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松山椋さん

地獄からやってきた文学青年です。結局名前元に戻しました。

性別 男性
将来の夢 涙を流さないようにする
座右の銘 お前の背中はまるででたらめやぞ

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世界が終わる夜に

15/03/15 コンテスト(テーマ):第五十二回 【 自由投稿スペース 】 コメント:6件 松山椋 閲覧数:7412

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目が覚めると死にたかった。
生島次郎31歳。別に今の生活に不満があるわけではない。決まった時間に起きて、新聞を読み、嫁である渚が作ってくれた朝ごはんを食べて、銀行に出勤する。午前中に事務仕事を済ませて午後は上司と外回り、夕方戻ってきて日報を書く。定時には帰ってきてまた渚が作ってくれた夕食を食べてたわいのない話をする。風呂に入る。一緒に並んで眠る。
大学を出て銀行に就職し、同じ職場で受付担当の同期入社の滝井渚と言葉を交わすうちに親しくなりいつしか付き合うようになって、ある朝ふと思い立って読みかけの文庫本に摘んできたしろつめくさを編んだ指輪をはさんで渚に渡し、なんとなくプロポーズして、渚がいいよ、と言い、職場でもこういう事なので寿退社しますと事情を話し渚はその日に仕事を辞め、式も挙げず新婚旅行も熱海で温泉に入っただけで済ませ、僕と渚は一緒に住むようになった。26歳の時だった。それから5年間、会社と家を往復するだけの暮らしが続いたが、別に不満は感じなかった。感情は日増しに鑢にかけられ、心のからっぽな広場に残ったのは渚一人だった。何度も言うが別に不満は感じなかった。ただ、今日この日だけは違った。目が覚めると死にたかった。今日で世界は終わってしまうのだ。
隣で静かに寝息を立てている渚が目を覚ますのを新聞を読みながら待ち、やがていつもの8時に渚が目を覚ますとそのことを伝えてみた。眠い目をこすりながら渚は、
「うん、いいよ。」
と気の抜けた返事をした。

それから我々は家の中をきれいに掃除した。居間の掃除機掛け雑巾拭き台所のシンク磨き風呂のカビ取りトイレ磨き、換気扇を外してごしごしこすり雨戸を外してホースの水をかけまでした。2時間も続けると家の中は越してきたときのようにきれいになった。我々は満足して、死ぬために必要な荷物をまとめて風呂敷の中に包みこれは僕が背負って、寝室に敷きっぱなしの布団を一か所にまとめてそこに去年のストーブの残りの灯油を振りかけ、マッチを擦って火をつけ、布団が青白い炎をあげやがて天井に達するのを見届けてから住み慣れた家を出た。

