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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

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将来の夢 星座になること
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人魚の涙

15/05/17 コンテスト(テーマ):第八十二回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:1404

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 海の中でたゆとう一粒の泡。
 それがかつて人魚姫であったことを知る者はいない。

 私が泡になって十年。すれ違う魚でさえ私のことになど構わないし、話しかける者さえない。食べることも、笑うこともせず、ただ無為に生きているだけの毎日。
 あくびさえ出てこやしない。絵に描いたような、退屈。退屈が、私の心を蝕んでいくようだった、
 こんな海暮らしなんて、本当にもう飽き飽きだわ! いっそあの時、王子様を殺してしまえば良かった。

「王子様が他の人と結婚したら、あなたは海の泡になってしまうのよ。その前に王子様の心臓をこれでひと突きするの。そうすればあなたはもとの人魚に戻れるわ」
 お姉さまはそう言って、長かった自慢の自分の髪と交換して手に入れたという、魔女の短剣を差し出した。
 満月の光に照らされて、それは冷たい銀色を放っていたっけ。そう、あれは王子様の船上結婚パーティーの夜だったわ。

 ああ、馬鹿だったわ、私。他の人と結婚してしまう王子様の命など、なぜ助けたのかしら。
 恋に目がくらんでいたのね、きっと。そもそも王子様と出会ってさえなかったら、悲しい片思いもせずにすんだのに。
 恋なんて! ああ、恋なんて。恋なんて、しなければよかったわ。
 そう思って、私と共に海へ沈んだ短剣を探した。
 もしそれが見つかれば、もう一度、私は人魚としてやり直せるのではないかという一心で。
 けれど、やっと探し当てた短剣には、一面に緑の藻がはびこり、鋭かった刃も、もはやさびつき、ところどころ無残に欠けていた。
 これじゃ、使い物にはならないわ。王子様を殺すどころか、昆布だって、切れやしないだろう。
 魔女の威力も、海の波には勝てなかったということなのね。
 冷静になって考えれば、私にはもう手も足もない。頼れる姉も、あの夜を境に音信不通だ。たとえ、以前のままの短剣であったとしても、私には、どうするすべもなかった。
 私も海の波には逆らえない。
 煮えたぎる黒い想いを胸に抱えたまま、いっそ、海の底で永遠に眠りたかったけれど、波はそれさえ許さない。私は波のうごめく意思のままに、あっちへ、こっちへと流された。

 やがて季節が変わった。
 とてつもない大きな力がどこからともなくやってきて、波を、凶暴なうねりに変えた。 私も共に悪魔になった。
 人間が台風と呼ぶ悪魔。家々が流され、それに巻き込まれた人間が、まるで藻屑のようにあっけなく命を落としてゆくさまを見て、心が晴れるような気がした。
 
 みんな私と同じように不幸になればいいんだ。

 再び季節は変わった。
 うっぷんを晴らしたとばかり思っていた私の心は、けれども曇ったままだった。
 ――私は愚かだった。けれど愚かであることは、紛れもなく、真の私の姿でもあった。愚かな私が、たったひとつの恋を全うできたのだ、それ以上の素晴らしいことなど、ありはしない。王子様を殺さないで良かった。心からそう思えるようになった。後悔も、恨みも、不思議と消えていた。
 その事に、たどりつくまで、泡の私は波に洗われ続け、いつの間にか、百年という歳月が流れていた。

