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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが最近になって、やっぱり小説家の夢を追い求めたい自分がいることに気づきました。久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説を書いてます。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 太宰治賞もしくは北日本文学賞で最終選考に残ることです。
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命のバトンタッチ

15/05/05 コンテスト(テーマ):第八十三回 時空モノガタリ文学賞 【 時間ぎれ 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:1010

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会社に警察から緊急の電話がかかってきたのは、終業間際の時間だった。
徳谷隆弘がその電話で告げられた病院に駆けつけたのは午後6時を少し過ぎた頃だった。
「愛里……」
緊急治療室で人工呼吸器をつけられた、今年成人式を迎えたばかりの一人娘は、頭に包帯を巻かれて、固く目を瞑っていた。
顔中に痛々しい傷跡が残る娘を茫然と見つめながら、徳谷は強く握った拳を小刻みに震わせていた。
「先生、娘はどうなるのでしょうか?」
白衣を着た中年の医師が言った。「今は生死を彷徨っています。今晩が生死の峠でしょう」
「先生、何とか助けてください! 5年前に他界した妻との間の一人娘なんです!」
「できる限りの治療は施しました。あとは愛里さんがどこまで頑張れるかです」
医師が治療室を出て行くと、2人のスーツを着た刑事が中に入って来て、廊下で話をしましょうと言ってきた。
酷い脱力感を感じ、向い合った40歳前後に見える刑事の足元をただただ見つめた。
真新しい革靴のつま先に泥がこびりついていて、いったいどこを歩いたのだろうと無意味なことを思い、不意に思いっきり笑いたい衝動を感じた。笑ってすべてを洗い流したい、これは夢なんだと思いたかった。
「愛里さんは、夕方5時前に横断歩道を渡っている時に、黒い車に轢かれたようです。轢いた車は逃走しました。我々警察は全力で必ず見つけ出して、逮捕します」
刑事はその後、二言三言話しかけてきたが、徳谷の耳には入ってこなかった。
日付が変わり、廊下のベンチで項垂れながら座っていると、中年の女性看護師が、自動販売機で買った紙コップの温かいコーヒーを「どうぞ、飲んでください」と言って、渡してくれた。
「看護婦さん……」
女性看護師は、徳谷の前でしゃがみ、手を両手で握って「絶対に大丈夫ですから」と言った。
「一人娘なんです。5年前に妻を癌で亡くしてから、男で一つで育ててきたんです。娘が結婚して幸せになり、孫の顔を見せてもらうことが私の夢なんです」
女性看護師は無言で頷いてくれた。それが幾分か、徳谷を落ち着かせた。
それから数時間後、廊下の窓から見る空が白み出した頃、医師に呼ばれた。
「頭部損傷による脳死です」
「そんな……。助けてくださいってお願いしたじゃないですか……」
「本当に医者として無念です」
「脳死って、娘はいったいどうなるのですか?」
「脳の機能が全て停止しました。もう元には戻りません。今は人口呼吸器で心臓が動いていますが、数時間後、もしくは数日以内には心臓が完全に止まってしまいます」
「あんまりですよ。娘はこれから人生を謳歌する年頃なんですよ」
「本当に無念です」
徳谷は涙を流しながら、髪の毛を掻き毟った。
「徳谷さん、こんな時に言いづらい話ですが、伝えたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「愛里さんの所持品の中から、ドナーカードが見つかりまして、愛里さんは脳死の場合には臓器を提供したい意思表示をされていました」
徳谷は大声で叫んだ。「全体に許可しません。これ以上、娘の体を傷つけないでください」
「しかし、愛里さんは脳死になる生前、自分の意思で臓器を提供したいと意思表示されていたんです。愛里さんの臓器で助かる命があることを、どうか分かってもらえないでしょうか」
徳谷は目をきつく瞑って、自分に言い聞かせるように「愛里の意思だ」と呟いた。
「分かりました。愛里の意思ならそうします。先生、臓器はいつ取り出すんですか?」
「今、すぐにでもです」
「そんな、今すぐにですか?」
「臓器待ちの人が、いま待っているんです」
「そうですか……。先生、1時間だけ娘と二人きりにしてもらえる時間をもらえませんか?」
「分かりました」
人工呼吸器をつけた愛里のベッドの横で、椅子に腰かけた徳谷は、娘の手を強く握って、ただ無言でいた。
話したいことは山ほどあるのに、口を動かそうとすると何を言いたかったのか言葉にならなかった。
時間はあっという間に過ぎて、1分がこんなに短く、10分がこんなに早く経過することに愕然とした。
1時間という時間はあまりにも短すぎた。やっと口に出た言葉は「ごめんな」の一言だけだった。妻が亡くなってから、父と娘はギクシャクしていた。多感な時期だった愛里は父を嫌い、優しく娘に接しようと思っても上手くいかず、いつも喧嘩ばかりになってしまっていた。今年の冬に成人式を迎え、ここ最近になってようやく普通に会話をすることができるようになってきていたのに。
徳谷は「ごめんな」と、何度も何度も、もう目覚めることのない娘に語りかけた。
ドアがノックされ、手術服を着た医師が入って来た。
「お別れはできましたか?」
「はい。悔しいですけど、娘の臓器が提供を待っている人の体の一部として、これからも生き続けることを考えると、少しは報われます」


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