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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
座右の銘 黙り虫、壁を破る

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マリスの函

15/05/04 コンテスト(テーマ):第八十一回 時空モノガタリ文学賞 【 三匹の子豚 】 コメント:1件 高橋螢参郎 閲覧数:1044

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 果たしてそれは本当に家だったのだろうか?
 真っ赤な煉瓦作りの壁はセメントで隙間という隙間を執拗なまでに塗り固められており、四方にはたったひとつの窓すら設けていなかった。風雪にはよく耐えるだろうが、藁で造られた家のように季節の流れを肌で感じる事などできず、木で造られた家の暖かみもなく、さながら小要塞の如き様相を呈していた。
 内と外との繋がりとして入口の扉だけはひとつ備えていたものの、これも木製とは言え種類の違う木を丹念に何枚も貼り合せて作られた代物だ。とてもではないが破城鎚でも持ち出さねば抜けはしないだろう。もちろん裏側からは閂が手抜かりなくがっちりと嵌められている。
 となるともはや伸びた煙突からしか侵入する術はないように思えたが、製作者である末弟の子豚はそれを折り込んだ上でわざわざ煙突を開けていたのだ。
 この煙突より入って行き着く先は間違いなく地獄だった。内側にはよく滑るよう黒鉛が丁寧に塗り込まれた上、本来煙突にある筈もない返しまで備えていた。一度入れば二度と生きては出られはすまい。
 そしてもちろん、終着点では湯を煮え滾らせた鍋が待ち構えている。囲師必闕、という高名な兵法家の言葉を子豚は諳んじていた。本来は攻め側の言葉であるが、本質さえ知っていれば守りに応用する事も容易い。食料の備蓄も充分にあるし、飲み水を確保する川もすぐ傍にある。
 これだけすれば万が一にも喰われる心配はないはずだった。それどころか子豚は二人の兄を屠った狼を、最初から返り討ちにする気でいたのだ。そうでなければ身一つで逃げ出す事を選んでいた筈だ。
 金網を張った暖炉の正面に設えた特等席で、子豚は今か今かと間抜けな狼が罠にかかるのを下卑た笑みを浮かべながら待っていた。
 煮殺される狼の断末魔の悲鳴を目の前で散々満喫した後、そのまま羹(あつもの)にでもしてしまうのも一興か。
 陰湿にして残忍な発想は、決して怨嗟や弔意からくるものではなかった。二人の兄は阿呆だったから喰われて死んだというのが彼の見解だ。
 狼に対して覚える怒りも、無辜で善良な市民が何故あのようなならず者に一方的に食い物にされねばならないのだという、どちらかと言えば義憤に近い(と、本人は少なからず思っていた)ものであった。労働に汗し、他人を何ら害する事なく日々を生きる者が暴力の理不尽に屈するのを、子豚は常日頃苦虫を噛み潰すような思いで目にしていたのである。ただそれは弱者に対する憐憫や共感ではなく、世の理への歯痒さからであった。
 自分だって、その気になればいくらでも他人を陥れる事ができる。
 敢えてしないのは自身がきちんと道理を弁えているからであり、社会生活においてある一線を侵すという事がどれほど愚かなのか、という事をきちんと理解する程度の知能を持っているという自負によるものだった。適正なる機会さえ与えられれば俺はあんな狼など必ず出し抜いてやれると常々思っていたのが、この異様な建物として結実したのである。同じ豚だからといって無学な豚児と同じにされては困る。仇討ちなどは大義名分を得る為の些細な添え物にしか過ぎなかった。
 伝え聞くところによれば、二人の兄はいずれも狼との押し問答の後に獲って喰われたという。大方騙し討ちにでもあったのだろうが、そうはいくものか。俺は言葉巧みにやつをからかいにからかい尽くし、おびき寄せて逆に喰らいつくしてやる。
 狼よ、俺の肉が欲しくば――
 突然、妄想は暖炉の火とともに一瞬でかき消された。もうもうと噴き上がる水蒸気に視界を遮られ肌を焼かれ、苦痛とそれに伴う恐慌のあまり子豚は床に何度ももんどり打った。
 水だ。狼は大量の水を煙突から流し込んでいるのだ。
 恐らくは川から直接水源を引いているのだろう、その勢いは一向に収まるところを知らなかった。子豚は出口を求めて壁伝いに扉を探すが、水気を吸った門は閂を咥え込んだまま放そうとしない。迫る水に終いには我を忘れ必死で泣き叫び許しを乞うたが、自らが手がけた頑強な壁に阻まれ外には届かなかった。

 子豚は狼の知恵と、何より無法の程を完全に見誤っていたのだ。
 狼は望んだものが自分の手に入らないのであれば、壊してしまう事も一切厭わなかった。己の行動原理だけが全ての価値判断となっている者に、いかなる理も通用はしない。兄二人にしても、本当に飢えを満たす為に殺されたのだと言い切れるだろうか? それは狼に直接訊かねば判らぬ話だった。しかしこうして末弟との間にはたったひとつの言葉すら交わされなかった以上、推して知るべしだろう。
 煉瓦の家のおぞましい中身を暴こうという者は流石に現れなかった。

 かくして川沿いには不気味な建物だけがいつまでも残り続け、これを人々はマリスの函、と仇名し、存在は誰しもが認めつつも決して近寄ろうとはしなかった。


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このストーリーに関するコメント

15/05/07 光石七

拝読しました。
末弟の子豚の性格が独特で新鮮に感じました。
狼の行動も驚きですね。その理由が説明されないことで、狼の無法ぶりが際立っているように思います。
マリスの函、タイトルにもなっているこのネーミングが素晴らしいです。
雰囲気のある世界を楽しませていただきました。

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