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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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しーちゃんと踊る象

15/03/22 コンテスト(テーマ):第五十二回 【 自由投稿スペース 】 コメント:4件 冬垣ひなた 閲覧数:1077

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軽トラ以外の自家用車もまだ珍しかったバブル景気の前、まだ砂利道が多く、田畑にはタンポポと蓮華草が咲き乱れていました。その一方、上向きになりかけた景気は工場をガンガン稼働させ、垂れ流される排水や光化学スモッグがしばしば社会問題となりました。
日暮れまで外で遊ぶ子供の間でもインベーダーゲームやゲームウォッチが流行し、ようやくファミリーコンピューターがお茶の間に登場した時代。
今は昔、そんな昭和の頃のお話です。

病気で入院した担任に代わってやってきた金子澄江先生はとてもおかしな人でした。
授業中の間、ピクリとでも動こうものならものすごく怒鳴られ、どうみても子供に答えられない問題をおしつけて、間違うと教室から放りだされたこともありました。

そんなときも、しーちゃんは教室に残る側の子どもだったから、先生には気に入られていました。

今も放課後に一人だけ残って、「美しいを、美しいという言葉を使わずに表現しなさい」という難しい問題にも、7歳のしーちゃんは真面目に取り組んでいます。

「齢をへたおじいさんのまなじりのしわは、おいしげる松の木の年輪のように濃くつよくきざまれてはいましたが、まぶたの下でともる光はいまだにごってはおらず、若者におとらぬたけだけしさをかもしていました……」

放課後は早く帰って遊びたかったけれど、そんないきさつで友達を裏切ったという意識がしーちゃんの中にありました。
何かおかしい、そう思っていたけれども、しーちゃんには先生にいう事が出来ません。

「風祭君、どうしたの?」

先生が言うので、しーちゃんが顔を上げると、そこには風祭君がいました。
「椎名さんを待っているんです」
算数が苦手なしーちゃんと違い、風祭君はクラスでずば抜けて……いえ学年で一番頭の良い男の子でした。
クラスのトップから風祭君がいなくなることは考えられなかったので、しーちゃんはすらすらと答えを述べる風祭君をみては、いつもほっとしていました。

しかし今日は、先生の目を盗んで手を振る風祭君に、しーちゃんは戸惑ってしまいます。
「母から、椎名さんを送るように言われているんで」
「そう。じゃあ今日はここまでにしましょう」

教室から出ると、夕焼け雲がたなびいて、窓ガラスにきらきらと光っているのが見えます。
しーちゃんが目を輝かせていると、風祭君も目を細めて言いました。
「教室にいたら、せっかくの美しいものが見えない」
「でも……」
「さあ、帰ろうか」
約束通り、風祭君はしーちゃんを家まで送ってくれました。
風祭君はスカートめくりに熱心なガキ大将と違って、ジェントルマンな男の子でしたから、しーちゃんも安心して歩く事が出来ました。
夕焼け空の下、帰ってゆく風祭君の黒いランドセルが遠ざかってゆきます。
しーちゃんはそれが見えなくなるまで手を振りました。

だけど、先生の要求は日に日にエスカレートしていきました。
一人、また一人と、質問レースから脱落し、ついには先生の問題に答えられるのはしーちゃんと風祭君だけになりました。
早くに競争からはずれた友達は、自分たちのことをお構いなしに、この変てこなレースの行方を面白がっています。

その先生はしーちゃんに算数の問題は出していませんでした。友達は気付いてないけれど、ななめ前の席の風祭君は知っているように思います。
すごくずるをしている気分で、しーちゃんは早く楽になりたかったけれど、怒られるのも嫌でした。
そんな感じでしたが、風祭君はいっこうに気にしていない様子で、今日も朝から酢で卵の殻を溶かす実験をしています。
3、4日しないと出来ないらしく、教室が臭いです。
許可を出した先生も後悔したと思いますが、出来上がったぶよぶよ殻なし卵を見て、クラス中で大流行したときはもっと後悔したことでしょう。

そんな時でした。
風祭君が、一通の手紙を先生に差し出しました。
次の国語の時間、先生は「考える時間」にしますと言って、机を並べ変えて会議にしました。

「今みなさんが勉強している『かわいそうなぞう』について、風祭君のお母様から、ご意見がありました」

クラスの中がざわつきます。
『かわいそうなぞう』というのは、第二次世界大戦中の上野動物園で、毒入りの餌を拒み餓死した象たちの実話をもとにしたお話です。
「お手紙をそのまま読ませていただきます」
先生はものすごく緊張しているようにみえました。

「私は、この『かわいそうなぞう』という話をあまりこころよく思いません。子供に読ませる題材としては不適切であるように感じます」


ざわついた教室の空気が凍りつきます。
風祭君のお母さんは、先生どころか、神様のように偉い教科書をぶった切り始めました。

「象が毒入りの餌を食べず、空腹に耐えて芸をするというのは彼らの誇りのなせる業であります。ただかわいそうと憐憫を感じているのは人間の側であり、それは自己正当化ではないかと……。ああ、憐憫というのはですね……」

