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箱庭舞台

15/03/10 コンテスト(テーマ):第七十七回 時空モノガタリ文学賞 【 渋谷 】 コメント:6件 四島トイ 閲覧数:1817

時空モノガタリからの選評

渋谷を舞台とした演劇を皆が演じているというアイデアがとても面白いと思いました。渋谷のような都会へ出てくる動機として「誰も自分を知らない、赤の他人だけの世界に行きたくて」というのは普遍的なものではないかと思います。それなのに実は全員が舞台の出演者であるというのは、とても奇妙でなんだか怖いです。しかし、人生とは全て演劇のようなものなのかもしれませんね。ラストシーンで、交差点の人々の視線が「僕」をぐるり囲むシーンが映像として目に浮かぶようで、不思議な違和感を感じました。

時空モノガタリK

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 人混みの向こうに戸柿氏の小さな背中が見え隠れする。
 おかっぱ頭で髪が跳ねる。短いながらも残像を錯覚させる早足。ダブルのウエストコートが加速機能を備えた高機能装備のように見える。
 途切れ途切れに甲高い声が耳に届く。
「エキストラだからと甘くみたのか」
 そんなことありません、と喘ぐように雑踏を掻き分ける。
 冬の平日。午後の日差しが視界を白く霞め、原色のチラつく街に薄い膜がかかる。ケースの中のプラモデルの街に音と臭いを着けたような違和感がある。ハチ公改札口を出ると人波にさらわれる。誰も僕など見ていない。人間の嵐だ。喧騒、喧騒、喧騒だ。
「うちの劇団から採用通知を受けたのはいつだ」
 舞台監督を名乗る小男の早口が数歩先を行く。
「一ヶ月前です」
「君がこの街に来たのは?」
「昨日です」
 信じられん、と戸柿氏は油の切れた蝶番のような声を上げた。
「それは、その」
「田舎学生がこの街に慣れるには時間がかかる。この街に住んだ経験は?」
「ありません。でも」
「演劇人たる覚悟はあるのか。これからの君にとって演じることは生活の一部だ。いや全てだ。非日常はない。全てが台本の中の日常だ。自覚しているか」
「わかっています。ですから」
「ましてや君は一ヶ月前まで高校生だ。未成年者に配慮するほど余裕はうちに無い」
「……ご心配には及びません」
「結構なことだな」
 昔の私よりはマシなことを願うよ、という言葉に顔を上げる。戸柿氏は振り返らなかった。
 緑色の電車を横目に見た。実家近くの公園に置かれた機関車が思い浮かんで頭を振る。
 車両の周囲にはたむろする待ちぼうけの群。何人も待ち呆けるなど、地元なら整形外科医院か健康用品販売所の前でもなければ拝めない光景だ。とはいえ老若男女のバランスが違いすぎる。
 テレビでしか見たことのなかった交差点に面して信号機の色が変わるのを待つ。道の向こう側に、地元にもあるレンタルビデオ店の看板が見えるが、精巧な贋物に感じられる。
 街頭演説やドラッグストア前の売り子の声、漏れ聞こえる音楽。喧騒、喧騒、喧騒だ。夏の田んぼの真ん中で蛙の声を聞いているようだ。
 そんな妄想を蹴破るようにトーンの高い声がした。
「履歴書を読んだ。演劇経験は無いそうだな」
「は、はい」
「実技試験で採用担当が褒めていた」
「ありが」
「存在感が限りなく薄いと。エキストラの申し子だそうだ」
「はあ……」
「君の役名は只野歩だ」
「タダノアユム」
「三七七番目の通行人ということになる。近くの大学で国文学を専攻する猫背の学生だが既に単位の半分を落としている、という設定だ。週末から出てもらう。今週中に死ぬ気で役を叩き込め」
「……叩き込むんですか。それを」
 肩の力がすとんと抜ける。
 瞬間、戸柿氏の鋭い視線が僕を貫いた。
「うちは大所帯だ。が、各人が舞台を支えているという意識は常に持て。自惚れろ。この街の象徴だと。観客は目に見えぬものと思え。全身全霊で演じろ」
 低い声でそう告げると、彼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「どうしてうちの劇団に応募した」
「雑誌で見て。『渋谷で演劇』っていうフレーズに惹かれて」
「惹かれたのは演劇よりも渋谷のほうか」
 瞬時に言い訳が喉の奥を駆け上がるが、口から先には零れなかった。喧騒が耳をつく。
「……はい」
「地元が嫌いか」
 はい、と応じると、家出するほどか、と問われ体が強張った。わずかな逡巡の後、はい、と言葉が零れた。
 ふうっと不機嫌そうなため息が聞こえた。私は田舎が嫌いだ、と言葉が続いた。
「個人情報は筒抜け。人間関係を鬱陶しく思うくせに、繋がり続けることが正しいと思って疑わない。その全部が退屈で平凡で、吐き気がした。誰も自分を知らない、赤の他人だけの世界に行きたくてたまらなかった」
「そうです……っそうなんです」
 その象徴のような交差点に自分は来たのだと不意に実感する。戸柿氏の小さな背中が、頼りになる先人のそれとして急に眩しく見えた。
 信号機の色が変わる。
 一歩目を踏み出す。
 戸柿氏がスタスタと先を行く。くるりと振り返る。その口元に不敵さが滲む。
「で、この街は違うと思ったのか。すれ違うのは全て赤の他人ばかりなり、とでも」
 スクランブル交差点の中ほどで戸柿氏は掌を肩の高さまで挙げた。
 二拍。
 そして間を置いて一拍。
 小さいながらも分厚い掌が音高く打ち鳴らされた。
 注目、という鋭い声がビルの合間に反響する。
 ザッという音と共に交差点の波が静止する。
 喧騒が消える。
 凪いだ湖面のような視線がぐるりと僕らを取り囲んだ。
 老若男女の瞳が地平線の果てまで続いているようだ。
 新人を紹介する、と戸柿氏が声を張る。
「挨拶したまえ」
 そう囁かれた気がした。
 言葉はひとつも出なかった。


