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山田猫介さん

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渡し舟

15/04/20 コンテスト(テーマ):第八十一回 時空モノガタリ文学賞 【 三匹の子豚 】 コメント:2件 山田猫介 閲覧数:751

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 N市には川があり、あるところに橋のない場所があって、渡し舟が運行されていた。
 通行人も多く、川幅も狭いことから、なぜ橋が建設されないのか、みな不思議に思ったが、渡し舟を動かす業者にも生活があり、市の側にも、橋の建設でそれを脅かすことにはためらいがあった。橋の計画は、持ち上がっては消え、持ち上がっては消えを繰り返した。
 この渡し舟だが、流れのない静かな水面だからエンジンつきの船ではなく、3人の船頭がいて、それぞれが数メートルある長い竹ざおを持って、人力で操っていたのだ。この3人は兄弟で、父親の代からこの仕事を引き継いでいた。3人の名はそれぞれ一郎、二郎、三郎といった。
 この3人はまだ若く、みな一人身だった。そして3人が同時に恋をした。話をややこしくしたのは、3人が恋した相手が同一の娘だったことだ。ある女学校の生徒で、対岸にある屋敷から毎日、船に乗って通学していた。そのとき3人の目に留まったのだ。
 仲の良い兄弟が、いっぺんに険悪になった。それまでは3人して合図を送りあい、声を合わせて歌いながら船を操ったものが、仲違いしてからは黙りこくり、まるで葬式のように船を動かすようになった。
 といっても純朴な連中であるから、まだ誰一人、娘に声をかけることすらできずにいた。見かねてある日、叔父が3人を集め、話し合いをさせた。その結果、3人のうち誰を選ぶか、娘に決めてもらうことになった。「誰に決まっても、一切恨みっこはなし」とし、また仲の良い兄弟に戻ることができた。
 だが、互いの間に緊張がなかったわけではない。いつ誰が抜け駆けをして、彼女のハートを射止めるかもしれないという心配は常にあったわけだ。しかしそれでも、3人は正直者だった。ある日3人そろって船上で娘の前に進み出、それぞれが求婚を行ったのだ。
 まず一郎が言った。「お嬢さん。あなたのためでしたら、私はどんなことでもいたしましょう」
 娘はにっこりと微笑み、答えた。「では、このコインを川底から拾ってきて下さるかしら?」
 ポケットから取り出したコインを、娘は水中にぽんと放り投げた。
「もちろんですとも」一郎は息を大きく吸い込むと、船べりを飛び越え、水中へ姿を消した。
「お嬢さん。私は何をすればよろしいのでしょう」二郎が言った。
 娘は二郎を見つめた。船上の乗客たちは、どうなることかと見守っている。
「あなたには、これを取ってきていただきたいわ」娘は、そばにある鉄橋を指さした。今しも貨物列車がごうごうと通り過ぎるところだ。娘は帽子を脱ぎ、ぽんと投げた。帽子は風に乗って高く飛び、貨車の車体に引っかかり、そのまま走り去ってしまった。
「よろしいですとも」二郎は急いで船を岸につけ、さおをほうり出し、貨物列車を追って走っていった。
「お嬢さん、私は何をいたしましょう」三郎が言った。
 船着場は通りに面していた。銀行が目の前にあり、そのドアが突然勢いよく開いて、覆面をした男が飛び出したところだった。男は、重そうにふくらんだ革カバンを手に持ち、もう一方の手にはぎらぎら光る短刀を握っている。
 娘は指さした。「あなたには、あの男を捕まえていただきたいわ」
「よしきた」三郎は船を飛び降り、銀行強盗めがけて飛びかかった。
 この川は水深が深く、底には泥が厚く堆積し、からみつく藻も大量に生えている。一郎はとうとう浮かび上がることはなかった。貨物列車を追った二郎は、全速力で国道に飛び出したところを大型トラックにはねられた。三郎はあっという間に腹を刺され、そのまま死んだ。
 3人の葬式は、同じ日に同じ場所で行われた。ただし、一郎の棺おけだけは空のままだった。死体がどうしても上がらなかったからである。跡取りを3人とも失った渡し舟は、そのまま廃業するしかなかった。翌日から、橋の建設工事が始まった。すぐにわかったことだが、あの娘の父親は建設会社を経営しており、橋の建設を請け負ったのもその会社だということだ。


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このストーリーに関するコメント

15/05/05 光石七

拝読しました。
なんともお気の毒な……。惚れた相手が悪かったと言えばそれまでですが、純情な兄弟だけに「彼女のためなら」という思いが強かったのでしょう。
実は一郎が生きてて、彼女への復讐を決意する……なんて展開を妄想してしまいました。

15/05/06 山田猫介

光石七様
ありがとうございます。
純情な人には生きにくいこの世界…、なんてことでなければいいのですが。

>実は一郎が生きてて、彼女への復讐を決意する
あっそれ、面白いですね。思いつきませんでした。

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