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山田猫介さん

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ダイヤモンド

15/03/23 コンテスト(テーマ):第八十回 時空モノガタリ文学賞 【 テーブルの上 】 コメント:1件 山田猫介 閲覧数:813

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「はい」
 ノックに返事をしてドアを開くと、見たこともない若い娘がいるので、私は目を丸くした。娘は口を開いた。
「佐藤太一郎さんですね」
「いいえ、違いますよ」
 私は彼女を観察した。年齢は20歳そこそこ。上品な身なりをし、化粧も派手すぎず、決して嫌な感じではない。私の返事に、娘は表情を曇らせた。
「あら困ったわ。どうしよう…」
「その佐藤さんがどうかしたんですか?」
「私の聞いた住所が古かったんだわ。もうどこかへ引っ越した後なのですね」
「この部屋の以前の住人はそういう名前の人でしたよ。転居先は聞いていないが…。何をお困りなんです? 私でよければお手伝いしましょうか?」
「私の名は江口敏子というのです。祖父の名が江口剛三であると聞けば、驚くでしょう? あの有名な銀行強盗ですもの」
「ああ、あの事件…」
「でも祖父は無実なんです。まったくの濡れ衣なんです」
「白昼堂々と銀行に押し入り、行員を射殺し、大金を奪い逃走した事件ですね。日本中で話題になりました」
「裁判の結果、祖父は死刑判決を受けました」
「まだ死刑は執行されていないのでしょう?」
「祖父は本当に無罪なのです。あの銀行の近くに居住して土地勘があり、同じ型の猟銃を所有し、事件当日のアリバイを証明することができなかったのです。無実の罪なのに、今この瞬間も刑務所の中で、祖父は最期の日を待っているのです」
「お孫さんとしては、なんとしても無実を証明したいでしょう」
「それはあきらめました。今の私は、祖父の死刑執行を一日でも先延ばしにする。ただそれだけを考えています。その助けになる人がこのアパートに住んでいると聞いたのですが…」
 感情が激し、娘の目に涙が浮かんだ。私は同情を感じた。「いいえお嬢さん、この私でも少しはお助けできると思いますよ」
「本当ですか?」
 目を輝かせる娘の表情はとても魅力的だった。私は続けた。「その佐藤さんの売り物が何だったのかは知りませんが、それで死刑が延期されるのはせいぜい半年だったのではありませんか? けちな詐欺かゆすりでしょう?」
「石を投げて交番のガラスを割っただけの軽犯罪ですから、せいぜい数週間の延期だったと思います。でも私はそれでよいのです。祖父の命をそれだけでも永らえるなら」
「私がお手伝いすれば、数年は固いでしょう」
「えっ?」
 机の引き出しを開け、私は品物を取り出した。それをテーブルの上に置いた時、娘は目を丸くした。無理もない。光を受けてきらきらと輝く、人差し指サイズのダイヤなのだ。娘は声を震わせた。
「これは何ですか? 私、こんなに大きなのは見たことがありません」
「6年前、銀座の○○宝石店の金庫が真夜中に破られ、大量のダイヤが煙のように消えた事件をご記憶ですか?」
「ええ、ずいぶんと話題になりました。まだ犯人は捕まっていないのでしたね…。ではあなたが犯人ですか?」
 私はうなずいた。「そのダイヤはその時の物です。一個差し上げてもいいでしょう」
「でも、こんなに高価な物…」
「御祖父様の命に比べれば、なんということはありません。それを警察へ持ってお行きなさい。家の中に隠してあるのを見つけたと言うのです」
「そうしたら、どうなりますの?」
「御祖父様は金庫破りの罪で起訴され、再び裁判が始まるでしょう。地裁、高裁、最高裁と長い裁判になります。早くて5年、もしかしたら15年かかる。その間、御祖父様の死刑執行は停止されるのです」
 ダイヤを大切そうにポケットにしまい、何度も何度も礼を述べ、娘は帰っていった。彼女の背後でドアが閉まった後、『犯罪の売買』について値段を決めなかったことに気がついたが、私はなんとも思わなかった。自分の目で確かめたわけではないが、あの娘がその後何をしたか、簡単に想像がつく。
 しっかりした足取りで、娘はさっさと道を歩いていっただろう。私に見せた涙は乾き、鼻歌を口ずさんだかもしれない。少し先では自動車が待ち構えている。彼女は乗り込む。
「どうだった? うまくいったか?」と車内の上司が質問する。
「はい部長」と彼女は答える。ポケットから取り出し、『ダイヤ』を見せる。二人とも声を立てて笑い、署へ向かって自動車のエンジンをかけるのだ。私服を着ていても、二人とも警察官なのだ。
 その光景を想像し、私は思わず微笑んだ。
「○○宝石店の事件で、警察は手がかりをつかんでいないのさ。犯人は私だと目星をつけたが、証拠がない。そのために一芝居打ちやがった。
 やつらは署に帰って驚くぞ。いま渡したのは、精密だがまがい物のダイヤだ。作戦はほめてやるよ。若い娘相手なら、私が油断すると考えたのだろう。犯罪の売買なんて、おかしなことを思いついたもんだ…」


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このストーリーに関するコメント

15/03/23 海見みみみ

山田猫介さん、拝読させていただきました。
これまた見事なオチですね。
犯人を捕まえるための心理戦。
それがこの二千文字の中で繰り広げられています。
最後は犯人側が一枚上手でしたね。
見事な幕引きでした。

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