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たまさん

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午後のイルカたち

15/05/17 コンテスト(テーマ):第八十二回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:7件 たま 閲覧数:1223

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 ねぇ、知ってる? 世界中の海を探しても、年老いたイルカはいないのよ……。

 それはいつだったか、「おれと結婚しないか……」と、洋子にプロポーズしたときの返事だったけれど、「どうして……?」と、聴きかえせなかった私は、たぶん、アドベンチャーワールドの陽気なイルカだったかもしれない。

「しばらく逢えないの……」
 灯りの落ちた洋子の部屋で唇をあわせたままの会話がつづく。
「どうして?」
「うちに帰るの。お盆も帰ってないし」
 幼顔の洋子の唇から漏れることばはいつもたどたどしくて、くちづけの味さえ幼い気がした。
「いつ?」
「あした」
「台風来てるよ」
「だいじょうぶ。あたし、晴れ女だから」

 真夏の体温をなくした硬い雨が窓ガラスを叩き始めた。まだ九月も日が浅いというのに街はどっぷり闇に沈んだ。
「ね、あしたはお仕事休みでしょ?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、今夜は帰らなくてもいいよ」
「……ほんとに?」
「あしたの朝、見送ってほしいの」
 洋子のふるさとがどこなのか、一度だけ訊ねたことがあったけれど、返事のないままもうすぐ一年になる。
「どこで見送ればいいの?」
「品川駅のね、新幹線ホームでいい」
 洋子の部屋で夜を明かしたのは一度だけだった。ふたりが出会って三日目、戸越公園の駅前で呑みすぎて、終電に乗り遅れたときだった
「ねぇ、新幹線に乗ってどこまで帰るの?」今夜は聴いてもいいと思った。
「とりあえず京都まで」
「それから?」
「日本海よ。めっちゃ暑くて、めっちゃさぶいとこ」
「石川……?」
「ん……ちがう。ちっちゃな半島があるの。その先っこにね、岬があって、背の高い灯台があって、遠くの海が見えるの」
「遠くの海?」
「うん、そうよ……」
 遠い海ではなくて、遠くの海だと洋子は言った。おなじ遠くにあっても、洋子の海はなぜか懐かしい響きがあった。遠い記憶の中にある海、洋子が育った海、そんな感じがした。
「あ、わかった。福井……ね、そうだろ?」
「ん……惜しい!」
 と言ったきり、洋子はその先を語ろうとはしなかった。京都に海があることを、私は気づかなかったのだ。
 洋子の部屋のせまいベッドで身体を半分ずつ重ねあったまま、夢の中と外で、いく度か交わった気がしたけれど、どこまでがほんとうで、どこからが夢なのかわからなかった。その夢の中に雨の降りしきる黒い海原があって、イルカの背に乗った洋子が遠くの海へと消えてゆくのだった。私はひとり岬に立って洋子の名を呼びつづけた。

 午前十時を過ぎた新幹線ホームには、若いカップルたちの笑顔があった。雨は止んだ。明るい日差しが差す下りのホームで、洋子と私は列車を待っていた。
「あたし、東京の線路はきらい……」なんの脈絡もなく、洋子がぽつりとつぶやいた。
「え……どうして?」
「コンクリートだから。あたし、木が好きなの」
「木? ああ、わかった。枕木のことだろう、それって」
「うん……それ」
 洋子の気持ちはもうすっかり東京を離れていたのだろう。私の知らない風景の中の枕木の上を洋子は駆けてゆく。
「ねぇ、ひろこ……」
「なに?」
「どうして年老いたイルカはいないの?」
「あ、それはね……死んじゃうからよ」
「死んじゃう?」
 たしかに、年老いたイルカが生きていられる平和な海なんて、どこにもないかもしれない。
「でもさ、結婚はするだろ? イルカだって」
「ん……そうね。でも、あたし、東京はきらいなの」
 ああ、そうなんだ……そうだったんだ。私はようやく理解した。東京では結婚できないと、洋子は言いたいのだ。
「じゃあ、おれが……」
「あ、来たわよ」
 美しく化粧した白い列車が、洋子と私の未来へとつづく会話を遮った。

