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松山椋さん

地獄からやってきた文学青年です。結局名前元に戻しました。

性別 男性
将来の夢 涙を流さないようにする
座右の銘 お前の背中はまるででたらめやぞ

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散文の山と緑の瞳

15/05/29 コンテスト(テーマ):第八十三回 時空モノガタリ文学賞 【 時間ぎれ 】 コメント:2件 松山椋 閲覧数:14623

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僕は悩んでいた。
素人小説家(こういう言葉が存在していればの話だが。)として下手な小説を発表し始めてから半年、僕は悩んでいた。
『小説は読んでなきゃ書けない。』これが僕のモットーである。一篇の小説には十篇の要素が詰まっている。引き出しが空っぽの状態ではいいものは書けないのである。だが中にはいわゆる「天才」と呼ばれる人たちもいる。ゼロから面白いものを構築することができる人達が少数であれいるのである。うらやましいなあ、と思う。僕も天才と呼ばれたい。小説が好きであればある程凡人になってゆくというジレンマ。
今まで読んだ小説をパクリにパクリ、僕はくだらないギャグ小説を書き始めた。最初はうまくいった、つもりだった。だけどこれじゃダメだ。こんなのは長続きしない。僕にはかわるきっかけが必要なのだ。もっと別のなにかを書くことができるきっかけを。
手前味噌だが、結果として、僕は変わった。

ちょっと待って。煙草を吸わせてください。
・・・ふう。

ある五月の晴れた日、僕は会社の屋外喫煙所でぼんやり空を眺めていた。
この仕事をはじめて三年、僕はいまだに仕事を覚えられないでいる。
この会社に入ったのはまあ成り行き上のことだが、僕はここを飛び出して東京に行き、小説家を目指すつもりだった。つまり長居をする気がなかったから、毎日の仕事は適当にやって、定時に帰り、家で小説を書く日々を送っていたのである。こんな体たらくだから会社の先輩たち(僕がこの会社では最年少なのだ。)からは嫌われる。まあ仕方がない。
僕は腰をあげて、勝手口をくぐり、自分のデスクに戻った。時計を見るともう五時を回っている。そろそろ帰っていいだろう。僕は社長に一言声をかけ、デスクに散らばっている書類を整理してから車のキーを取り上げ、事務所を出た。もうすっかりボロボロになってしまった軽自動車に乗り込み、助手席に放り出してあった朝の飲みかけのミネラルウォーターをひとくち飲んでからエンジンをかけ、歩行者がいないことを確認して道に出た。

今日は休みである。僕は休みの日には近所の古本屋を回るようにしている。まあ古本屋といってもブックオフなのだが、ときどき掘り出し物が見つかる。僕はくわえ煙草でハンドルを取りながらこの街の文化面をある意味担っている店を目指した。
エンジンを止めて車の外に出てキーをかけ、昼間でも蛍光灯で目が痛いほど明るい店内に入った。中に入ると店員が棚にはたきをかけているところだった。邪魔をしないように背後から控えめに棚を眺める。・・・僕は目を疑った。僕の敬愛する小説家(つい最近引退したのだが。)の入手困難本があったのである。おかまいなくはたきをかける店員の前に割り込み、僕はその本を手にとった。価格も嘘のように安い。踊る脈拍を感じながら、僕はレジに向かい千円札を出し、その本を買った。レシートを断って、おつりの小銭をポケットに突っ込んで、店を出た。そして車に乗り込んでエンジンをかけて駐車場を出た。
もうこの岐阜にはまともな古本屋がないと思っていた。東京の神保町はいい街だ。なんでも手に入る。東京に出ないと僕は満たされない、そう思っていた。だけどこれはどういうことだ。こんなにいい本がここでも手に入るではないか。本当に短絡的な思考で申し訳ないが、僕はすこしこの街を好きになった。ここで一生を過ごしてもいいかも知れない。そう考えるといてもたってもいられなくなって、僕は車を方向転換させて会社に向かった。

事務所の鍵を開けて中に入り、パソコンを立ち上げ物件管理ソフトを起動し、僕は成約物件の登録をはじめた。夢中ではじめた。十件も登録するといよいよ調子が上がり、黙々とキーを叩いた。僕はこの会社に残る。初めてそう思えた。
すべて登録してしまうと外はもう暗くなっていた。僕はいったん事務所の鍵を閉め、隣のコンビニに向かい、缶コーヒーを一本、レジでハイライトメンソールを頼んだ。緑は僕のラッキーカラーなのだ。さっきの小銭で代金を支払うとポケットはちょうど空になった。顔見知りの店員に礼をいい、外に出た。コーヒーの蓋を開けて一口飲み、煙草に火をつけた。

もっと別の小説を書いてみようと思った。





はじまりはいつも些細なものだ。あっちがわとこっちがわを隔てる距離は煙草一本分でしかない。合法と違法だって、親と子供だって、生と死だって、煙草一本分の隔たりなのだろう。人はほんの少しのきっかけで変われるのだ。この一本から始めよう。そんなことを考えながらゆっくりと腰を下ろし、煙を吐き出して、目の前の道路を行き交う車たちをじっと目で追い続けた。
街は静かだった。


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このストーリーに関するコメント

15/05/29 松山椋

キーワードを入れるのを忘れました。僕は書く小説の時間切れを迎えました。方向転換の時です。そんな気持ちを、この小説に込めました。

松山椋

15/06/25 松山

松山椋の父親です。皆さん椋ご声援ありがとうございました。小説を書くのが大好きな子供でした。本をいつも読みそこからのヒントで書き続けたと思います。今回の散文の山と緑の瞳が遺作になってしまいました。皆さん今まで椋を励まして頂きありがとうございました。椋にかわって深くお礼を申し上げます。本当にありがとう

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