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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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サキュラ・スカートと君の死体

15/03/27 コンテスト(テーマ):第八十回 時空モノガタリ文学賞 【 テーブルの上 】 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1265

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 僕らが十四歳の時。
 十五歳連続殺人事件、と呼ばれる凶事が、僕らの街で起こった。

 冬の夜の廃墟は、数年前に遊び場にしていた時よりも、一段と寂れていた。
 幼馴染のキリエと一緒にここに忍び込むのは、随分と久し振りだった。
 共に片親だった二人は、お互いにだけは、自虐も遠慮もせずにいられた。
 特別、だった。
 廃墟の大振りなテーブルの上に横たわった体を見下ろしながら、僕はナイフを振りかぶる。
 キリエが、目を閉じた。
 そして僕は、眼下の薄く固い胸へ、思い切りナイフを突き刺した。
 テーブルの端には、さっきキリエが脱ぎ捨てた、子供向けの刺繍入りのサキュラ・スカートが乗っていた。



 キリエの父親は、娘を幼い頃から溺愛していた。
 縫いぐるみが、着替人形が、可愛らしい服が、事あるごとにプレゼントされた。
 でも、キリエが中学生になっても変わらぬ幼女趣味で与えられる服や小物は、段々傍目からは異様に映って来ていた。
 キリエが下校後や休日の外出を父親に禁じられたのも、その頃だった。
 ある夜更け、塾からの帰りにキリエの家の前を通ると、二階建ての上階の窓から彼女が呼びかけて来た。
 久し振り、と他愛ない挨拶をした後、キリエが
「私、早く大人になりたい」
と、古びた着替人形を抱いて、寂しく笑った。
 嫌でもなるよ、と言おうとした時、キリエは父親の腕に絡め取られて、部屋の中に消えた。
 すぐに部屋が暗くなった。かすかに彼女の、
「帰って」
という声が聞こえ、それから窓が閉じた。
 気がついた時には、帰途を駆けていた。
 楽観的に考えようとした。でも、希望的観測が現実に叶ったことは、僕の人生にはなかった。
 悲観的な想像をいくつもした。現実はいつも、僕の最悪の予想をより悪く上回った。
 だからきっとあの家では、本当に最悪なことが起こっている。
 自分は今、どんな顔をしているのだろう。
 きっと、酷い顔で泣いている、と思った。



 廃墟の中は、あの夜よりは明るい。
 半年ほど前この街で、十五歳の少女が二人、連続して殺される事件が起きた。
 つい先日、キリエは幽鬼のような顔で、犯人は父親だと僕に告げて来た。
 なぜ分かる、と訊くと、父親自らがキリエに告白したのだと言う。
 ――日々大人に近づく、お前への警告だ。子供でなくなるなら、殺す――と。
 父親は、狂っている。
 キリエは、正常だ。
 異常なものは、キリエの傍から排除しなければならないと思った。
 キリエは、僕に警察へ密告するように懇願して来た。自分には、できないからと。
 彼女の心もまた、確かに父親に囚われていた。
 そして昔はともかく、今の僕は、彼女にとっては部外者なのだと分かった。
 そうして、僕は覚悟を決めた。

 テーブルの上には、僕が絞殺したキリエの父親の死体と、胸にナイフを突き立てられた着替人形が、並んで寝ている。
「子供の君と、父親は死んだ。自由だよ」
 テーブルの傍らに立つキリエに、そう告げた。
「……あなたは、どうするの?」
「塀の中でも、自殺はしないよ」
 僕と父親というくびきから彼女を開放した上で、絶対の孤独を彼女から遠ざけるために、他の方法は思いつかなかった。

 あの夜、家に帰って鏡を見たら、僕は笑っていた。
 僕は、彼女が蹂躙されている様を思い巡らせて、昂り、悦んでいた。
 異常な愛情は、キリエの父親だけが抱いていたのではなかった。
 全ての異常さを、彼女から遠ざけたかった。

「君は、新しい友達を作るんだ。そのためには、異常者の僕は邪魔だ。でもその僕だけが、君がどんな思いをして、どう苦悩したかを知ってる。そんな人間が少なくとも、一人は生きていなければ」
 ――君は、この世で独りになってしまう。
 サキュラを脱いだキリエは、僕が贈った、ややシックなゴアド・スカートを履いている。すらりと伸びた足が、よく映えていた。大人が、近い。
「君は正常なままで生きて行ける人だ。僕らとは違う」
「ふざけないで。……あなたを、許さない」
「僕もさ」
 じきに夜が明ける。
 容赦のない光の下で、異常者が、多勢の正常さの中で淘汰される朝が来る。
「そうよ。こんな結末を、私は確かに望んでた。でも、まともじゃないのよ、なのに、……どうして」
「ごめんね。頭が、おかしくて」
 二つの死体を乗せたテーブルに手をつき、キリエが泣いた。
 正常な涙が、天板を叩く。
 異常な僕は泣かない。
 やがて正しさの名の下に生きる人達が、僕の行為にも、父親の情動にも、分かり易い説明を付けるだろう。
 そして世界は、誰もが頷き易い正常さの夢の中で回り続ける。
 その渦の中心で、異常な僕は無風のまま、君の夢を見る。

