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11doorsさん

のんびりした田舎に引っ越してきました。温かな人たちとのゆったりした会話や日常は、ほんとうに宝物です。そんななか、小説という異質な空間の中で、読む人に、ちょっとでも喜んでもらえる作品が一つでもかけたなら、幸いに思います。

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「数学の日」の友情

15/03/15 コンテスト(テーマ):第五十一回 【 自由投稿スペース 】 コメント:2件 11doors 閲覧数:898

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3月14日は「数学の日」だそうですね。たしかに、パッとみただけで円周率の“3.14”にちなんだ日だと分かります。でも、そんな記念日があると、僕が知ったのは社会人になってからでした。

その3月14日で思い出すのが、僕と中学校まで同じだった同級生の杉浦基之君です。彼は全科目でオール5。誰もが認める優等生で、特に数学が得意でした。

本人はほとんど自慢しない男でしたから、直接聞いたことはありませんが、噂に聞くところでは、中学生なのに、大学生が解くような問題もサラサラ解いていたそうです。いつの頃だったか、彼は将来大学院まで行って、数学者として生きたい、そんな夢を話してくれたことがあります。

でも、そんな彼の夢を、僕のひと言が、ぶちこわしてしまいました。


その年、中学で円周率をテーマにした授業が行われたのは、たまたま3月14日でした。僕は数学の授業中、先生が「3.14」と黒板に書いたとき、ふと、その日が杉浦君の誕生日であることを思い出したのです。

「おい、杉浦、たしか今日、おまえの誕生日じゃないか? やっぱり、おまえ、数学をやるために生まれてきたような男だよ! こりゃあ、宿命だな!」

僕は授業の真っ最中にも関わらず、大きな声で、隣の席に座る杉浦君に話しかけたのです。

そうしたら、教壇に立つ先生も、クラスの生徒全員も、総立ちで「杉浦君、おめでとう!」と、彼に向けて満面の笑みと共に、大きな拍手をおくったのです。

普段、彼はクールで、どちらかと言えばぶっきら棒な物言いをする男でしたが、真っ赤な顔をして、みんなにお礼のお辞儀を繰り返したんです。彼にとっては、その出来事は、ものすごいインパクトとして残ったようです。授業が終わっても、うれし涙が止まらず、次の授業中になっても盛んにハンカチで涙をぬぐっていたのですから。

ずっと、あとで知りましたが、彼はその日から人生の行路を変えたそうです。

人の幸せを、祝い、祝われる喜びに比べれば、数学の難解な数式を解くことなど、人生にどれほどの価値があるのだろうかと思ったそうです。その彼が、次に目指した人生の目標は、レストランの経営でした。

たまにファミレスなんかで、従業員さんたちが、ちょっとしたギフトを贈りながら「ハッピ・バースディ・ツゥ・ユー」と歌を歌って、誕生日をお祝いしてあげる、あれを大々的に、思う存分やってあげようと考えたのです。進路は、大学・大学院ではなく、調理専門学校に変わり、卒業後は国内だけでなく、フランスやイタリア、スペインにも修行しに行ったそうです。

そして今、彼は生涯の伴侶と共に、3人の子宝を授かり、自分のレストランを経営しています。利益が出れば、できるだけ従業員たちに、その分をボーナスとして支給し、必要以上のお金を残そうとしません。

そんな彼の店では、彼の創業精神に則り、来店されるお客さまの誕生日や結婚記念日、入学式や卒業式、会社の創立記念日、還暦の祝いをはじめ、いろいろな祝賀を祝う企画に余念がないそうです。彼の家では、毎日の夕食時、明日はどんな手法と企画で、お客さまをお祝いしようかと、夫婦で、親子で楽しみながらディスカッションしているそうです。

そんな彼が、僕の前にいます。そう、3月15日。確定申告の締切日です。

僕がこちらの税務署に移動してからは、毎年、彼はうれしそうに申告書の入った封筒を手に、僕が受け持つ列を探して並んできます。もちろん、3月15日が土日祝日ならムリですが、彼は可能な限り、一番混雑するこの日に、あえてやってきます。

なぜか?

実は、3月15日が僕の誕生日だからです。彼は税務署員の私に「誕生日おめでとう」と言うためだけに、わざわざやってくるのです。しかも、今年は昨年より多く納税できるので、嬉しいですよ!と満面の笑顔で言ってくれるのです。

そうです、彼のお店は、年を追う度、売上も、利益も上がっています。それは税務調査員の私が、実際に帳簿を見てますから間違いありません。

諺には『人を呪わば穴二つ』というのがあります。おそらく、人の不幸を喜ぶような輩は、自らもその呪縛に落ちるという意味なんだと思います。でも、杉浦君の生き方はその真逆です。

彼の場合は『人を祝わば福二つ』、いや、もしかしたら、3倍、4倍、5倍の福になって還ってきています。やっぱり、妙な小細工で脱税しようなんて思わずに、正直に生きた方が、最終的には、一番お徳な人生を送れると思うんですけどね。

『正直者はバカを見ない』

それが真理だと思うのですが、皆様はいかがお考えでしょうか?

そういえば、何年か前の同窓会で、彼が数学者として大成していたなら、それこそ人類の発展に寄与したのではないかと詫びたことがあります。僕がそんな話をすると、彼は大げさに笑って許してくれました。

彼は、かつて、円周率を何百桁以上も覚えた人をテレビで見たそうです。そして、その人が数字を空んじる姿を、自分に置き換えてみたとき、自分は円周率のような無機質で割り切れない世界を、いつまでも追いかけて生きるのはゴメンだなと、つくづく思ったそうです。

「君のおかげで、早めにあきらめがつけられてよかったよ」

といわれたときには、正直、ホッとしたものです。円周率は「3」じゃ使い物にならないけど、「3.14」くらいが、ちょうどいいなどと、数字を肴に、3月14日生まれと3月15日生まれが、朝まで酒を酌み交わしました。

円周率も、人生も、それから飲むお酒も、ほどほどにすべきだと、翌日杉浦君も僕も思い知らされることにはなりましたが…



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このストーリーに関するコメント

15/03/15 海見みみみ

さいのめさん、拝読させていただきました。
人を祝わば福二つ、いい言葉ですね。
とても幸せな気持ちになれる作品でした。
最後のオチも微笑ましいですね。
私自身は数学があまり得意ではないのですが、数学の日は良いものだなと思えました。

15/03/16 11doors

海見みみみさま
>人を祝わば福二つ、いい言葉ですね。
>とても幸せな気持ちになれる作品でした。
ありがとうございます。楽しんでいただけて何よりです。
でも、『人を祝わば福二つ』は、本当だと思います。
『笑う門には福来る』と似たような話かも知れませんが(笑)

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