先生が汗をかきながら、黒板に一字一字、難しい字を書いてたどたどしく説明してゆく。
友達はちんぷんかんぷんなようだったが、しーちゃんは風祭君のお母さんの話を手に汗握りしめながら聞いていました。

「椎名さん」
休憩時間にしーちゃんを呼んだのは風祭君でした。
「僕の母さんの言う事、分かる?」
「ものすごく象が好きなんだね。風祭君のお母さんは」
風祭君はちょっと笑っています。

「でも、象がかわいそうなのは間違ってないとおもう。飼育員さんだって死なせたくなかったのに。風祭君は、猛獣が暴れるからという理由で、暴れる前に殺して良いと思う?イエスにしろノーにしろ、そこにためらいのない人たちが戦争を起こすんじゃないかなあ」

「想像力はしばしばプロパガンダに利用される」
プロパガンダという言葉は、思想や世論を誘導する宣伝の意味だと、この前風祭君から教わりました。
「この物語では殺処分が軍の命令でやったことになっているけれど、本当に命令したのは当時の東京都長官なんだよ。しかもこの人物は戦後、文部大臣になっている」」
風祭君はトレードマークの黒縁眼鏡の真ん中に指を当て、鼻から落ちるのを持ちあげました。

しーちゃんはしばらく考えてから言いました。
「事実を変えたのは、単純に物語としておさまりがいいという理由かもしれないし、上からの圧力があったのかもしれないし、逆に圧力をかける気だったのかもしれない。これが、風祭君のお母さんが不適切だって言った本当の理由?」
「みんなには内緒だよ、子供には子供の時間が必要だから」
風祭君はいつものように、唇に指を当てました。

「椎名さんは、かわいそうなぞうはかわいそうだって、みんなに堂々と言いなよ。大人が何やかんやわめいたって、君の言葉が一番みんなに届くんだからさ」
話が終わると、風祭君はくたびれたように大きく伸びをしました。

しーちゃんはみんなと一緒に象の話をしました。
授業中ではありません、みんなと自由に話しました。
算数のように答えは出ませんでしたが、手を合わせて象の冥福を祈ります。
失われた象の命はもう戻っては来ないけれど、感じたものを忘れない限り、象はしーちゃんたちのそばにいて、いつまでも心臓をコトコト鳴らし続ける事でしょう。

そうして風祭君のお母さんのおかげで、金子先生は無茶な問題を出さなくなりました。
誰も教室の外に追い出されなくなり、しーちゃんもほっとしました。

そして放課後、図書室の先生に聞きました。担任の紺野愛先生は来週から学校に帰ってくるそうです。
すその長いスカートをひらひらとひるがえしながら、スキップしそうになる足をこらえて、しーちゃんは駆けだしました。
「風祭君っ!紺野先生が帰ってくるんだって」
息を弾ませたしーちゃんが来ると、運動場でクラスの男子と野球をしていた風祭君は嬉しそうに手を振りました。
先生の事か、椎名の事か、嬉しいのはどっちなんだよっ!
みんなはとても茶化したかったのですが、風祭君に何かの実験台にされそうで、怖くて誰も言えません。

そんなこんなでいつものように、今日も輝きながら美しい日が暮れてゆくのでした。


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このストーリーに関するコメント

15/03/23 海見みみみ

冬垣ひなたさん、拝読させていただきました。
かわいそうな象の話の真実は初めて聞きました。
まさかそんな事情が隠れていたとは。
かわいそうな象が物語の象徴のように扱われ、とても印象的でした。
風祭君の聡明さには驚きです。
上手く言葉では説明できないのですが、とても心に残る作品でした。

15/03/27 冬垣ひなた

海見みみみさま

コメントありがとうございます。

ちょっと前に書いた作品ですが、テーマ『通学路』にもこの二人登場しますので、先にアップしてみました。
踊る象のように、聡明な人の未来はほの暗い……テイストとしてはそういう部分もありますね。
自らの力量不足を感じる題材だったので、心に残ったと言っていただけるならとても嬉しいです。
日常の謎を解決するのがコンセプトなので、次回からは軽めのお話になると思います。

15/04/04 冬垣ひなた

志水孝敏さま

コメントありがとうございます。

力が入っているのは、自身の体験をベースにしているからかもしれません。
お母さんの手紙は、実際はもっと長くて難しかったです……。
まだ着地点考えていないので、風祭君もどのように成長してゆくのか、私も気になります。
冬垣は繊細な描写や恋愛ものが不得手なので、二人のそういう部分を汲みとっていただけたのは嬉しいです。
苦手を克服すべく自由投稿していきたいので、このシリーズも頑張って続けたいです。

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