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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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泣かないで、ピーコック

15/04/20 コンテスト(テーマ):第八十回 時空モノガタリ文学賞 【 テーブルの上 】 コメント:8件 冬垣ひなた 閲覧数:1289

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猫が喜びそうな縁側の日だまりに、円い木製のテーブルとチェアがちょこんと置いてある。
その飴玉を溶かした様に青みがかった緑の彩色は、瓦造り畳住まいの家にはあまりに鮮やかで、琴子のおばあちゃんは「これはピーコックグリーンよ」と初めて会った日に教えてくれた。
「ピーコックは英語で孔雀のオスをいうの。広げた羽のようにあでやかだからそう呼ばれているのね」
ニコニコ笑うおばあちゃんは編み物が大好きで、その両手から創られる糸の世界はそのテーブルによく映えるのだった。
おばあちゃんは照れ臭そうに言った。
「ここがわたしの城なの」
そのエキゾチックな調度品への想いは、死ぬまで意固地だったというおじいちゃんに対する、ちょっとした反抗心だったのかもしれない。

そんなおばあちゃんと、琴子の家族が一緒に暮らすようになってもうすぐ2年になろうとする。
おばあちゃんのピーコックも健在だ。
桜も散ったある日、その上にこんもりと毛糸が積み上がっているのを見つけ、小学5年生になった琴子は心が弾んだ。
あのシャンパンゴールド、きっと私のだ。
季節外れだけど、セールでもしてたのかな?
「おばあちゃん」
庭にいたおばあちゃんは、琴子の声に振り返った。
「あのね、私も一緒に編み物がやりたい!」
いつものようにおばあちゃんに抱きつき、琴子は上目づかいに見る。
「コースターとかじゃなくて、もっと大きなマフラーみたいなの……」
「駄目よ」
珍しく、おばあちゃんはピシャリと言った。
「あれは大事なものなの」
そんな言い方しなくても……琴子は甘えてごねてみた。
「だって、私だって、おばあちゃんみたいになりたいもん。マフラー作って、友達に自慢したい」
「自慢するために作ってるんじゃないの、おばあちゃんは」
おばあちゃんの声がことさらに冷たくなるので、琴子はむくれた。
「ひどーいっ!そんなこと言うんだったら、私もうおばあちゃんと遊ばないもんね」
「琴子」
「バイバーイ」
食事の時も口も聞かない、おはようもおやすみも挨拶しない。
だって、おばあちゃんばっかりずるいよ。
おんなじようにやってるのに、私はちっとも上手にならないし。
腹立ち紛れに、琴子は毛糸の山を突き崩した。
カシミヤなんて素敵な言葉が書いてあるけど知るもんか。
上質の透明感と煌めきに溢れる毛糸玉が、無造作にぽとぽと転がり落ちる。
おばあちゃんなんて、嫌い。
ピーコックも大嫌い。

3日後、おばあちゃんは旅行かばんを一つ持ったまま、琴子の両親に付き添われ、ひっそりと姿を消した。

ピーコックの上には、おばあちゃんが編み始めたばかりのマフラーとたくさんの毛糸玉が取り残されたままだった。
「おばあちゃんはこれから手術なの」
お母さんの説明は要領を得なかったが、手術が成功したとしても5年は再発する危険が残るという。
「再発したらどうなるの?」
琴子が聞いたが、お母さんはついに答えてくれなかった。
しばらくしてその毛糸の姿も縁側からなくなると、ピーコックは居場所を失ったように、急にぼんやりとくすんで見えた。
おばあちゃんの編む糸は、どれも琴子の持ち物になっていったが、その都度に命の砂時計は落ちて行って、砂はその掌から零れおちて。
そんな事、ちっとも知らなかった。
いつか崩れ落ちるおばあちゃんの城を、懸命に支えていたんだね、ピーコック。
おばあちゃんに、謝らなくちゃ。
主のいないチェアに座り、突っ伏した琴子の頬に当たるテーブルは少しざらりとしていて、甘ったるい飴玉ではなく、剥げたペンキの匂いがした。

ツバメが巣立ちする頃、おばあちゃんはようやく退院した。ふくよかだった身体も一回り小さくなり、杖をつかなければ歩けなくなっているというのに、おばあちゃんがいの一番でピーコックに広げたのは、あのシャンパンゴールドだった。
「すっごーい!マフラーに、セーターに、帽子に、手袋もある!」
おばあちゃんはフフフ、と笑った。
「でもこれはもう少し大事にしまっておきましょうね、琴子が大人になっても着られるようにね、大きめに作ってあるの」
おばあちゃんが言いながら、いつものようにピーコックのチェアに手をかけて座った。
「いつまでも、琴子の自慢のおばあちゃんでいたいしね」

