クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
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15/04/26 コンテスト(テーマ):第八十二回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:9件 クナリ 閲覧数:1170

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 夕暮れを映した海の水面から、無数の水滴が、空を覆う雲へと遡っている。
 昨日から続く雨が、今は映像を逆再生するように、上空へ吸い込まれて行く。
 時間が、戻されていた。
 つい今ほど自分の足で海の中へ歩んで行った彼女の頭が、波間から後ろ向きに上がって来た。
 白いワンピースの背中が見え、腰が現れ、ついには足まですっかり砂浜に上がる。
 時間は、どんどん戻って行く。彼女は僕の隣まで来た。
 表情は見えない。覗き込めない。
 僕と彼女の、どちらかは既に死んでいる。
 どちら――だったか。



 彼女は、山の中で十五年間暮らしていた。
 僕は、コンクリートの間で十五年間生き続けた。
 そんな二人が海辺の街で出会ったのは、不思議だった。恐らく、出会いたかったのだろう。
 僕らは好きなものはまるで違っていたけど、嫌いなものはよく似ていた。笑いたくなる瞬間はバラバラだったけど、泣きたくなる条件は同じだった。
 味方という生き物に、僕らはお互いに初めて出会った。
 僕らは二人ともよく人を騙したり、物を盗んだりした。そのためにそれぞれが幼い頃から身につけていた手口は、そっくりだった。
 喜ぶべきことのようにも思えたけど、なぜか僕らは二人して拗ねた。

 出会ってから半年ほどした頃、彼女が奇妙な言葉を呟いた。
 ――夜明けを待たずして、汝三度我を否まん。
 そんな文句だったと思う。聖書の、キリストの最期辺りからの引用らしかった。
 お前は夜が明けるまでに三度、私のことを知らないと言うだろう。そんな意味。
 そして彼女は、人が生きる上で他者を犠牲にすることの善悪について、僕に語った。
 彼女は話しながら、最後には泣き出した。
 少なくとも産まれた瞬間には、彼女は祝福されていた。そう信じようとしていた。



 砂浜に横たわっている僕の目の前に、彼女の父親の死体が転がっていた。胸には、僕のナイフが開けた穴がぽっかりと空いている。
 そのナイフは、今は僕の首に刺さっていた。
 死んでいたのは、僕だった。
 
 父親は、この世界で唯一、彼女のルーツを知る人間だった。
 彼女は、自分の信仰を裏付けようとして、とうとう父親に自分の出生のことを尋ねてしまった。
 ――私は、望まれて生まれて来たのでしょう――と。
 しかし、神の天台を暴いた者からは、神は必ず去ってしまう。
 父親は醜く笑い、十五年間秘匿していた暴虐の言葉のあらん限りを、彼女にぶつけた。
 母親の命と引き換えに産まれた彼女を父親は心から憎み、憎む内に、歪んでしまっていた。
 彼女の誕生がいかに周りの人間を不幸にしたか、いかに誰のためにもならない出生だったか、父親は憤然と語った。
 唯一つの拠り所を求めて神の裾にすがり付いた彼女は、その神の足に踏み潰されたようなものだった。

 僕はその一連を、彼女が父親に打ちのめされた翌日、雨の降るこの砂浜で彼女から聞いた。
 彼女は、もういいや、ばいばい――と言って、海の中へ歩いて行こうとした。
 止めようとした時、父親が彼女の名前を叫びながら追って来た。
 僕の頭の中が、瞬時に沸騰した。
 僕は携帯するのが癖になっていたナイフを取り出すと、必死に走る父親に駆け寄り、不意打ちで胸を一突きにした。
 倒れる父親を見て、浅瀬から彼女が駆け戻って来た。
 僕はナイフを抜き取ると、とどめに父親の首を刺そうとした。その僕の手から彼女がナイフを奪い、僕の首を突いた。

 二つの死体の傍らで、彼女はしばらく忘我していた。
 そしてやがて、その足を再び、海へ向けた。
 時は順行に戻り、彼女は海へ進んで行く。やがて頭が、波に飲まれた。
 死んでしまっている僕には、それから彼女がどうなったのかは分からない。
 流れる時の先を見ることが出来るのは、生きている者の特権なのだろう。

