。

この話自体は哀しい話だけれど、
「外を見ると格子窓から、賽の目に切られた空は明るく輝いていた」
この一文で前向きな感じになったと思うんです。

花魁としての鈴音のバイタリティーみたいなものを、
「湯屋へいくよ」
という言葉で表現しました。

少し文芸作品風に書いてみました(笑)

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