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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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渦中へ

15/05/31 コンテスト(テーマ):リレー小説 【 相談屋ケイジロウ 〜新宿編 A】 コメント:2件 クナリ 閲覧数:1018

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 ボディガードまで付けられている自覚があるのか(ないのだろう)、深窓の令嬢となるべく育てられたはずの少女は、真っ青なドレスを翻してケイジロウを軽々と飛び越えた。
 京王プラザホテルの、パーティ会場に続く廊下である。
 それを追って、ケイジロウが砲弾のように駆け出した。
「お嬢さん、止まりな! 今日は跳ねっ返るのはよすんだ! 奇妙なことが起きてる!」
「私に命令しないで! あなたが一番奇妙じゃない!」
 ロビーへ出る直前で、ケイジロウの腕が少女を捕らえた。
「いたーい! 止まって欲しいなら、ちゃんとお願いしなさいよ」
「君な、自分が今どういう状況か……」
「誰かみんなー、この人が勝手に私に触るのー知らない人なのに!」
「大人しくして下さいお願いします済みませんでした」
「ふん、最初から素直になればいいのよ」
 なぜかふんぞり返る少女は、ケイジロウの今回の警護対象である。
「いいかい、俺は、普段君に接する人間の中にはいないような無教養で野蛮な人間だが、君のお父さんには恩がある。必ず君を守るためにも、今日は言うことを聞いてくれ」
 少女の名は、如月院ハヅキという。今日十七歳の誕生日を迎える、パーティの主役である。父親の如月院丈太郎は、元々はケイジロウの恩人だが、今では大事な仕事の提供元だった。
 それでも、愛娘の警護というのはこれまでにない任務であり、ケイジロウとハヅキは今日が初対面である。パーティの最中に悪い虫がつかないように気をつけてくれ、という程度のことだと言うので引き受けたのだが。
 思いがけず、物騒なことになるかもしれない。
 新宿バッハ。それが、あの男のことであるのなら。
 狙いは、丈太郎と――ケイジロウだ。そしてそのために、ハヅキが狙われることは十分に考えられる。
 思わずケイジロウは、袖の中に仕込んだボールペンの感触を確かめた。
 
 結局、予定していたよりも一時間早くお開きになったパーティの間は、何も起きなかった。
 空は既に暗くなっている。
「何よー、もう三曲は歌うはずだったのに」
「まあ、それは次の機会にしときなよ……」
 ケイジロウの鼓膜は、凄まじい音量と音程の嵐に晒されたせいで痙攣している。
 既に丈太郎と細君の乗り込んだリムジンにハヅキを押し込むと、ようやくケイジロウは少し落ち着いた。
 そして。
 破裂音と共に、リムジンのリアウィンドウに、蜘蛛の巣状のヒビが走った。銃弾ではなく、クロスボウか何かだ。
 耳さえ万全ならば、曲者の気配くらいは察することができたはずだが。
(くそっ、護衛相手に戦力を殺がれてれば世話ねえや!)
 もちろん責めたい相手はハヅキではなく、迂闊な自分自身である。
 ヒビの入り方から射角を割り出し、ケイジロウは右手にある桜の木を見上げた。葉がこれでもかと茂っている。
 リムジンが慌てて走り出す。同時にケイジロウは、桜へ駆けた。
 一気に幹を駆け上がる。人影はすぐに見つかった。やはり、ボウガンのようなものを手にしている。
「てめえか!」
 既に、ボールペンは右手に握り込んであった。指先で軸をひねると、ペン先が鉄筆に交替するように仕込んである。喉を突けば、大の男でも絶命させる自信はあるが――
「みぞおちで勘弁してやらあ!」
 その一喝に、人影はボウガンを腹の前に構えた。ケイジロウは遠慮なく、隙だらけの顔面に正拳を叩き込む。
 賊の体が、桜から叩き出された。
 それを追って着地したケイジロウは、再びボールペンを構える。
「素直だなあ。その素直さで、目的も黒幕もペラペラ喋ってくれよ」
 黒ずくめの族は、ふらつきながらも立ち上がり、ケイジロウを迎え撃とうとしていた。
(逃げ出さないのはありがてえ!)
 族は、右足で蹴りを出して来た。その脛を、ケイジロウの鉄筆が穿つ。
 それでも構わずに、今度は賊が左の正拳。同じく鉄筆が、その手首を縦に突いた。
 片手足を痛め、賊の動きが止まった。
「お利口だな。そうして大人しくしてな」
「――お前には失望した」
 賊が、初めて口を利いた。男とも女ともつかない声。
「……ああ?」
「なぜ、喉を突かなかった。顔面を打つのでも、鉄芯で眉間を打てば私を殺せたはずだ」
「お前……まさか」
「弱くなったのだな。それで我々を止められるのなら、やってみろ」
「ま、待て!」
 そう叫んだ瞬間、ケイジロウの喉に胃液がせり上がり、嘔吐した。
(打たれていた!? 馬鹿な……いつの間に!)
「落伍者ケイジロウよ。欠けたオペラだ。それをバッハは諦めはしない」
 そして賊は、痛めたはずの足で、近くの塀を駆けて去って行った。

 地面には、取り落としたボールペンが転がっている。
「物騒な使い方ばっかりして済まねえな。何、……殺しはやらないよ、俺は。約束したもんな。だが、屈辱は……百倍返しだぜ」


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このストーリーに関するコメント

15/07/04 光石七

第一話をうまく受けておられると感じました。
令嬢のキャラクターも魅力的ですし、襲撃者とのやりとりも迫力があり意味深。
“欠けたオペラ”“バッハは諦めはしない”、言葉のセンスが素晴らしく、ラストの台詞もいいですね。
魅力的な第二話になっていると思います。

15/07/04 クナリ

光石七さん>
リレー小説とは、どこまでふろしきさんを広げていいものか…悩みました。
で、こんな感じなのですが。
バッハ様はオペラだけは残していないというのを聞きかじりまして、こんなかたちでもりこんでみました。
まあ、設定は出したもの勝ち、捨て設定になっても恨みっこなし、と思ってます(^^);。

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