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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが最近になって、やっぱり小説家の夢を追い求めたい自分がいることに気づきました。久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説を書いてます。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 太宰治賞もしくは北日本文学賞で最終選考に残ることです。
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町 営 水 族 館

12/07/22 コンテスト(テーマ):【 水族館 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:1473

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「おい、田中! それが終わったらこれ倉庫に運べ!」
「あっ、はい」
「ホント、オマエはとろいよな。テキパキ動けよ」
馬場直樹が舌打ちを鳴らし、倉庫から出て行った。田中は、小さく胸につかえたモヤモヤとした息を吐いた。
青いパレットの上に、三段重ねで飲料水のケースを積み終えた。額からは大粒の汗が流れ落ち、首に下げたタオルで汗を拭った。
真夏の倉庫内に冷房設備などはなく、連日40度近くまで室温が上がっていた。1台、業務用の大きな扇風機が、埃っぽい倉庫内で羽を回してはいたが、ほとんど役にはたっていなかった。
喉の渇きを覚えながらも、馬場に指示された作業をやろうとしたが、ほんのちょっと前に馬場に指示された内容を忘れてしまった。
「なんで、僕はこんなに馬鹿なんだ・・・」と小さく呟き、仕方なしに倉庫の外にいる馬場に聞きに向かった。

倉庫の出入り口を出ると、青空に大きな入道雲が湧き立っていて、蝉の鳴き声がいたる所から聞えてきた。
すぐ近くの浜辺から海の匂いを混ぜた涼しい風が運ばれてきて、火照った体を幾分か和らげた。
「田中、終わったか?」
馬場が自販機の前で、黒木と唐沢と一緒にコーラを飲んでいた。
「すいません。馬場さんに指示された事、忘れてしまいました」
「このバーカ! ホント、オマエは頭悪りぃーな」
3人は、口元を歪め蔑むような目で田中を見た。
「すいません。もう一度、教えてもらえますか」
「何度も言わせんなよ。だからよ、フルーツジュースの載ったパレットをハンドリフトで
第二倉庫に運べって言ったんだよ」
「分かりました。すいません」
倉庫に戻る田中の背中に、3人の冷たい視線が刺さって、泣きたかった。
倉庫に入る手前、顔を遠くに向けると、町営水族館の建物が見えた。酷く老朽化した白い建物。
一度も行った事のないその水族館は、来週の月曜日で閉館する事が決まっていた。
採算が取れない事と、建物の老朽化が閉館の理由だった。

翌日も猛暑日が続いた。
倉庫内の室温計は、42度を表示していた。
「おい、田中! 何で通り道にパレット置くんだよ! リフト通れねぇーだろ」
「すいません。いまどかします」
「オマエよ、もう22歳だろ。いい加減、頭使って仕事しろよ」
「すいません」
「年のそんなに変わんねぇー俺に、毎日ガミガミ言われて悔しくねぇーのかオマエ」
動きを止めて馬場を見つめる田中の額からは、汗が止め処なく流れ落ちていた。
しかし田中の心は酷く乾ききっていて、脱水症状のように軽い眩暈が襲った。
昼休み時間に入り、他の従業員は事務所2階の冷房の効いた部屋で昼食を摂っていたが、田中はいつものように外で1人昼食を摂った。
4段に積み上げられた空パレットの上に腰掛、今朝、自分で作ってきた握り飯を頬張った。
遠く離れた所には、白い建物の町営水族館が見えていた。


土日は仕事が休みだった。特に出かける事無く、アパートで漫画本を読んで過ごした。
エアコンが付いていない部屋は蒸し風呂のようで、扇風機の風量を『強』にはしていたが、生暖かい風ばかりが送られてきた。
夕方、猛烈な熱をもたらしていた太陽がもうすぐ沈みかけ、夜の気配が近づいてくると、何処からか風が出てきて、開け放っている部屋の窓から風が中に入ってきた。白のレースのカーテンは、生き物のようにグネグネと絶えず動いていた。
しばらくして、茶色のカーテンを閉めようと窓辺に立つと、空に星が瞬いているのが見え、窓から顔を上げて田中は見続けた。
不意に『辞めたい』と思った。

翌日の月曜日も、晴天の猛暑日が続いた。
この日、馬場は機嫌が悪いのか、朝から何かと田中に苛立たしく作業を指示した。
昼休み時間に入り、一人で積み上げられたパレットの上に腰掛、握り飯を頬張った。
『辞めたい』と、また思った。
午後も馬場に、ガミガミ言われた。
夕方5時に仕事が終わり、ロッカーで着替えを済ませた後、事務所に入った。
そして、事務所の奥の机に座っている社長に
「今日で辞めさせて下さい」
「どうした、何かあったのか?」
「もう辞めたいんです」
「次の仕事は決まっているのか?」
「いえ・・・。でも辞めます」

会社を出た田中は、このまま家に帰りたくない気分だった。
『そうだ、町営水族館に行こう』と思いたった。
腕時計を見ると、午後5時30分。もう終わっているかなと思ったが、とりあえず自転車に乗って向かった。
ペダルを漕ぎながら、今日が町営水族館の閉館日であるのを思い出した。
今まで何度も、昼休み時間に積まれたパレットに腰掛ながら見ていた、白い建物の水族館。
町営水族館に着き、自転車を駐輪所に止め入り口に向かうと、ドアに『長い間、ありがとうございました。本日で閉館致しました』の張り紙が貼っていた。
自動ドアは、開く事が無かった。





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