 波打ち際で若い女が、砂の中から何かを拾った。
「見て、きれい! 宝石みたい」
 傍らの若い男が女を見てほほえむ。海辺で育った男は、元はそれがガラス瓶のかけらで、その割れた尖りが長い時間をかけて海の波によって摩耗した、いわゆるシーグラス、別名『人魚の涙』と呼ばれる物だと知っていた。
 知っていて、あえてそのことは言わなかった。
 山育ちの女はきっとそんなことは知らないのだろう。そんな女に、それが砂浜に捨てられたゴミであったとは言いたくはなかった。今日、初めて男の故郷のあるこの海に来て、拾ったそれの真実を知ったら、女はきっと悲しむだろうから。
 女から手渡されたそれを、太陽の光にかざす。濡れた乳白色は実に優し気に光った。形は見事なまでの、まん丸の球体だった。
 浜に上がるたいていのシーグラスは、かけらだった頃のいびつな形か、もしくは楕円が多く、これほど丸いものは、まれだった。きっとそれだけ長い間、海の中で波にさらされていたのだろうと、男は思いを巡らせた。
 次第に、これはどこにも売ってないような宝石に思えてくる。実際、お金を出しても買えない。どうやってここへたどりついたのか知るよしもないが、今自分の手にあることは奇跡に近いことなのかもしれない。男はそれを女の左手の薬指にそっと載せた。
「結婚してください」
 ずっと以前から胸にあって、なかなか言い出せなかった言葉がするりと出てきたことに、自分のことながら男は驚いた。もしかすると、本当にこれは宝石かもしれないぞ、とも思いながら。

 それがガラスのかけらでも、宝石でもなく、かつて海の泡であったことを、知る者はいない。


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このストーリーに関するコメント

15/05/17 そらの珊瑚

画像は「フリーフォト素材 デジタル備忘録」さまよりお借りしました。

15/05/17 レイチェル・ハジェンズ

人魚姫のその後、こういう優しい展開もありですね。
リアルに人魚がいたらありそう。

人魚姫って人を脅したり恐怖を与えない、イルカのような可愛い存在だと思ってて
近代的な肉食化と言いますか、お話の切り口が可愛らしいです。

最後に出てきたカップルが自分だったらいいのにと深く思いました笑

15/05/18 鮎風 遊

海のテーマに美しい物語。
よく合ってますね。
人魚の涙って、ちょっと恐いものなのかとも思えてきました。

15/05/19 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

泡になった人形姫が、美しいシーグラスとして生まれ変わったことは
悲恋だった彼女の恋が、新しい形で昇華したということでしょうか。

人形姫の話はどうも好きじゃない。
他の女と結婚した王子が許せないなあーと思うのは、私だけではないでしょう。

結局、男は最後は保身なんですよね(笑)

15/05/19 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

以前書かれた人魚の涙の続編ですね。シーグラスという呼び名を私もつい最近になって知りました。そういえば、浜に行ったとき、コーラの瓶と思しき色のガラスがまるで鼈甲の欠片のように光っていると思ったことがあります。ラムネ瓶は、翡翠の欠片のような、でも真ん丸は見たことがないです。今度海へ行きましたら、浜で探したいです。人魚の泡が涙の層でシーグラスを丸く形成したのでしょうね。

ロマンティックでとても素敵な話です、でも切ないです。幸せになれなかった人魚姫の代わりにこの恋人たちにはぜひとも幸せになって欲しいと願わずにはいられませんね、面白かったです。

15/05/25 光石七

拝読しました。
泡になった人魚姫のその後、思いの変化が自然で説得力がありますね。
恋を全うできた感謝にたどり着いた彼女だからこそ、恋人たちを結ぶものになれたのかもしれません。
素敵なお話をありがとうございます!

15/05/29 そらの珊瑚

レイチェル・ハジェンズさん、ありがとうございます。
「海」といったら人魚姫!(なんでやねん、笑い)
アンデルセンの童話は犠牲とか悲劇とかが多いような気がして、
登場人物はほんとにそれで納得してるんだろうか、と考えてみた次第です。

鮎風 遊さん、ありがとうございます。
「人魚の涙」怖いシリーズも出来そうですね。

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
人魚姫の話は好きだったけど、昔から、王子様だけ幸せになるという結末に、
なんだか割り切れないものを感じてましてこのような物語を描いてみました。

草藍さん、ありがとうございます。
シーグラス、子どものころ、拾っては大切に持って帰ったりしてました。
(その頃はその呼び名さえしりませんでしたが、
ガラスの欠片だと教えられて驚いた記憶が残っています)
ほんとうにまん丸のシーグラスがあるそうです。

光石七さん、ありがとうございます。
人魚姫だって半分は人なわけだから、完全に純粋無垢であるはずがない、
そんな思いでなりきって描いてみました。
自然で説得力があるとおっしゃっていただき、嬉しいです。

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