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ゆひさん

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44.6メートルの空

12/03/07 コンテスト(テーマ):第一回 時空モノガタリ文学賞【 新宿 】 コメント:0件 ゆひ 閲覧数:3122

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新宿の高層ビルの25階。
昼休みのチャイムがなる2分前に、窓の外を眺めた。
徹夜明けで、瞼は今にも閉じそうなくらいに重い。
狭くなる視界に映るのは、地上100メートルの空だ。

ふと、10年前の出来事が脳裏に浮かんだ。

そのときぼくは、仕事で大失敗をして、ひどく落ち込んでいた。
どこかに逃げたい、本気でそう思い詰めた。
そして辿り着いたのは「週末日帰り登山ツアー」という名の、バスツアー。
一人でどこかへ出かけるのは億劫だけれど、 知り合いを誘って行くのも気が引ける。
何も接点のない人のいるバスツアーは、 都合がいい。勢いに任せて、そのツアーに申し込んだ。
けれど接点がないことで困ったことになった。
当日バスに乗り込むと、3人組で参加していたおばちゃんたちの席が一人あぶれて、
ぼくの隣になってしまった。
あぶれた一人のおばちゃんは、そんなことも関係なしに、マシンガンのようにぼくに絡んできた。
そのおばちゃんたちの話に付き合っていたのだけれど、 いかんせん眠かった。
前日までに終わらせなければいけない仕事がたまり、
やっとの思いで終わらせたのがその日の明け方だったのだ。

「あんた、眠いんと違う?」

あぶれたおばちゃんに言われる。
図星だけれど、平気です、と首を振った。

「あそこで、寝たらええ 」

おばちゃんが指さした席の隣には、若い(けれどぼくよりは年上に見える)女性が座っていた。
変なふうに思われたら困るなぁと思い、
おばちゃんに「いえ、ここでいいですよ」と必死に目を開いて言った。

「いや、眠かったら戦にならなんやろ。話つけてくるわ」

おばちゃんはそう言って、その女性のところに出向いた。
”腹が減っては戦はできぬ”という言葉と混同していたけれど、
確かに眠くては戦はできないもんな、とも思った。

しばらくすると、おばちゃんは手招きをした。
他のおばちゃんも小声で「行き、行き」とぼくに指図する。
仕方なくぼくはその女性の隣の席に移動した。

「窓側にしてくれない? 寄りかかれて寝やすいでしょ?」

彼女は立ちあがって、そう言った。
その言い方は、嫌悪しているようではなかったけれど、 警戒されているようにも思えた。
ぼくは「すみません」と頭を下げる。 また失敗をして謝っているかのような気分だ。
そう感じて、悲しくなった。
そうして、窓にもたれかかったけれど、 なかなか寝付けなかった。
それもそうだ。 唐突に、カラオケ大会が始まってしまったのだ。
登山するのに、カラオケが必要なのか。 素人の歌謡曲で眠れるほど、ぼくの脳は安らかではない。

「寝れないよね」

隣の女性が言った。

「えぇ、そうですね」

「昔ね……」

彼女は、そう切り出して話し始めた。

「好きな男の子と、新宿にある山を登ったの」

新宿に山? そんなことを心の中で思うと、それが聞こえたように彼女は、
「標高44.6メートルの小さな山よ」と答えた。
標高44.6メートルは山なのだろうか。 それは丘とは違うのか。
ぼくは、そう言うのをやめて「ほんとにちいさいですね」と当たり障りのないことを返した。

「うん、何分かで登れるほど、小さい山。
だけど、何度登っても、頂上から見る空に感動してしまうの」

「綺麗なところなんですか?」

「ううん、特別に綺麗っていうわけじゃないんだけど。
他にも綺麗な景色はたくさん見たのに、あれより感動することってないのよね。どうしてだろう」

彼女の独り言のような声を聞きながら、
ぼくの瞼は限界を迎える。
カラオケの音も今は心地よい和音だ。

そしてぼくも、つぶやくように、言った。

「それは、好きな子と一緒だったからですよ」

瞼は、完全に降りた。
そのあと、彼女が何を答えたのか耳に残っていない。
ぼくはただ、歌謡曲とバスに揺られて、深い眠りに落ちた。


昼休みを告げるチャイムが鳴った。
その音に瞼が上がって、大きく伸びをした。
その彼女とぼくがどうにかなるほど、世の中はうまくできていない。

週末、山に行こうと思うんだけど。
え、最近流行りの山ガールってやつ?
なにそれ?
山登りをする女子のことよ。

女子社員の会話が耳に入ってくる。
44.6メートルの山の頂上の空は、感動的だよ。
そう声をかけようかとぼくは迷う。

やっぱり眠気には勝てない。
眠くては戦にならないのだ。

ここが、44.6メートルの空なら素直になれるのに。
そう思いながら、机に顔を埋めた。


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