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汐月夜空さん

切ない話が好きな空想好きです。 なんでもない日常がなんでもある日常に変わる物語を読んだり書いたりするのが特に好きです。 ブログの方でも小説やエッセイ、ネタなどを書いておりますので、よければどうぞ。 twitterの方は私生活も含めて好き放題呟いてますので、汐月夜空のことが気になる方フォローお願いします。 ブログ:http://ameblo.jp/shiotsuki-yozora/ twitter:https://twitter.com/YozoraShiotsuki

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サンセットアイズ

15/03/23 コンテスト(テーマ):第七十八回 時空モノガタリ文学賞 【 嫉妬 】 コメント:2件 汐月夜空 閲覧数:837

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『それを食べるつもり?』
 委縮する。今、自分が禁忌に触れている自覚があった。だから、その咎めの言葉に罪の意識を持つと同時に安堵もした。
 だが、今の言葉はどこから聞こえた。果たして人の言葉だったろうか。暗い夜道で何かの拍子に鳴る草木のような印象を受けた。正体不明で妙に心をざわつかせる。そのくせ、弦を弾くように繊細で艶のある美しい声だった。
『後ろよ』
 辺りを見回していた私に声の主は指摘する。振り返ると三歩ほど先にそれはいた。
 ――それ。背丈は私と同じほどだろうか。地面に届くほど長い絹のような銀髪。その間から覗く精緻な顔。透き通るほど白い肌に、夕日のように澄んだ橙の瞳。ところどころ土に汚れた白いワンピースとは裏腹に、陶器のように傷一つない四肢を垂らす『それ』を私は人として認識することが出来なかった。ここは、どこだ。私が今まで居た世界と本当に同じ世界か。私は今、異世界に居るんじゃないか。それの存在を認めるくらいならば、世界を疑う。それは、それだけ異質な存在だった。
『あなたの食べようとしたもの、それが何かと知っての行為かしら?』
「……ええ。かつて一〇八の実と呼ばれ、今は読みをそのままに永久の実とも呼ばれる、寿命を消す妙薬だと聞いているわ」
 トワの実。ありとあらゆる生命の侵入を拒む罪悪の森の最奥部に生える、生命の樹が結実する命そのもの。それを口にする者は老いを失い、二度と傷を負わない不老不死になる、と私の里では遥か昔から語り継がれていた。
『それを聞いたということは、なぜ食べてはならないかも知っているはずよね?』
「それは、知らないわ。確かに聞いたけど、納得できなかった。どうして永久を望んではいけないの? 私は老いたくない。美しいままでいたい。そうすればあの人は――」
『いつか自分を選んでくれる?』
「――っ」
 言葉を先回りされ、私は思わず口を噤んだ。
『今までたくさんの人がここを訪れ、口々に自分がそれをいかに欲しいかを私に向けて説明したわ。聴きたくもないのにね。永久を望む理由なんて限られてるのでしょうね。あなたと同じ理由を口にした人もこれまでに居たわ。驚くことなんてない』
「……その人は、それを食べたの?」
『――さあ、忘れてしまったわ。ここに来た人の約半数がこれを食べるもの。私の話を聞いてそれでも食べるか、それとも辞めるか。それは相手次第だわ』
 どこか寂しそうな顔をしたそれに対し、私は条件反射でこう言った。
「その話、私にも聞かせて」
 それは額に手を当てて、面倒な様子を隠さずに『いいわ』と答えた。



『昔、この永久の実を食べたある女の話をするわ』
「それって」
『私じゃない。黙って聞いて。その女は結婚して子供も居て、毎日楽しそうに生きてた。だけどね、その女は老いていく自分の容姿に自信がなかったの。昔の自分ならいざ知らず、歳をとった今、周りに居る人間が自分を置いて出て行かないかが心配だった。だから、この実を口にしたの。変わらなく美しい自分なら皆に愛され続けるはずだから、って』
「その結果は?」
『女を置いて出ていく者は一人も居なかった』
「なら」
『だけど、女は自らそこを出ていった』
「……なぜ?」
『なぜかはとても簡単。この実を食べた人間は不老不死になる。肌には傷一つつかないし、日焼けもしない。自然と色素は抜け落ちて、真っ白になる。私のようにね。あなた、私を見てどう思った? 人とは思えない、って思わなかった? 人は美しすぎる存在を人として思えないの。別の存在だって思うのよ。そんな存在と違和感なく人と一緒に居れると思う? 無理ね。どうしたって齟齬が生じるわ』
「……」
『それでもね、女の夫と子供は優しかった。そんな女を見て何も言わなかった。今までと変わらない接し方をした。きっと気付いていたのね。例えその美しさを褒めたとしてもその話題に触れるだけで女を傷つけてしまうって。女はすぐに食べたことを後悔していたから』
「……女はどうなったの?」
『夫を最期まで看取って、今は人気の無いところで一人で居るわ。女は夫の最期が忘れられないそうよ。いつまでも若々しく美しい自分に向かって、夫は何も言わずに穏やかに笑ったんだって。まるで夕日を見るように、女の眩しさに目を細めながら、それでも目を背けずにね。夫は最後まで女の裏切り行為について触れなかった。その優しさがどれだけ女を傷つけるかも知らずにね。女は私に向かって言ったわ。『一瞬だった頃の私は永久を愛していたけれど、永久の私は一瞬に焦がれるばかり。一瞬の私の方が今の私より何万倍も綺麗だった』ってね』 



『――さて、話が長くなったわね。答えを聞くわ。あなたはそれでもこれを食べる?』
「――私は」
 私はそれ、いや、彼女の夕日色の双眸を力強く見据え、自らの答えを口にしたのだった。


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このストーリーに関するコメント

15/03/24 海見みみみ

汐月夜空さん、拝読させていただきました。
トワの実、そんなものがあれば食べてみたくなるのが人間というもの。
でも人は老いや限りがあるからより人間らしく生きられるんですよね。
果たしてこの女はどのような選択をするのか。
それがとても気になります。

15/04/05 汐月夜空

海見みみみさん、コメントありがとうございます。
他人の芝は青い。美しいものは凡庸なものに、凡庸なものは美しいものに嫉妬する。お互い辛いところもあるというのに。
そんな思いから永遠と一瞬をテーマに書きました。
一〇八の実。人の煩悩の数を示すのが、永久という言葉で表せるのが面白かったなあ、というのが書いてての印象でした。
人間らしく生きるのって難しいですよね。

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