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橘瞬華さん

徒然なるままに。

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火星の女と地球の女

15/03/01 コンテスト(テーマ):第七十七回 時空モノガタリ文学賞 【 渋谷 】 コメント:2件 橘瞬華 閲覧数:1051

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「先輩格好いい!」
「本当!先輩が男の人だったらいいのになぁ」
 窓際で誰かがそんな話をしているのが聞こえる。私も彼女達の頭越しに窓の外へちら、と目を遣る。陸上部だろうか、短髪の女子生徒が走り込みをしていた。凹凸のない身体。しなやかな手足。その姿はまるで少年のよう。
 ふと私の存在に彼女達が気付く。まるで何も見ていなかったかのように私は歩き出す。この学校の女生徒のほとんどは、私を空気のように扱う。とは言え女子高なので私に話しかける人間は皆無に近いのだが。そして少し近寄れば不躾な目で見ないでよ、と視線で射る。
「やだ、男女に見られた」
「何なのよ、男女のくせに」
 どっちが不躾なんだか。男女。それが私の呼び名。大体、男女と格好いいの違いって、何よ。心の中でそう呟く。髪が短く、男のように振る舞う彼女達は女子校の中の羨望の的だ。髪さえ短ければ私も彼女達の仲間に入れたのだろうか。それでも切る気が起きないのはこの本のせいかもしれない。
 少女地獄。夢野久作の短編集。その中の一編、火星の女。私の愛読書。
 身元不明の焼死体を巡る新聞記事。その周辺で起きる不可解な事件の数々。そして最後は、その死体が生前書いた真相を打ち明ける手紙で締め括られている。ヒロインは女の子らしくない長身で、火星の女と呼ばれている。
 いつか、この長い髪を振り乱して復讐を果たそう。彼女のように。……尤もこの学校の校長先生は外面も良くはないし、汚職する程肝っ玉があるわけでもない。だから当然過ちが起こるべくもなく、復讐する相手も居ないのだが。
「桐子ちゃん、おっはよー!」
「おはよう、千絵」
 そんなことを考えていると私に唯一普通に話しかける生徒と言っても過言ではないクラスメイトが前の席に座った。ふわふわの長い髪。誰からも好かれる女の子、って感じの女の子。千絵。
「もー、ほんと千絵ってば尾前さんのこと好きなんだから」
 名前も知らない千絵の幼馴染だとか言う生徒も話に入ってくるが、内心関わりたくないのかそわそわしている。
「だって大好きだもん!!あっ桐子ちゃん今日のニュース見た!?渋谷で同性婚が認められるようになったんだって!!卒業したら渋谷に住もう!!!」
「それプロポーズじゃん、そんな男女でいいのー?」
 幼馴染の子が鼻で笑うように、冗談でしょう?と言った口調で笑う。私も困り顔で笑う。
「うん!男の子じゃなくて桐子ちゃんがいい!結婚して!!」
 そんな様子を察したのか、幼馴染の子が補足する。
「正確には婚姻に値する申請書が受理されるようになったんだよ」
「……へー」
「ねぇ桐子ちゃんってばぁ」
 私は返事を返さない。タイミングよく鳴ったチャイムの音に合わせて話を区切る。
「ほら、授業始まるよ」
「ぶー」
 しぶしぶ、と言った様子で千絵が黒板の方を向く。幼馴染の子はいつの間にか自分の席に戻っていた。
 退屈な授業。黒板の方を向くと、否応なしに千絵の背中が目に入る。千絵のはごっこ遊びだ。そうに決まってる。私みたいな人間が好かれるわけがないのだ。私が火星の女と呼ばれないのは周りの人間に学がないから。この世界は、どうしようもなく、くだらない。

「桐子ちゃん、将来は渋谷、だからね!」
 帰り道。別れ道で千絵が唐突にそう言った。私は曖昧に微笑む。冗談だろうな。いや、千絵のそれが本気だとしても。私はきっと、男の人に恋い焦がれている。一夜限りでも、たとえそこに愛がなくとも。男の人に抱かれ、ようやく私は「女」になる。その甘美な瞬間を夢見ている。
 いつか千絵は言った。男の人は汚い、と。
「触ってほしくないのに触ろうとするの。それは女の子も一緒。でも、桐子ちゃんだけは違うから」
 何て贅沢な悩みなんだろう。私は触れられたい。「女」として、触れられたい。「女の子」として女の子に抱きつかれたり、「女」として男の人に抱かれたり。そういうことを欲している。千絵は地球の女だから。私が得たいものを、千絵はいとも簡単に捨ててしまう。私は千絵が羨ましい。妬ましい。千絵と私は、違う。私は、火星の女だ。
 桐子ちゃん、と千絵が呼び掛ける。そして私の手を取る。初めて触れる、千絵の手。柔らかい、女の子の手。
「私は、女の子の桐子ちゃんが好きだよ」
 じゃあまた明日ね、そう言って千絵は踵を返す。小さな身体。ふわふわの髪。それらを上下させながら、千絵は走って行く。その姿は紛れもなく女の子、なのに。普段言っていることと同じ、はずなのに。「女の子」と言う言葉が頭でぐるぐるしている。夢想に耽っている時のような胸の高鳴が止まない。胸に手を当てるとふわっとした甘い香りが漂ってきた。握られた手は、淡い温もりと甘い残り香に包まれていた。
 甘い香りに包まれながら、帰ったら少しだけ渋谷について調べてみようかな、なんて思った。


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このストーリーに関するコメント

15/03/01 海見みみみ

拝読させていただきました。
こういうコンプレックスを持っている主人公ってとても魅力的です。
千絵との触れ合いを通じて火星の女ではなく女の子になっていく。
彼女のこれからが非常に楽しみです。
果たして主人公は千絵と結ばれるのか?
妄想が広がります。

16/01/30 橘瞬華

海見みみみさん
コメントありがとうございます!
コンプレックスと向き合うには、他者の存在が必要不可欠なのだと思います。自分ひとりで向き合うことはとても難しく、誰かがそれを肯定してくれて初めて向き合うことが出来る……。
二人が結ばれるかどうかはご想像にお任せしますが、少なくとも高校生活を振り返った時には必ず、二人で居た日々が思い起こされるのだと思います。

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