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久我 伊庭間さん

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猪口才卯之助

15/04/26 コンテスト(テーマ):第八十一回 時空モノガタリ文学賞 【 三匹の子豚 】 コメント:4件 久我 伊庭間 閲覧数:1055

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 猪井卯之助は憂えていた。
「次は私だ」
もちろん、犬童頼母のことである。猪井家の嫡男、文蔵と学友であった頼母は、剣術、学問、意中の女、事あるごとに張り合っていた。そのどれもが文蔵が勝り、頼母は苦汁をなめた。しかし、代々家老職を務めてきた犬童家と猪井家の間で、家格は大きな隔たりがあった。家督を継いだ文蔵が郡奉行のもとで働き、田畑の検地を務めていた頃、頼母はすでに中老であった。八年前の凶作の折り、年貢は大幅に減り、藩の財政は逼迫した。その責は、全て文蔵に負わされ、藩内、特に犬童一派からの糾弾は激しいものであった。気性の激しい文蔵は、その苛虐に憤懣やるかたなく、腹を切った。家を継いだ次兄の富四郎は、普請方を務め、材木の買い付けなどを行っていた。そんな富四郎も、運搬中の材木の下敷きとなって命を落とした。尋常ならざる死に、家老職を継いだ頼母の関与も囁かれたが、大目付配下の調べの結果、その死は事故として処理された。息子二人を失った母は病に倒れ、まるで後を追うかのようにその命を終えた。そうして、三男の卯之助が、空っぽの猪井家を継いだ。

「文蔵の末弟、卯之助と申したか。その話、まことか?」
犬童家の庭へと通された卯之助は、平伏したまま頼母に答えた。
「はい、兄が師より賜りし備前長船、御家老に献上したく、お持ちいたしました」
言うや、刀をささげ持った家士が頼母へと、手渡した。
「ふむ。どうやら師の長船物に相違ないようだ」
「お気に召していただければ、幸いにござります」
「面を上げい」
顔を上げた卯之助をひと睨みしてから、頼母は口を開いた。
「して、なぜこれを儂に?」
「私は剣術は不得手。かような業物は手に余ります。御家老のお手元にござりますのが、ふさわしいかと存じます」
頼母はその口元を歪めた。
「文蔵は全く、運がなかったな。しかし、あの気性はいかん。なにも腹を召さずとも良かったのだ。まぁあのように皆から糾弾されては詮無きことではあったがな。それに……富四郎か?あれも儂の差し金だという風聞を耳にしたが、全くの出鱈目よ。何より、調べでもなにも出てこなかったではないか」
「そのような噂を私も耳にしました。誠に恐れ多い。そのような話を持ち出す者は一喝いたしました」
「うむ、聞いておる。お主のその態度、家中では腰抜けと評判ぞ」
そう言いながら、頼母は注意深く卯之助の顔を見つめている。
卯之助は頼母から目をそらさず、答えた。
「御家老を疑うなど、お門違いも甚だしい。腰抜けと呼ばれようとも、そのようなことは出来ませぬ」
「お主、儂に命乞いをしておるのか?」
「滅相もない。私はただ、猪井家を守るため、そのために御家老にお仕えできればと思う次第でござります」
聞くや、頼母は声を上げて笑った。
「そうか、猪井の末弟は、かような腰抜けであったか!これでは文蔵も草葉の陰で泣いておろうな」
卯之助は、頼母の言うがままであった。

 月日が流れ、卯之助は普請奉行として犬童頼母の派閥で働き続けていた。普請の際には賄賂を取り、頼母へと収め、そのおこぼれに預かっていた。仇に取り入るその姿を、影では腰抜け、猪口才と揶揄されながら。この年、幕府から許可が下り、城壁を修理することとなった。この一大事業の裏には多額の賂が動いた。卯之助の的確な指示もあり、修繕は予定よりも短期間に安く完了した。その功績により、藩主直々にお褒めの言葉をいただけることとなった。


 藩主の前に平伏した卯之助は、心なしか悄然としているようで、額には玉の汗が浮かんでいた。しかし、それに気づいたものは同席した犬童頼母も含め、誰もいなかった。
「此度の城壁の修繕、見事なものであった。満足しておるぞ。苦しゅうない、面を上げい」
藩主の声に卯之助は身を起こすや、訥々と語りだした。
「恐れながら申し上げたき儀がござります」
その目は、まっすぐに藩主を見つめている。
「良い。申せ」
「憚りながら、此度の普請の裏に石問屋の寺田屋より、賂がござりました。全ては御家老、犬童頼母様のお指図にござります」
「猪井、貴様……!」
「お疑いであれば、証文のたぐいもすべて保管しております」
苦しげに語る卯之助を見つめ、藩主は口を開いた。
「何故、斯様なことをいたした」
「すべて兄ふたり、そしてわが猪井家のため。御家老は亡き兄2人の仇、されど討つ機会も由もなし。機を伺うため取り入ってまいりました」
「賄賂を取ったのは貴様も同じぞ!」
頼母の言葉に、卯之助は冷ややかに見つめ返した。
「賂を受け取ったのは、全て御家老を欺くため。一切手はつけておりませぬ。我が屋敷をお調べいただければ、証文も含め、すぐに見つかるものと――」
そこまで口にして、卯之助は倒れ伏した。その腹は赤黒く染まっていた。
「陰腹を召して……」
死に顔は、穏やかであった。


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このストーリーに関するコメント

15/05/04 久我 伊庭間

>志水孝敏さん
ありがとうございます。
原典を読んでみると、狼に食べられてしまった兄たちに対して、
三男の情が薄く感じたので、あえてその情を中心に書いてみました。

15/05/06 光石七

拝読しました。
兄たちの敵を討つ弟、その覚悟も最期もあっぱれです。
時代設定が効いてますね。主人公の行動に説得力がありました。
日本人の情に響く、素晴らしいお話でした。

15/05/07 久我 伊庭間

>光石七さん
ありがとうございます。
時代小説は好きなのですが、書いたことはなかったので、
ちょっとドキドキでした。
説得力ありましたか!嬉しいです。

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