「ね、キスする?」
「うん、もちろん」
 列車を背にした洋子とイルカみたいな仕草でくちづけをした。
「はやく、帰ってこいよ」
「わかってる」
 洋子の幼い笑顔が跳ねた。
 さよならを育てるように人は恋をして、いつかはきっと、終の棲家にたどり着くけれど、イルカに恋した私はこの街を捨てて、どこにたどり着くのだろうか。たしかな未来はどこにもないけれど、もし願いが叶うならば、年老いたイルカたちが泳ぐ遠くの海に、洋子とふたりしてたどり着きたいと思った。

 明るい日差しを浴びた枕木がゆるく蛇行して海辺の駅へとつづく午後に。

 幾世紀もの家族がつながった半島の先端に、
 岬はあって、
 今日も、
 背の高い灯台が、
 空と、海の高さを測り、
 見知らぬ明日の水平線を描いては、
 海を渉る鳥たちや、
 半島に帰る人びとを待ちつづけていた。





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このストーリーに関するコメント

15/05/19 泡沫恋歌

たま 様、拝読しました。

京都の丹後半島もきれいなところです。
ここ数年、毎年、蟹を食べに夕日ヶ浦に行く私がふと気付いたのは・・・
もしかしたら、丹後半島かしら。
果たして、これ正解でしょうか?

東京には私も17年住んでいましたが、活気があって便利で、刺激的な街だけど、
他国からきた私が、一生住み続けたいかと問われたら・・・
いつかは親元に帰りたいなあーと答えてしまう、そんな街でした。

洋子さんに心の底で共感できる作品でした。
たまさんの人に優しい視線が大好きです!

秀作をありがとうございますO┓ペコリ

15/05/20 草愛やし美

たまさん、拝読しました。

日本海の海はとても美しいです、でも水は冷たい。夏も半分も行かないうちに海にはくらげがいっぱい出てきて危なくて泳げなくなります。くらげは水が冷たくなると出てくるらしいですね。
いるかは温かい海が好きだと思いますので、日本海では住めないでしょうね。和歌山や高知のような黒潮を友にしている海なら楽なのでしょうが、日本海に帰るという洋子は辛い暮らしを強いられるのかもしれませんね。

灯台のある寒い海に住むイルカ?の洋子、何だかとても切ないです。年いっても暮らせればと願います。

15/05/20 たま

恋歌さま、コメントをありがとうございます。

17年ですか? けっこう長かったのですね。ぼくは東京で一年余り、その後は放浪してました^^ 
関西の私たちにとっては日本海といえばやはり丹後から能登周辺でしょうか。
だいたいその辺りという設定ですが、ぼくのふるさとは紀伊半島ですから、どうして日本海になっちゃったんだろうって、じつは不思議なんです^^
でも、洋子と恋歌さんがそんなふうにつながってうれしいです♪

草藍さま、コメントをありがとうございます。

能登半島に野生のイルカが棲みついているという話題は以前から知っていましたが、この作品を書くにあたって、日本海と、イルカの関係についてはまったく意識しませんでした。草藍さんはそれを意識されて、洋子の未来を案じてくれたのですね。
なるほどと思いました。そういう読み方があったのかと納得しました。作者としてはちょっと恥ずかしいですけど勉強になります。感謝です♪

15/05/20 そらの珊瑚

たまさん、拝読しました。

とても詩的な物語ですね。
海への、そしてそこで生きることに格闘している生き物への優しいまなざしを感じました。
こんなこというとぶち壊しになりそうですが、私が子供の頃、迷いイルカが浜に上がると、みんなして食べたそうです。
私も食べたことがあります。
今はいろいろあって、イルカの肉は売ってないでしょうけれど、昭和の思い出です。

15/05/22 たま

珊瑚さま、ありがとうございます。

昭和育ちのぼくも鯨の肉を食べて大きくなりました。母が鯨肉と水菜(たぶん)を煮込んで作ったおかずはとても美味しかったです。あの頃は庶民の味でしたね。そういえば鯨の缶詰もありましたね。まだあるのかな?

15/06/08 たま

清水孝敏さま、ありがとうございます。

いつだったか、テレビの番組で、海洋学者(?)が、海には年老いたイルカはいないということを言ってました。
なるほどと思って、記憶に残っていたのです。
それで、こんなタイトルになったのですが、恋愛小説は書くのも楽しいですね^^
コメントをありがとうございました♪

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