そして、人を殺した。とりあえず駅前まで出て喫茶店でコーヒーを飲んで一息入れ、電車で2駅の新興住宅地に住む僕の上司の家を訪ねた。上司は43歳で、東京の大学を出てすぐ銀行に入った。勤続12年目に部長に抜擢され、後から入ってきた僕の直属の上司になった。何もわからなかった僕にやさしく仕事を教えてくれ、外回りにもついてきて、僕がミスをしたら一緒にお客さんに謝ってくれた。上司にとって何もかも順風満帆に進んでいたが、今年の初めに病気がちだった妻についに先立たれた。半年前に産まれたばかりの娘と二人ぼっちになった。葬式をする1週間だけ仕事を休み、後は気丈にも毎日出てきて働きづめに働くようになった。気は優しくて仕事はできる、鑑のような上司だった。でも、そういえば以前、「生島くんは優しすぎるね。」と言われたことがあった。僕はとりあえずその発言を心から憎むようにした。何度も心の中で言われた言葉を反芻しながら、僕は上司の家の呼び鈴を押した。休みだから昼まで寝ていた上司がパジャマのままで眠そうな顔をして出てくる。「簿記を教えてくれませんか。」とっさに僕の口から嘘が出た。僕と渚は家に上がった。
我々は隅に置かれたベビーベッドで赤ん坊が眠っている茶の間に通され、ちょっと待っててね、と上司は寝室に引っこみ、しばらく待っているとサーモンピンクのポロシャツとチノパンに着替えた上司がジュースとショートケーキ二人前持って出てきた。ちゃぶ台の前に胡坐をかき、で、どこがわからないんだ?と持ってきたテキストを覗き込みながら目を細めた。僕は立ち上がり、不審そうな顔をしている上司におどりかかった。首を思い切り締めた。上司ははじめ驚いた顔をして、少し困った顔をした。口をパクパクさせて僕の顔の前で手をこすり合わせる。何を言ってるのか顔を近づけて聞いてみると、「子供だけは助けてやってくれ。」。次第に顔から血の気が引き、首がガクッと垂れ、上司は動かなくなった。
その瞬間寝ていた赤ん坊が火のついたように泣き始めた。僕と渚は初めてうろたえた。父親が死んだのがわかったのか。一人ぼっちになったのがわかったのか。いや、お腹がすいたのだろうか、トイレだろうか、それとも寂しいのだろうか。渚が赤ん坊を抱き上げ、ねんねんころりよころりよ、と子守唄を歌った。泣き止まない。おむつが濡れているのかと思い脱がせてみた。そうではない。僕があわててベビーベッドの上に括りつけられたガラガラに頭をぶつけてしまい音が鳴った。赤ん坊は目を丸くして泣き止んだ。なんだ、遊びたかったのか。僕はガラガラを回してやった。赤ん坊はキャッキャッとはしゃぎ、足をつっぱって喜んだ。僕たちも笑顔でその姿を見ていた。そしてしばらく遊んでいたかと思うとふと静かになり寝息を立て始めた。赤ん坊の気持ちは思ったより変わりやすいようだ。僕と渚はうなずいて、台所へ行き流し場から包丁を引き抜いて戻ってきて、一つ深呼吸をしてから、天国に行くんだぞ天国に行くんだぞ、とつぶやいて、包丁を赤ん坊の喉元にあてがった。

上司の家を出ると僕たちは電車に乗った。電車の中で我々は手をつなぎ、一言も言葉を発しなかった。幸せだった。

目的地の郊外の小高い丘に到着すると世界は死にかけていた。ここから見える景色すべて今夜には炎に包まれるのだ。かかる星はすべて光を失い月は逆に回りやがて自転をやめ、太陽は二度と登らない。世界は終わるのだ。
我々は持ってきていた包みをほどいた。中には大きな炊飯器が一つとタッパー、そして縄が2本入っていた。今朝掃除をしながらご飯を炊いたのだ。最後の晩餐だ。一緒に最後に食べるものを持ってきた。我々はまだ切り口が新しい切り株をテーブル代わりにして上に炊飯器を置き、タッパーを開けた。タッパーには二人の生まれた故郷のごはんのおかずが入っていた。僕は京都出身だからちりめんじゃこを、渚は岐阜生まれだからほうばみそを。手づかみでご飯を食べながら我々はたわいもない話をした。

嬉しかったこと。
悲しかったこと。
寂しかったこと。
泣いちゃったこと。
親に叱られたこと。
先生に言われたこと。
子供の時のあだ名。
受験の時の思い出。
学生時代やった一番クズなこと。
二人が出会った時のこと。
初めて行ったデート。
初めて家に泊まった時のこと。
結婚した時のこと。
旅行に行った時のこと。
ここ最近楽しかったこと。
今朝読んだ新聞の話。
今やってるはずのテレビ番組のこと。

二人でたわいもない話をしているとあたりは真っ暗になっていた。それに気づいて一瞬沈黙した後、我々は叩き合って笑った。涙が出るほど笑った。ひいひい言いながら二人で抱き合って転げまわって、笑いやんだところでキスをした。むしょうにしたくなったからした。今まで味わったことのないような味がして、とても気持ち良くて、永遠に続きそうで、事実二人の唇はくっついてしまっていただろう。2分ほど経過し、からめた唇を離して、あることに気が付いた。
僕は妊娠していた。
渚も同じことを考えていただろう。僕の体に胎児が宿った。昼間殺した赤ん坊を思い出した。渚も同じことを考えていたらしい。我々は口をそろえて、思い出したように、お父さん、お母さん、とつぶやいた。