 理解などし合えないままに、大切に。
 狂った目で、見つめ続けている。


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このストーリーに関するコメント

15/03/27 メラ

拝読しました。
残酷かつ、どこか淫美な作品。ぐぐっと引き込まれました。
誰が正常か、何が異常か。そこはある意味人としてのテーマだと思います。でも、異常は正常に淘汰される。勝ったものがより正常として、社会に機能する。人間社会の真実ですね。

15/03/27 海見みみみ

クナリさん、拝読させていただきました。
正常と異常を明確にわける差ってなんなのでしょうね。
そんな事を考えてしまいました。
主人公が選んだ選択は確かに異常です。
でもこれほどの純愛はないのではないでしょうか。
読み終わりとても切なくなりました。

15/04/02 クナリ

メラさん>
い、淫美でございますかッ。
我ながら、なんだかぼそぼそした文章だなあ…と思うことの多い拙作ですけども、これは嬉しいお言葉です。
異常と正常の境というのは、設定しようとすること自体が無意味なんじゃないかと思うこともあるんですけど、やっぱりどこかしらにはラインが引いてないと、社会というものは維持出来ないですよね。
自然法、というものいすら準拠できないなら、やはり社会不適合者と呼ばれても仕方ないのですが。
そして自然法以上の準拠枠を設定しようとすれば、権力者か数の権力が必要で。そこには、大、あるいは多の力が存在する…と。
正しさというものの光と陰。悩ましいものです(^^;)。

海見みみみさん>
よく、頭のおかしいというか、ちょっと世間とは相いれないような人物を主人公に据えることがあります。
彼らの立場に立ったものの見方で作中世界を見ていると、正誤で人(あるいはその行動)を規定することの難しさを感じます。
必要以上に正当化したり美化したりしないように、と気を付けながら書いていますが、特に一人称であれば心のありようがそのまま文章になるわけで、あまり否定的にも扱えないと。
じゃあ一人称の文章で心中を語られることのない現実世界の人々は、何を分かり合って、何を正常異常で仕分けるのだろう…と。
創作話は創作話、現実は現実、という絶対的な境界線はあるのですが、話を書きながら色々考えてしまいますね。

15/04/18 滝沢朱音

サキュラ・スカート、ゴアド・スカート。
ファッションに疎い私には、想像力をかき立てられるワードでした。
死体と人形の並ぶテーブルの上。やがて、二つの死体が並んで…
「やがて正しさの名の下に生きる人達が、僕の行為にも、父親の情動にも、分かり易い説明を付けるだろう」
この文章がとても心に残りました。

15/04/19 クナリ

滝沢朱音さん>
「スカート 種類」でぐぐってみたりしますと、ふぁっしょんせんすなど1ミクロンも持ち合わせていないクナリという人であっても目を奪われるような素敵なスカートの群れを眼福にあずかれる昨今、良い時代になったものです。
テレビなどで、「この犯人は要はこういう人なんだと思うよ」「この人がこんなことをしたのは、つまりこういうことなんだよ(無根拠)」と、不可解な心のありようなどを分かりやすくひも解いて下さるパネラーさんには事欠かない現代社会ですが、そのために見えなくなっているものも多いんだろうな、と思います。
加害者の人権をことさらに叫ぶつもりなどはありませんが、不明や誤謬によって、他人が個人を勝手に規定して行くことの怖さも感じてしまうのです。
このような気味の悪い話(^^;)に、コメントありがとうございますです!

15/04/20 光石七

何が正常で何が異常なのか、本当は人間が決めるものではないのかもしれない……なんてことを考えました。
確かに“異常な”事件が起こると、“正常な”人たちが何かと説明を付けたがりますね。
“正常”とは何か、人は皆“正常”で“まとも”であるべきなのか……
考えさせられるし、自分の心を揺さぶられる、そんなお話でした。

15/04/23 クナリ

光石七さん>
ありがとうございます。
普通と以上、まともと変態の境目というのは微妙なところまで突き進んで行くとどんどん曖昧模糊となって行きますが、それでもやはり「いや、価値観の違いとかじゃなくて、あなたの言っていることはおかしいよ」と断じることも時には必要なのでしょう。
『傾聴』というのは素晴らしい概念ですが、フルオープンな態度で接する危険も同時にありますね。
「努力で補える程度に思われている『ちょっと変』」くらいが一番生きづらいのかもしれません…。

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