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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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江戸への扉

15/05/18 コンテスト(テーマ):第八十四回 時空モノガタリ文学賞 【 江戸時代 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:746

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いつしか私は見知らぬ森の中に入りこんでいました。
渓谷に咲く珍しい草花を観察しているとき、岩場を歩く独りの女性の姿が目にとまりました。いまどきめずらしい着物姿の艶やかさもさることながら、彼女の身辺から漂う、なんともいえないアルカイックな風情にたちまち魅せられてしまい、気がついたら私は、彼女の後を追いかけていました。
大学教授がストーカーに。そんな新聞の見出しが私の頭をよぎりましたが、私の彼女によせる強い気持ちに変わりはありませんでした。
それにしてもこんな人里はなれた山奥で彼女は何を。この暗い森のさきに民家でもあるというのだろうか…。
ふいに彼女が足をとめました。それも当然で、なぜなら彼女の眼前には、大きな門のようなものがたちはだかっていたのです。その特徴をできるかぎり正確に伝えるとするならそれは、テレビの時代劇などにしばしばみかける、関所の門にもっとも似ていたでしょうか。ふいにその門が、ギィーという重々し気な音とともに、ゆっくり開きはじめました。
私は、彼女が門のあいだに身をすべりこませようとするのを見て、あわてて飛び出していきました。
「待ってください」
私の声に彼女はふり返りました。そしてこのいきなり現れたうさん臭い男を誰何することもなく、
「私は、帰らねばなりません」
「帰るって、どこに」
「江戸へ」
「なんですって」
困惑しながらも私は、その江戸という言葉が耳に違和感なく入ってくるのを感じていました。彼女の風情と江戸の時代ほど、ぴったりマッチしたものを私はほかにしりません。
「急ぎますので」
いまにも門の隙間に身を翻えしかけた彼女に、私はつめよりました。
「私もごいっしょします」
私は、彼女をひと目みた瞬間に運命というものを感じました。一生を添い遂げる女性の出現を確信したのです。
彼女は私の目をじっと覗き込み、こちらの言葉に嘘がないのをみぬいて、いいました。
「わかりました。いっしょにくるならくるがいいでしょう。でも、そのままでは行くことはできません。私がこの時代にくるためにしたのと同じ方法をとる必要があります。これを飲みなさい」
彼女は袂からとりだした紙の包みを、私にわたしました。
「これは」
「あなたを一時死なせる薬です」
「死なせる…」
「生身のままでは、時代を移動することは不可能です。死んで、魂とならないかぎり、この門をくぐりぬけることはできないのです」
「それじゃ、あなたも―――」
 彼女がうなずくのを見て、私はふたたび口をひらきました。
「あなたはさっき、一時といいましたね」
「魂がもどれば、肉体は息をふきかえします。すべては、尊い陰陽師様のおはからいです」
「これを飲めばいいのですね」
私は包みをひらいて白い粉に目をやると、彼女と離れるぐらいなら死んだ方がましとの一念から、一息に薬を飲みほしました。

私と彼女が同時に門からくぐり出たところは広い座敷でした。
壁際に敷かれた寝床には、彼女がこの世においてきたという肉体が横たわっています。いまその体に、魂の彼女が吸い寄せられていったと思うと同時に、女性の口から吐息がもれました。その彼女をのぞきこんでいた男が、じろりと私をみつめていいました。
「あちらの世の者か」
私はそのことよりも、いつまでも目をあけようとしない彼女のことが気にかかりました。
「彼女はどうして起きないのです」
「彼女は重い病の身で、もはや寿命がつきかけている。その病は、わしにも見当がつかず、それで彼女を未来の世に旅立たせ、治療の方法をみつけるよう指図した。いま彼女の心の中をのぞいてみたが、どうやらその試みは無駄に終わったようだ」
「その病とは」
「がんというものだ」
「それならどうしてもっと未来に行かなかったのです。我々の時代ではまだがんは、完全には解明しきれていないというのに」
「これが彼女の運命なのだろう」
「あなたは陰陽師さまですね。いま一度彼女の魂をぬきとることはできますか」
「できる。だが、かえるべき体が死滅しては、その魂は永遠にこの世を一人寂しくさまようはめになる」
「この私がいる。彼女は孤独じゃない」
私の凛とした訴えをきくまでもなく、陰陽師にはなにかもわかっているようでした。
陰陽師の力によって病み衰えた肉体からでてきた彼女の魂が、私のそばにやってくるのをみて、私は感極まって大きな声をあげずにはいられませんでした。
「これからはずっと、あなたといっしょにいられる」
「あちらの世にのこしてきたあなた体は、戻らぬ魂を待ちわびて、朽ちていくことになるのです。それでもいいのですか」
「それが私のえらんだ運命です」
こちらに身をもたせかけてくる彼女に、私がしっかりと腕をまわすのをみた陰陽師は、このときまで座敷上にたちはだかっていた門を、呪文とともにかき消してしまいました。


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