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ポテトチップスさん

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18・44メートル

12/07/23 コンテスト(テーマ):第十一回 時空モノガタリ文学賞【 高校野球 】 コメント:2件 ポテトチップス 閲覧数:1806

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目を開けると白い天井が見えた。ここわ何処だ? と思い、体を起そうと思ったが体が動かない。なぜだ? と呆然とした。
丁度その時、ドアが開く音がして
「佐々木さん、意識が戻ったのね!よかったわ。今、先生を呼んでくるわ」と女性が言って、ドアが閉まる音がした。
意識が戻ったのね? 先生を呼んでくるわ? 一体、何の事なのか佐々木聖一は天井の一点を見つめながら考えた。

そうか! 俺は交差点で信号待ちしている時に車に轢かれたんだったな・・・。
再びドアが開き
「佐々木さん、意識が戻ったみたいだね」と中年男の声が聞え、ベッドに近寄る足音が聞え
「私は、佐々木さんの担当医の久保です。体の調子はどうですか? 何処か痛い所はありませんか?」
「久保先生、力を籠めても体が全く動かないんですが?」と、天井を見つめたまま言った。
久保は佐々木の視界に入るように、佐々木の顔の真上から覗き込むようにして
「これからリハビリを一緒になって頑張っていきましょう」
「リハビリしたら、完全に回復するんですか?」
「……」一瞬の沈黙の後
「佐々木さんの頑張り次第ですよ」と言い残して、久保は病室を出て行った。
窓が開いているのか、時おり涼しい風が佐々木の頬を撫でた。
「カキーン!」金属バッドがボールを打つ音が響き、「何で今のボールがとれないんだ!」と怒声が窓から聞えてきた。
佐々木聖一は天井の一点を見つめたまま、しかしその目に力強さはなく、絶壁の前になす術なく立ち尽くす男のような目をしていた。

それから数日が経過した。
ただただ毎日、天井の一点だけを注視して生きた。
生きた心地など全くしなく、こんな体になるのなら、あの時に死んでいればよかったとさへ思い、生き残った運の悪さを悲観した。
「カキーン!」と、金属バッドがボールを打つ音が、また今日も聞え始めてきた。そして若い男達の声と、中年男の野太い怒声。
ほぼ毎日、同じような時間から始まり、日が暮れるまで声と音が聞えてきた。

それからまた数日が経過し、久保と看護士がいつものように病室に入って来た。
「佐々木さん、体の調子はいかがですか?」
天井を見つめたまま、生気のない声で
「大丈夫です」と答えた。
「佐々木さん、そろそろリハビリを始めてみませんか?」
「結構です」
「しかし、少しでも体の機能を回復させるべきですよ」
「完全に事故の前の体に回復するんでしたらやりますが、そうでなかったらやりたくありません」
「そうですか・・・」困惑したような言葉を残し、久保は病室を出て行った。
熊木と言う若い女性看護士が窓辺に行き
「もうすぐ、東京も梅雨明けするみたいよ」と言った。
天井を見つめたまま、「看護士さん、俺はここに入院してもうどのくらい経つんですか?」
「梅雨入りする前に救急車で運ばれて来たから、そうね、もう1ヵ月くらい経つかしらね」
もう、そんなに経つのかと思った。
事故前、大手運送会社で夜勤のアルバイトをしていたが、俺は首になったのだろうか? と考えたが、すぐにどっちみち、もう働く事の出来ない体だなと結論づけた。
「看護士さん、この病院の近くには野球場でもあるんですか? 野球する音がいつも聞えてくるんですが」
「区立第四高校があるの。知らない? 野球の強豪校よ」
「区立第四高校ですか・・・」
「知ってるの?」
「俺も高校生の時、野球部員だったんです。区立第四高校とは夏の甲子園球場で戦った事があるんです。完封負けしましたけどね」

試合が始まった。青森農林高校のユニフォームを着た佐々木聖一は、夏の甲子園球場第2回戦で、強豪区立第四高校とあたった。
優勝候補の区立第四高校と第2回戦であたった事を、チームメイトの中には「俺達、運が悪いな」と嘆く者もいたが、ピッチャーの佐々木は違っていた。
自分の投げる球が、強豪区立第四高校に何処まで通用するか試してみたかった。
ピッチャーマウンドに立つ佐々木は、第1投目を自信のあるストレートボールを振りかぶって投げた。
投げながら完璧だと思った。
ボールはまっすぐキャッチャー星川の、キャッチャーミットに収まるはずだった。
しかし次の瞬間、金属バッドに弾かれた球は、ライト方向に飛んでいった。
次の打者もそのまた次の打者にも打たれ、1回表の相手の攻撃で、4点も点をとられた。
佐々木は4回表でピッチャーを交代させられ、試合が終わると10−0で完封負けした。

目を開けた。
白い天井が見えた。
開け放っている窓からは、区立第四高校野球部の練習する声が聞えてきた。
右手の指に力を込めると、人差し指が若干動いた。
もう一度、ストレートボールを投げたいと泣きたくなるくらいに思った。
もう、18・44メートルまで届かなくても、1メートルでもいいから投げたい。
リハビリをしようと思った。


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このストーリーに関するコメント

12/07/27 汐月夜空

 悔しさをばねに……いや、負けていたくないという思い、ですかね。
 区立第四高校野球部の練習の声を聞いて、湧いてきた思いは。
 これ以上差をつけられたくない、という思いか、単純に野球への情熱を思い出したのか。
 もう元通りには戻れなくても、投げたいという思いを持ち続ける佐々木には、強く生きて欲しいなと思いました。
 願わくば、佐々木の腕が治ってほしいなと、奇跡が起きてほしいなと思います。

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