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タックさん

すべての人に、少しでも近づけるように。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 明日の自分に期待は持たない。

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拒む魂、伸ばされる手は透明

15/06/01 コンテスト(テーマ):第八十三回 時空モノガタリ文学賞 【 時間ぎれ 】 コメント:0件 タック 閲覧数:885

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(永遠を知る者、蒼穹の青さに、ただの関心もなく。期限の付いた者、蒼穹の青さに、思うは?――)

「――う、うう、う……、あ、あは、みんな、ごめんね、わ、わたし――」
「――お、お姉ちゃん、お姉ちゃん! ……ぐす、いやだ、いやだよぉ、ソフィアお姉ちゃぁん!」

――時が止まる、錯覚を覚えた。覚悟は、していたつもりだった。僕も、僕よりも幼い子供たちも。僕たちの性質はそうしたものに他ならず、この場所はそうした一時保管所に他ならず、眼前に見えていた平穏は、互いの温もりは束の間の蜃気楼に過ぎないということを、僕も幼い子供たちも、理解はしていたはずだった。根底では分かっていた。そのはず、だった。
 
 それが――それが、この状況だった。僕の視界は、音もなく固定されていた。
 
 日の当たる、古びた部屋。幾つものベッド。僕の知る幼い子供たちはベッドの一つに集まり、ベッドを囲い、悲嘆し、慟哭していた。年のわりに冷静な黒髪のジョンも、大人しい金髪のメアリーも、そして僕に状況を伝え、僕をこの部屋まで連れてきた、活発なグレースも、色彩薄い小さな輪となり、泣き叫んでいた。悲愴で、室内を覆い包んでいた。
 
 経験は、みんなを無感情な人形とさせていたはずなのに。今、決壊したダムのように溢れる感情は温かく、人らしさに満ち、それだけに僕は――ソフィアと同い年の僕は――確かめる必要があるのにも関わらず、傍観者としてただ呆然と無気力に、輪を眺めていた。逃避し、目の前の現実から、目を逸らすだけだった。弱かった。卑怯だった。意気地が、なかった。――僕は、僕は。全ては、遠く思えた。涙もその発つべき扉を、どこかに置き忘れたようだった。

「……ソフィア、お姉ちゃん、……ぐ、ぐす、ひっく……」

 部屋のベッドの、殆どが空いた状況。僕以外の全員はみな小さな肩を震わせ、そのなかで泣き喚いていた。宗教画の荘厳さを、質素な寝室の光景は鮮明に表していた。
 
 ジョン、メアリー、グレース。ソフィアを想い、泣く子供たち。その感情は全て、ソフィアが与えた変化だった。境遇により、感情を失していた僕たちに再び感情を与えたのは、ソフィアの優しさだった。希望、という以前は欠片もなかった宝石を、一人一人の胸に抱かせたのは、ソフィアの包容力だった。年齢に似合わない、ソフィアの太陽のような、温かさだったのだ。

――走馬灯のように、思い出の上映の開始が成されていた。それは不吉に過ぎたが、――止めることを、僕が許さず、現実は、懐古のための調味料と成り果てていた。僕の眼は、目の前を見てはいなかった。

――黒い匂い。過去に幾度も経験し、その度に背筋を凍らせた――消失の予感の匂いが、僕の足を釘付けにしていた。しかし、腕を引く力、その活力に、僕の上映は瞬時に止められる。

「――お兄ちゃん、お兄ちゃん! な、なにしてるのよ! 早く、早く!」

 グレースに手を引かれ、足をようやく踏み出し、僕はベッドに辿り着いた。そして、現実に抗わんと必死に体を強張らせるソフィアと相対する。一見では変わりのないソフィアの顔を、僕は怖々と見下ろした。

「……ジャ、ジャック。……えへ、ご、ごめんね、わたし……」

 微笑みを、ソフィアは強くする。その様に、僕の胸は軋んだ。ソフィアは、そうした子だった。他人を案じ、他人を慮れる少女だった。誰からも愛される理由だった。しかし、僕が小さく繊細な手をおずおずと握ったその瞬間に、利他は変質した。表情は変化した。それは、溢れ出る何かを留めようとする表情に、僕には見えた。

「……ジャック、ジャック……」ソフィアの瞳から、透明の雫が零れる。我慢を重ねた末の涙、それは重く頬を伝い、ゆっくりとシーツに染み込んだ。震えるもう片方の手で、僕はその涙を拭う。熱く、重みのある、涙だった。

「……ジャック、わ、わたし、わたし――」堪え切れずに口をつく言葉。僕は目を見つめ、耳を開く。ソフィアは一度逡巡を見せ、その後に、言った。心を、揺さぶる声音だった。

「わ、わたし、わたし、――わたし、う、生まれ変わりたくない! ずっと、このまま、みんなと一緒に――!」

 最初に消えたのは言葉だった。
 その次に消えたのは体だった。
 そして――頭上に輝いている金色の輪が消え、最後に消えたのは、母親につけられたという大きな頬の傷跡だった。ソフィアに絶望を与えた傷跡、僕たちの絶望とも同義の傷跡、それを最後に残し、――ソフィアは一瞬で、消え失せた。慟哭が激しく、新たに室内を包んだ。暴力も痛みもない別の世界にソフィアは移ったのだと考えられるほど、僕たちは楽観的でなく、また、幸福に生きてはこなかった。満足に生を全うした、僕たちではなかった。
 
 すでに、ベッドは冷たかった。温もりすら、僕たちに残されるものではなかった。


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