おばあちゃんは最近ものを食べず外出も少なくなった。
琴子は一人、ピーコックの上でレースを編むことが多い。
おばあちゃんは、それでも皺の深い目を嬉しそうに細めているのだ。
その砂時計は、もう楽しみに割くことが出来ないほど、残り少ないのに。
ふとテーブルを撫でながら、琴子は鼻をすすった。
私が頑張りすぎて、その深く澄んだ色が剥げてしまう日が来ても、悲しまないでね。
いつか、孔雀の羽のように細やかななテーブルクロスを編んであげる。
だからお願い、ピーコック。
今はどうか泣かないで。


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このストーリーに関するコメント

15/04/20 冬垣ひなた

<補足説明>
ピーコックグリーンはだいたい左の画像の背景の色になります、
よく似た色にピーコックブルーというのもあります。色って難しい……。

15/04/21 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。

おばあちゃんの孫への思いが、最後に伝わってよかったなあと思いました。
起承転結が明確で読みやすく、童話のような筆運びも心地良かったです。
ピーコックグリーン、鮮やかでいて気品のある色で素敵です。
ふたりにとって特別な色になりそうですね。

15/04/21 草愛やし美

冬垣ひなたさん、拝読しました。

おばあちゃんと孫さんのほのぼのするふれあいがとても素敵に描かれていて思わず微笑んでしまいました。
ピーコックグリーンのテーブルセット、きっと素敵なんだろうなあ、見て見たいなあと思います。いいお色ですよね、不思議な色合いで、孔雀の羽根そのもの、うまく表現したものだと感心します。
おばあちゃんと琴子の時間が少しでも長く続きますようにと祈っています。

15/04/22 光石七

拝読しました。
思春期に差し掛かる手前の孫娘とおばあちゃんとのやりとり、すごく自然で身近に感じられました。
ピーコックグリーンのテーブルと編み物も効果的ですね。
願わくば、おばあちゃんと過ごす時間の終わりがもっと先でありますように。
さらりと編まれているようで丁寧で深い、素敵なお話でした。

15/04/25 冬垣ひなた

そらの珊瑚さま

コメントありがとうございます

ラストは、私が思う以上に琴子が成長したと思います。
今回は「です・ます調」を使わず表現したかったので、
諦めず納得いくものを作れて良かったです。
ピーコックグリーンは、二人の時間の中にいつまでも残るでしょうね。

草藍さま

コメントありがとうございます

自分もおばあちゃん子でした、そのせいか知らないお年寄りによく声をかけられます。
ピーコックグリーンのテーブルセット、あればとてもいいですね。私も好きな色です。
身近な幸せの大切さというものを汲んでいただけて嬉しいです。


光石七さま

コメントありがとうございます

自分は子供がいませんが、仕事柄子供やお年寄りに接する機会が多かったですね。
編み物上手くないので、こういう話書くと気が引けるのですが
頭で考えていたものより、書きあげたものの方がシンプルで、
案するより産むがやすしだなと今回思いました。

15/04/27 滝沢朱音

ピーコックという呼び方、とてもいいですね。
タイトル含め、繰り返し出てくる語感が、色合いのイメージとあいまってとても素敵。
そして、ピーコック色のテーブルとシャンパンゴールドのニットたち。色の対比があざやかで、ハッとしました。
どれも大きめに編まれてあるところに、おばあちゃんの切ない愛情を感じますね…(;_;)

15/04/29 冬垣ひなた

滝沢朱音さま

コメントありがとうございます

ピーコックは近くにそういう名の店があったので、私には元々馴染みのある言葉で、その分親しみが反映していますね。
ピーコックグリーンは差し色ですし、おばあちゃんの編み物はこのテーブルありき、なのだと思います。
こういう話は自分で書きながら泣いてます、涙もろいのです。

志水孝敏さま

コメントありがとうございます

洒落たおばあちゃんは感性豊かなんだろうと思います、こういう風に老いてゆきたいですね。
おばあちゃんなりの哲学が、琴子のこれからの長い人生の一部になっていく。
色々なものを受け止めて、それだけ琴子が成長したということでしょうね。
今回は先にタイトルがあったので、ラストがぴったりはまった時は感慨深かったです。

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