1. トップページ
  2. 空母小学校

山田猫介さん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

空母小学校

15/04/20 コンテスト(テーマ):第八十二回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:2件 山田猫介 閲覧数:953

この作品を評価する

 子供ならたいがい誰だって小学校へ行くが、僕のような小学校生活を経験した人は少ない。僕が生まれ育ったのは、XX市内の水上区と呼ばれる地帯だった。文字通り港の一画で、倉庫街に混じって小さな木造の住宅が立ち並び、ごみごみした狭いところだ。
 用地不足や住宅不足が慢性化していた。空き地などまるでなく、造船所の空きドックが僕たちの唯一の遊び場所だった。道は狭く常に人だらけで、風がピタリとやむ夏の午後には、空気の中で真っ赤にゆで上がるような気がした。それでも人口は容赦なく増え続けた。
 僕が6歳になる頃、小学校はすでに超満員で、狭い教室に60人もの子供がひしめき合っていた。クラスも午前と午後に別れ、午前の連中は朝登校し、昼前には帰宅する。そのあと午後の児童たちが登校してきて、同じ教室と机を使って、また夕方まで授業が行われたのだ。
 校内は常にバタバタし、ケンカや揉め事が絶えず、限界に達しているのは誰が見ても明らかだった。どうあっても小学校をもう一つ作る必要がある。だが、そんな土地がどこにある?
 そんなおり校内で小さな火事があり、教室が2つも使用不能になると、もうグズグズできなかった。学校を増やすために、市は思い切ったことをする気になった。
 時代は昭和の恐慌と呼ばれる頃だ。ありとあらゆる産業が冷え込み、工場の閉鎖や労働者の解雇が相次いだ。海軍も例外ではなく、予算が大幅に減らされ、建造中の軍艦の工事が中断された。あの航空母艦もその一隻で、水上区のある造船所で建造が始められ、大体の形ができて海に浮かべられたのは良かったが、そこで工事が中断されたのだ。いつ再開されるのかメドすら立たず、今はただ大きな体で港のすみにプカプカ浮かぶだけの存在だった。市はこれに目をつけたのだ。
 もちろん海軍は反対した。猛反対した。しかし「来るべき日本の未来をになう国民の教育のためである」と大見得を切られれば、言い返す言葉はなかった。空母の巨大な船体は莫大な係留費を発生させ、海軍は毎月かなりの金額を市に収めており、これをゼロにしてやるどころか、毎月の賃料まで払ってやると言われれば、頭の固い軍人もついに首を縦に振った。
 翌週から、空母を小学校に改造する工事が始まった。『水上区第7小学校』と命名されたが、一般には『空母小学校』というほうがよっぽどよく通じた。
 春が来て、僕は空母小学校に入学した。鉄の階段を上がり、初めて校庭に立った瞬間のことをよく覚えている。校庭は元の飛行甲板だが、とてつもなく広い。その遥かかなたに、司令塔を改造した校舎がポツンと立っている。それだけでは足りず、プレハブ校舎もいくつか追加されていた。
 授業内容は普通の小学校と同じだが、校庭での遊びは少し違っていた。校庭を走り回るのはいいが、ボール遊びはあまり勧められなかった。校庭のまわりにフェンスはあるが低すぎ、ボールは簡単に飛び越え、海に落ちてしまうのだ。そうなると、まず取り戻すことはできなかった。
 もっともおもしろい遊びは、やはり艦内の探検だった。一応鍵をかけて扉は閉じてあったが、そんなものは数週間しかもたなかった。誰かが鍵を壊し、子供らはすぐに自由に出入りした。
 空母の艦内は、本当に驚異に満ちていた。二段式のベッドが何百と並ぶ兵員区画、戦闘機を入れるための格納庫、巨人のために設計されたとしか思えない機関室などだ。僕たちは何時間探検しても飽きることはなかった。
 船の一番深い部分はどうなっているのだろうと数人で連れ立ち、降りられる限り降りていったことがある。船底の分厚い鋼板と、本当に竜の背骨を思わせる竜骨に手を触れることができて、僕たちは感無量だった。
 だがそういう学校生活も終わるときがきた。長い不況が終わり、空母の工事を再開する予算がとうとうついたのだ。同じころアメリカとの間で戦争が始まり、空母の必要性も増大した。
 もう6年生になっていたが、工事は僕たちがまだ在学している中で再開された。僕たちは、クレーンがうなりを上げ、溶接やリベット打ちの騒音の中で授業を受けた。
 だがそれも終わり、卒業式の日が来た。同時に工事も完了し、空母も陸地を離れることが決まった。卒業式の翌日、エンジンをかけられ、80機の戦闘機と数百人の兵員を乗せ、『軍艦マーチ』を派手に響かせながら、空母は岸壁を離れていった。船は帝国海軍艦艇リストに正式に載ったが、数年後の海戦で撃沈された。だから僕が通った小学校は、今でも南の海のどこかに横たわっているはずだよ。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/05/19 光石七

拝読しました。
思わず「空母小学校」でネット検索しましたが、みつかりませんでした。
艦内の描写の細やかさに、主人公たちと一緒に探検しているような気分になりました。
ラストに戦争の悲劇と哀愁を感じますね。
素敵なお話をありがとうございます。

15/05/20 山田猫介

光石七様
2作品にコメントをいただき、ありがとうございます。
感想をいただくと励みになります。

ログイン