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このストーリーに関するコメント

15/03/10 海見みみみ

拝読させていただきました。
これはまた驚愕のオチですね。
でも渋谷ならありえるかも……とふと思ってしまいました。
主人公にとっては不満かもしれませんが、一つでも才能があることは良いことです。
私にはそれが羨ましく感じられました。

15/03/10 南野モリコ

拝読致しました。

渋谷という街そのものが作られた仮想現実ということですね。
「つながる」という言葉で安心して
自分を見失っている現代人。
渋谷に行きかう人すべてが都会人を演じている劇団。

最後のネタばらしに、鳥肌が立ちました。

15/03/11 四島トイ

>海見みみみさん
感想をくださりありがとうございます!
拙い描写で内容が伝わるか不安でしたが、オチをオチだと察してくださったおかげでホッとしました。主人公もそうですが、才能にも時と場所に左右されるものがあるかと思います。
海見みみみさんがこちらのサイトで意欲的な読書姿勢を発揮されていることには本当に頭が下がります。私も倣いたいです。このたびはありがとうございました。


>ミナミノモリコさん
読んでくださってありがとうございます!
技術が足らず、どうしても取ってつけたような話運びになってしまいました。ですが、その背景を汲み取って余りあるコメントをいただけて、どこかすっきりと視界が開けた気分です。読後の感覚を言葉として消化できるミナミノモリコさんの視点があってこそと思います。
力足らずな作品ではありますが、感想をいただけてとても嬉しいです。本当にありがとうございました。

15/03/12 光石七

拝読しました。
密着するほど人との距離が近いのに、赤の他人。皆いかにも都会人という感じで歩いているけれども、ほとんどは地方出身者。渋谷のそういう面を面白おかしく描かれているように感じました。
戸柿氏のいかにもプロらしい厳しい言葉がいいですね。
高校時代演劇部でしたが、私は彼の指導についていけそうにありません(苦笑)
でも、社会人になると人はなにかしら演じているもの。いろいろ考えさせられます。
面白かったです。

15/03/13 そらの珊瑚

四島トイさん、拝読しました。

実は私も渋谷のスクランブル交差点で渡る人全員がフラッシュモブする人であったらという設定を
考えてましたので(かけませんでしたが)このラストシーンであっ! と思いました。
説得力もあり、なんだかものすごく鮮やかでした。

15/03/14 四島トイ

>光石七さん
読んでくださってありがとうございます。いつも本当にありがたいです……。ご自身なりの捉え方をシンプルに言葉にしてくださる光石七さんのコメントはとても参考になります。
演劇部経験をお持ちとは羨ましい限りです。表現者たらんとする姿勢が良い刺激になってこそ素敵な作品に繋がってらっしゃることと思います。
今回は本当にありがとうございました!


>そらの珊瑚さん
読んでくださった上にコメントまで! 感謝しきりです。
同じ題材ですか! 確かに思いつきやすい話でしたね。スクランブル交差点にはドラマ性を感じずにはいられません。地方人たる私の感性の限界だとは思いたくありませんが……
とはいえ、鮮やかと評していただけたこととても嬉しいです。もっと独創性を力強く持った作品が書けるよう頑張ります。
このたびはありがとうございました!

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