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11doorsさん

のんびりした田舎に引っ越してきました。温かな人たちとのゆったりした会話や日常は、ほんとうに宝物です。そんななか、小説という異質な空間の中で、読む人に、ちょっとでも喜んでもらえる作品が一つでもかけたなら、幸いに思います。

性別 男性
将来の夢 世界旅行
座右の銘 A piece of cake.

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よい嫉妬心、悪い嫉妬心

15/02/28 コンテスト(テーマ):第七十八回 時空モノガタリ文学賞 【 嫉妬 】 コメント:2件 11doors 閲覧数:949

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私は若林と申しまして、都内の料亭で花板を務めさせていただいております。つい先日、先代の傘寿の祝いに、ある新聞社の社主をはじめ、8人のお客様がお見えになりました。

その際、先代からの希望で、花板、立板、椀方、煮方。さらには焼方、揚場、追い回しまで、一人一皿のお造りを出すようにと、おおせつかった次第です。お客様がお食事を終える頃、私ども全員、お座敷に挨拶に来るよう呼ばれました。お座敷にうかがうと、先代も大変なお喜ばれようで何よりでした。

ただ、私がショックだったのは、一皿だけ、ほとんど手をつけられていない皿があったことです。それを誰が調理したものかは、すぐに分かりました。あの見事なお造りは、花板か立板の仕事です。横を見れば立板を務める清水の顔が青ざめていました。

「清水、どうかしたのか?」
「せ、先代さん、何でもありません。ただ、あまり手をつけられない皿が気になりまして…」
「おおっ、本当じゃな。ここにいらっしゃる皆さんに理由をお伺いしてみるか?」

その言葉に、社主の大森様をはじめ7人の方々は、ただ何となく…と言い、最後の男性も同じようにおっしゃろうとなさったのですが、その途中、珍しく先代が声を荒げました。

「奥野さん、あんただけは本当の事を言ってあげてくれんかの! ワシに遠慮せんでいいから」
「分かりました。理由は簡単です。そのお造りを食べると身体が悪くなる気がするからです」
「なに言ってやがる、このド素人が!」

冷静さを失った立板の清水は拳をにぎって、立ち上がろうとします。それを私と椀方の岩村が抑えました。

「たしかに私はド素人です。でも、それを食べた坂井部長は、その後、何度もトイレに行ってますよね」
「そういえば、ここに来るまで、僕、お腹、痛くなかったよ」
「私も、ちょっと箸をつけたが、あれから腹の調子がよくないな」
「えっ? 社主もですか?」

その場は、一時騒然となりました。

「ねえ、清水さん。あのお造りはあなたが調理されたものなんでしょう?」
「はい」
「憶測で申し訳ないのですが、あなた、誰かに嫉妬してません?」
「し、嫉妬ですか?」
「ええっ、心当たりないですか?」
「あるかも知れません」
「もう、ついでだから言っちゃおうかな…」

先代は、黙ってうなづきます。

「上座の方の皿から行きますね。調理されたのは、心の広い親のような愛情を持たれた人です。でも、将来に向けての漠然とした不安がある。2番目のは賭け事の好きな人、3番目のは好きな女の事ばかり考えてる人、4番目は清水さんで、5番目は未熟だけど正直で一生懸命努力する人、6番目は夫婦仲のいい人かな、それで最後は疲れて早く休みたい人」

突然先代が拍手しはじめ、全部当てられた私たち調理人は心底驚きます。

「あんた、なぜ分かったのかな?」
「簡単です。お皿の上のお魚たちが言うからです」
「そうか、ワシも同じじゃよ」

「すみません、話が飛んで。ねえ、清水さん、誰に何を嫉妬したのか、ここで話してくれません?」
「はい、実は、隣にいる田村にです。板長はコイツの事ばかりかまい、俺には厳しい事ばかり。それに板長の娘の奈美さんもヤツを選んだんです。頭にきたので、何人か連れて出て、この店を困らそうかと考えてたんです」
「でも、実行には移せなかった」
「はい、先ほどのように、お客様が私の料理を、美味しそうに食べて下さらなくなったのがショックで…」
「そうですか、よかったですね、清水さん。お客様に気づかせていただいて。実は、あなたの他にも嫉妬してた人がいるんですよ、ねっ、田村さん」

清水の隣に座る田村は驚いてました。

「はい、清水さんの腕前には、悔しいくらい嫉妬してました。でも、おかげでどんなにツラくても清水さんを目標に頑張ってこれたし、俺、今年10年目を迎えて、やっと清水さんの調理人としてのスゴさが分かったんです」

清水は田村の言葉に、目頭を熱くしたようです。

「清水さん、嫉妬するのは悪くないんです。でも、それがマイナスにふれたら、自分も他人も手にする食材も悪くなります。逆にプラスにふれたら向上心となって成長の糧になるし、料理を食べた人も元気になります。その違いがあるだけです。それに、先代はあなたに自分の店を持たせてあげたいんですよ。そのために板長にワザと厳しくするよう命じたはずなんです」

奥野さんのその言葉に、清水が上座をみると、先代は嬉しそうに大きくうなづかれました。

お帰りの際、大森社主に、いい社員さんをお持ちですねと申し上げましたら、奥野さんは社員ではなく、占い師だそうです。何でも社員の川口美津江さんが、弟子入りを申し込んでは断られ続けているそうです。私には彼女が、いずれ奥野さんの『押しかけ女房』になるんじゃないかと思えてなりませんでした。



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このストーリーに関するコメント

15/02/28 海見みみみ

拝読させていただきました。
料理からわかる嫉妬の心……非常に興味深い題材です。
タイトル通り嫉妬にはよいものと悪いものがある。
そのテーマがしっかり描かれていて読んでいて何でも頷いてしまいました。
私もよい嫉妬心を持って生きていきたいものです。

15/02/28 11doors

海見みみみさま、

>料理からわかる嫉妬の心……非常に興味深い題材です。

食べ物って、その人の想いが、そのままインプットされる気がします。
何って言ったらいいのか、その人の心の波動が記憶されるみたいな感じでしょうか。

>タイトル通り嫉妬にはよいものと悪いものがある。
>そのテーマがしっかり描かれていて読んでいて何でも頷いてしまいました。
>私もよい嫉妬心を持って生きていきたいものです。

何とも嬉しいコメントをありがとうございます。
私の書いた文章で、元気や希望を持ってくださる方が、一人でも
いてくださるのが分かれば、それだけで十分満足です。
拝読していただきましたこと、改めて感謝いたします。

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