 街を一望できるひときわ高台になっているところに生えている名前のわからない木の太い枝に2本ロープを括り付けた。ロープの間隔は30センチほどにした。こうすれば死んでからも手をつないでいられる。作業が終わると我々は手をつないで木の幹を背もたれにして座り、煙草をふかした。僕は2年前に、渚は10年以上前に禁煙していた。久しぶりに吸った煙草に手先がしびれ、目がちかちかして、少し気持ちよかった。
煙草を吸い終わるとどちらが言い出すともなく我々はそれぞれ大きな石を踏み台にしてロープに首を通した。ネオンが輝き真夏の熱気が逃げ場を失い夢魔のようなかげろうが立ち上る街の風景が見えた。僕は目を閉じた。

なんで僕は死ななきゃいけないんだろう。
生活が苦しかったからだろうか。
うつ病だったのだろうか。
嫌なことがあったのだろうか。
生まれ育ちに問題があったのだろうか。
学生時代が楽しすぎたのだろうか。
職場にストレスがあったのだろうか。
上司のせいだろうか。
食べるものが合わなかったのだろうか。
楽しみがなかったからだろうか。
二人の仲が悪くなったのだろうか。
何かの病気だったのだろうか。
それとも、今日人を殺したせいだろうか。

全部違う。

もう、こんなに好きな人には出会えないから。

僕は思い切り石を蹴った。全体重がロープにかかり、僕は宙づりになった。頭の血管がすべて膨張したようになりこめかみで何かがはじけた。瞼の裏の血管が破れ血が流れ視界が曇った。その真っ赤な視界の中で、世界は確かに炎を上げて燃えているように見えた。


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このストーリーに関するコメント

15/03/15 松山椋

自由投稿スペースには暴力表現の規制の文言が書かれていなかったため、このような表現を使わせていただきました。
もし規約に抵触するようであれば、申し訳ありませんが運営様、削除をお願いします。

松山 椋

15/03/15 海見みみみ

松山 椋さん、拝読させていただきました。
とても不条理なお話ですね。
でもそう見えて根底のオチとも言える部分は純愛。
果たして本当に世界は滅びたのか。
それともただ主人公の狂気による幻想だったのか。
そんな主人公に従う渚の従順さにも狂気を感じます。
不条理と狂気、それに純愛が混ざったなんとも読み手を選ぶ作品でした。

15/03/15 レイチェル・ハジェンズ

普通に生きた、狂った人間のお話ですね。
俺にはそう思えました。
最後、ちょっとどんでん返しを期待してたんですよね。魔法みたいな文があって、二度読みたくなるような、ウキウキした。
二人は誰も想像しなかったハッピーエンドになってほしかったなと素直な気持ちです。

15/03/23 松山椋

海見みみみさま
大変返信が遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした。せっかく読んでいただいたのに、失礼なことをしてしまいました。
実はこれが初めて真面目に書いた小説なんです。出来は・・・残念なものになってしまいました。以後磨きをかけていく所存ですので、どうかこれからもよろしくお願いします!

15/03/23 松山椋

レイチェル・ハジェンズさま
大変返信が遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした。すぐに返信が返せず、本当に申し訳ありませんでした。
実は僕もハッピーエンドにしたかったんです。しかし力量が足らず、このような結果になってしまいました。これから研究を重ね、みんなが幸せになれるような小説を書く所存ですので、どうかこれからもよろしくお願いします!

15/03/25 ナポレオン

拝読いたしました。
暴力的で狂気を感じながらもどこか美しい描写が印象的でした。
このサイトはこういった作風の作者は少ないので松山さんの作品はとても新鮮な感じがします。これからもがんばってください。
……そういえば出没地変わったんですか(笑)?

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