1. トップページ
  2. Capricorn

塩漬けイワシさん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

2

Capricorn

15/05/09 コンテスト(テーマ):第八十二回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:2件 塩漬けイワシ 閲覧数:1190

この作品を評価する

山羊。
砂の粒が表面を流れる。金色の虹彩が楕円に切り開かれ、うつろな闇をのぞかせている。横倒しになった奇妙な相貌は、元は白かっただろう、汚れた硬い毛並みに覆われている。それは胴体につながり、投げ出された細い前脚が繋がっている。
胴体が、途中から別の物となっている。
背鰭がある。細かな鱗に覆われ、金属的な光沢を放ち、古い鏡のように周囲の風景を歪めて映している。その先端には、海面に浮かんだ三日月形の尾鰭が繋がっている。
魚。
浜辺には、奇妙な死骸が座礁していた。

人と魚が合わさって人魚なら、山羊魚、とでもいうのだろうか。私はそれに近付く。山羊の顔を真上から見下ろし、観察を始めた。
鱗の隙間から、毛が生えている部分がある。生気は感じられない。しかし無機物でもない。波によって尾鰭が揺れるだけだ。
不意に山羊の目が、こちらを見た気がした。
「    」
半開きだった口が動いた。波形が乱れる。首を曲げ、体液を吐いて山羊の顔が嘶いた。私は思わず身構えたが、声を聞くことはできない。視覚情報以外は遮断されており、それを感知したのは音波センサーだけだ。
山羊魚は時間にして1秒半嘶き、そして沈黙した。暴れることもなく、ただ静かに死骸へと戻った。

5秒のインターバルの後、私は死骸の観察を打ち切った。このようなサンプルで研究所は飽和状態にある。あとはスーツから送られた情報を解析すればいい。
私はいつものように、汚れた海岸を後にした。

声を聴くだけで、脳波を狂わせる鳥が飛んでいる。瘴気で粘膜異常と呼吸困難を引き起こす亀が地上を歩いている。人体を急速分解するアメーバが蔓延り、スーツ無しで出歩くこともできない。
奴らは海から来る。カンブリア紀の再現のように。母なる海から生まれ、世界を蹂躙し駆け巡る。たった数百人だけの全人類が、このシェルターで息を潜めている。
「山羊座」
「何?」
室内作業着に着替えた私は、解析班のリーダーへ口頭報告をしに来ていた。
モニタリング用のデスクには冷めたコーヒーが置かれている。無毒化する前の原料を思うと、私にはその飲み物を愉しめそうにない。
今日の調査で持ち帰った映像。変わり映えのない道と浜辺の様子が早送りで流れた後、あの異物が映ったシーンで停止した。
「カプリコーン。前時代の天文学が、神話から名詞を拝借してるのは知っているでしょう」
映像を通常再生に戻した後、彼女は気だるげにモニターを睨みつけている。
「怪物を退けるため魚の神が半身を山羊に変え笛を吹き鳴らした。ゼウスがその姿を称えて……山羊の神が魚になったんだっけ?」
「知らん」
御伽話は今の状況に関係はないはずだ。奴らの存在に意味などない。
彼女は無表情で解析を続けた。映像の山羊魚が動く。
「声をサンプリングしている」
私が言うと同時に、彼女は音声データの波形をモニターに映し出した。同時刻の鳴声だけを切り出す。解析プログラムが例の鳥の声と山羊の声を照らし合わせ、脳波に与える影響が低いことを示す。
彼女は迷うことなくキーを叩いた。
「喋ってる」
スピーカーを通じて、掠れ捻じれた鳴き声が何度かリピートされる。私にはわからなかったが、たしかに人間のような複雑な発声法をしていた。
彼女は唇を動かす。何度も自分の耳で拾った音を確認し、徐にその言葉を口にした。
「そうぞう、に、ころされるな……ね」
山羊魚について、私達はそれ以上は言及しなかった。
私が研究室を去る間際、彼女は独り言のようにある疑問を投げかけた。
「こいつらが居なかったら、私達、どういう仕事をしてたのかしらね」
振り返ると、彼女は薄く笑いながら私の顔を窺っていた。これは彼女の趣味だ。奴らを前にした時と同じように、好奇心と慈愛に満ちた眼で、私の精神を解剖しようとしている。
モニターには汚れた水平線が映っていた。

奴らが完全に対策された時、そこに自分の居場所があるのだろうか。考えることはある。
私は『見る』ことしか能がない。他の選択肢はなかった。危険な場所へ赴き、生きて帰ってくるだけ。今の仕事しか知らない。未知の危険が無くなれば、どうなるのだろう。
そのような心配は無用なのかもしれない。少なくとも人間が滅ばない限り。生きている限り問題はあり、無くなれば衰退の道へ入るだけだ。

……想像、でしかないが、衰退を回避するために、種族が自ら天敵を作ることはあるのだろうか。
奴らを眺める彼女の眼。海に細工をした、神をも恐れぬ何者かの存在……

いや、奴らの存在に意味などない。意味があるとしても、耳を傾けてはならないものだ。あの鳥の声のように。
だから、これは想像だ。単なる、眠りにつくまでの時間稼ぎだ。

私は思考を巡らせながら、共同部屋の隅で粗末な寝具にくるまって眠りについた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/05/22 光石七

拝読しました。
頭の中に流れる死と隣り合わせの汚染された海辺やシェルター、主人公の想像の映像に、心の中のざらりとした感触。不思議な魅力を持ったお話だと思いました。
世界観が独特ですし、哲学的な部分もありますね。
うまく言えないのですが、いい意味で心をざわつかせ落ち着かなくさせるお話だと感じています。
“そうぞう”は“創造”も当てはまるような気がしました。
このような発想、表現は自分の中には無いので、興味深く読ませていただきました。

16/01/08 塩漬けイワシ

>光石七様
大変遅くなりましたが、感想ありがとうございました。
各所に引っ掛かりを残す物語の部分のイメージを書きだした感じでした。
もう少し上手くオチが付けられたらなと今は思っております。

ログイン