 願わくば、自分の足でも波のせいでも、とにかく君がもう一度、生きてこの砂浜へ戻って来ますように。
 君の世界に不可欠な構成要素の振りをしていた、父親の死になど構わずに。
 君から父親を奪い、その上自分が死んでしまっても悔しがるでもない、利己的虚無主義者とでも言うべき、仕様もない僕の死になど構わずに。
 死のうとして、生きて戻って、今日が君の二度目の誕生日になるのなら。
 少なくとも僕だけは、確かに君の誕生を寿ぐ。
 恐らくは、――君の父親も。

 僕は閉じられてしまった時間の中を行ったり来たりしながら、君の背中を何度も見つめる。
 海へと進む君の後姿の、最後の表情は永遠に見えない。
 雨と鉛色の海から逃れて、今の君が自由でありますように。

 地上の、全ての水が注ぐ海。
 その海からすら零れて行く、雫の僕ら。
 せめて君は、顧みられますように。
 そう願うけれど、君の濡れた背中が寂し過ぎる。


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このストーリーに関するコメント

15/04/26 クナリ

身勝手な男心みたいなのを裏テーマにしようと思ったら
本当に勝手なこと言ってる主人公でした(切腹)。

15/05/08 クナリ

志水孝敏さん>
変な構成、変な場面で、わかりにくいものになってしまった気がするッ…とやきもきしていたので、コメントとてもうれしいです、ありがとうございます。
海というものをどう扱うか、色々考えたのですが、最初に思いついたのも最後に残ったのも入水でした(^^;)。
この後の展開は読み手様にお任せ…という作り方は好きではないのですが、今回は主人公が最後まで見届けることができないことになってしまったので、たまにはそうしたエンディングでも忌避せずに構成してみようと思って書きました。
海には、人を呑み込む死のイメージ、生命を生み出す命のイメージ、そして全てを引き受ける場所のイメージがあります。
今回はそのすべてを盛り込んだ話になりました。
主人公は、そこからすら零れ落ちる人になりました。人の社会は、海に例えるには余りにも隙間が多いようです。

15/05/17 レイチェル・ハジェンズ

昔の映画を見ているような、少しレトロな気持ちになりました。
三途の川ん

15/05/17 レイチェル・ハジェンズ

昔の映画を見ているような、少しレトロな気持ちになりました。
三途の川ん

15/05/17 レイチェル・ハジェンズ

コメントの途中で寝てしまった反動で訳分からん行動に出てしまって申し訳ない。

君に対する感情が、死んでしまった僕に上手く乗せられているなと思いました。
生前の陰湿さのある僕と、味方ができた後の僕の気持ちが好きです。

おやすみなさい。

15/05/19 クナリ

レイチェル・ハジェンズさん>
コメントありがとうございます。
書いていてぜんぜん感情移入できない主人公でしたけども、書き終わってみると、まあ見るべきところもあるかな…と思えたキャラクタでした。
彼の視点からすればここで閉じてしまう物語ですが、その構成がよい結果を出せていれば幸いです。

15/05/20 光石七

「海が命の起源ならば、命が終わる時も海に還るのだろうか……」なんてことをテーマから考えたものの、全く話が膨らまなかった私(苦笑)
生と死と海が見事に融合されたお話に圧倒されました。痛みや苦しみを引き受けて包み込み呑み込むのも海の役割(?)ですね。
いつもながら無駄のない文章で、主人公の思いが波のように近づいてくる感覚でした。ラストもすごくいいです。
人は皆どこか身勝手だけど、自分のために身勝手であるよりは人のために身勝手であるほうがいいかな……なんてことも考えました。
興味深く読ませていただきました。

15/05/22 クナリ

光石七さん>
もーとにかく、海ってデッカイんで!(わああたまわるそう)
ほぼ自分の中では宇宙というか虚無というか、もうそれくらいに感じちゃうんですよね。果てしないぞー、と。
なので、これ幸いと死生観を扱う話にしてみました。受け止めて、海!みたいな。
もっと無駄な文だけで進んで行く話も好きなのですけどもね。
自分がそれをやると、本当に何も起こらないまま話が進んでしまう…というか終わってしまう(^^;)。

ていうか、自分の書いた話なんぞよりも光石さんのコメントのほうが深いっすヨ…。
人のために身勝手に…おお。

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