1. トップページ
  2. うみのおんな

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

1

うみのおんな

15/04/29 コンテスト(テーマ):第八十二回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1137

この作品を評価する

 海は、むっくりと起き上った。
 その体は、はげしく波立ち、水しぶきを煙のように空中に、高々と舞いあげた。おおむね四角いかたちをたもったまま、のっそりと陸地にあがってきた。
 地面を歩きつづけるにつれて、しだいにその四足は関節のように折りまげることが可能になり、だんだんと歩行に適した仕組みをみせはじめた。
 とはいえまだその姿は、流動的で、ときにまえに大きくせりだしたかとおもうと、いきなりうえにむかってそりあがるというふうに、つかの間もじっとしていることがなかった。
 海は、夜も昼も、やすみなく歩きつづけた。
 道路を、まちなかを、また公園を、あたりはばかることなく歩きつづけた。
 当然多くのものたちがその光景を目撃した。
 にもかかわらず、だれの口にもそれが話題に上らなかった理由は、海が歩くという、Wikipediaにものっていないこの不可解な現象が、かれらの常識の範囲を大きく逸脱していたからにほかならない。
 それは人間にかぎらず、犬たちでさえ、かれらのDNAのどこにも、歩く海の事例は刻みこまれていないとみえ、目のまえを海がとおりすぎるのをみたどの犬たちも、吼えることもわすれてただ茫然とみまもっているばかりだった。
 海は、なおも歩きつづけた。
 いまもその体は、太陽の光を満面に浴びて青々と輝き、海面上で絶え間なくぶつかりあう波頭がたてる細かい水しぶきから、いくつもの虹がたちあがった。
 よくできたもので、歩きつづけることによって海は、ますます歩行に適したスタイルを獲得しつつあるようだった。いまでは、腰のあたりがくびれて、歩くたびにそこが、左に右にあやしげに揺れ動くまでになっていた。
 しかしまだ、四つん這いのスタイルにかわりはなく、どちらかといえぱゾウやカバといった大型の草食獣の域から脱しきっていなかった。
 海の中を、いくつもの黒い影がすばやく動くのがみえた。これだけの巨体のなかには、いったいどれくらいの魚たちが存在するのだろう。万が一海が、疲弊しきって、大地に落ちて砕け散ってしまうようなことがあれば、それらの生き物たちの運命もまた同様に決してしまうにちがいなかった。
 だが海はそれからも、延々と歩きつづけた。
 最初のころにくらべると、全身はずいぶんスリムになって、もちまえの荒々しさや、猛々しいところがすっかり消えて、なるほどフランスで海は女性名詞といわれるゆえんをいま、あますことなく証明しているかのようだった。
 海が歩きだしてからというもの、必然的にその全体に、海よりもまだはるかに巨大な太陽の光を浴びることになり、水分が蒸発する速度も段違いにはやまって、いわゆるダイエット効果がそのうえにあらわれているようだった。
 海は、信じられないほど短期間に、みるみるやせほそっていった。
 いつのまにか、二本脚で直立し、背筋をのばして、バランスをとりながら、無理なく優美に歩くようになっていた。
 こうして海は、人間社会に溶け込むことに成功した。もはやだれひとり、彼女がもと海だったことに気づくものはなかった。
 海は、人間の姿を獲得すると同時に、それまでのおおらかな気持ちから、妙にこせこせした、つまらないことにもこだわる性格の持主にかわっていった。人間になるとは、そういうことだとわかったときには、もはやあとの祭りだった。
 人間社会でもまれているうちに、他人と張り合うのがあたりまえのようになって、当然にくむこともおぼえ、自分に敵意を抱く連中に対しては、徹底して対抗するようになっていた。その憂さを晴らすために、彼女は酒の味をおぼえ、飲む量はひましに増加していく傾向にあった。
 そのうち彼女は、自分の体で金をかせぐようになっていた。夜の歓楽街にたてば、たちまちどこからともなく男がちかづいてきた。
 魅力にあふれた彼女は、短いあいだに闇の世界の男たちのあいだでもてはやされるようになった。
 彼女のまえに、いろいろな男たちがあらわれては、夜をともにした。彼女は相手がだれでも、わけへだてることがなかった。とりわけ、明日の命も知れない、やくざものとの一夜の契りには、身も心も捧げてつくしてやった。
 男たちは、彼女の見事な肉体に魅了された。そのうえ彼女といると、ふしぎと気持ちが癒やされた。そんな男たちの中には、実際に、翌日には命をおとすものもあったが、彼女と寝たおかげで、こころおきなくあの世に旅立つことができた。
 彼女の背中には一面、色あざやかな魚たちの入れ墨が彫られていた。みるものの目には、その魚たちが、補助灯のあわい光のなかに、なぜか本当にひれをうごかして海の中を泳いでいるようにみえたという。
 いつしかみんなは、彼女のことを「うみのおんな」と呼ぶようになっていた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/05/22 光石七

拝読しました。
海がこのような変化をするとは、その発想がすごいです。
海ですからね、気持ちが癒されるのは当然でしょう。
この海が、先に投稿されたお話の夢想する海のその後だったら面白いなあ……なんてことも思いました。

15/05/22 W・アーム・スープレックス

光石七さん、コメントありがとうございます。

夢想の海のつづき―――確かに面白そうですね。そこまでは考えつきませんでした。
はじまりは海ですが、やっぱり最後は、人間ってなんだろうというところにたどりついてしまいます。
なんどかこの種の作品は書いていますが、なぜ書くのかは、自分でもわかりません。

ログイン