四島トイさん

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15/02/23 コンテスト(テーマ):第七十六回 時空モノガタリ文学賞 【 戦国武将 】 コメント:6件 四島トイ 閲覧数:1142

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 鏡の前で少女が身を翻す。
 深紅のドレスの裾が浮き上がり少女の秘密を体現したような白い脹脛が僅かにのぞく。
 身体の後ろで手を組み小首を傾げて私を見つめる。
 まだわずかに幼さが感じられる。それでも、齢は二回りも違うのに、同じ女としてため息が漏れそうだった。
 彼女がしかめ面でなければ。
「お嬢様、笑顔を」
 口の端が痙攣するように震える。
「もっと自然に。お父様の用意された折角のドレスです」
「媚を売るだけの笑顔は苦手なの」
「ですが必要なことです」
「昨日読んだ本にこうあったわ。『驕らずへつらわず』」
「『その身のその身の分限を守るをよしとすべし』。北条氏綱ですね」
「すごい。流石、わたしの先生」
 少女の顔に満足気な笑みが差したが、ひと睨みすると頬に手を添え視線を逸らした。
「……口角挙筋の動作が悪いみたいなの。高炉休止と同じよ。温めるのに時間がかかるの」
「あと三十分です。皆様の前では、にこやかに」
 ええ、と少女はしぶしぶ肯いた。
 鏡に向き直った彼女の小さな背中を見やりながら一昨晩のことを思い出す。


 あれに見合いの話がある、と少女の父親は慎重に口を開いた。
「正式な申し出があったわけではないが。銀行家だ。ウチの土地を欲しがっている。次の夜会で娘を見たいそうだ」
 私の雇用主であるところの、その男は深く息を吐いた。
「甚だ気に入らんが断れん」
「はい」
「社の状況はわかっている。ここ数年の鉄冷えは誰の目にも明らかだ。戦後すら昔話になった。戦争でも起きん限り製鉄は終わるだろう。無論、我が社もだ。例外はない」
 視線は遠かった。
 群雄割拠の時代だったのだ。
 煌々と熱された炉と煙突。
 狼煙のように立ち上る鉄の息吹。
 それを見上げる男の姿が瞼に焼き付いていた。武将にも似た豪快さ。対比するように美しく病弱な奥方の姿も。
「お前を雇おう。なあに。この町丸ごと俺に任せろ。鉄は国家なり、だ」と息巻く声が耳の奥で蘇る。
 顔を上げる。革張りの椅子に深くもたれ、水気のない掌が見えた。田舎娘を拾い、教養を与え、一人娘付きの女中にまで取り立てた武将の成れの果てだった。鼻の奥を、痛みにも似た熱さが突いた。目元に必死に力をこめる。
 男は視線を戻すとゆっくりと背筋を伸ばした。
「不安はあるが製鉄所は息子共に任せるつもりだ」
「はい」
「娘は……あれの母親が死んでから何もできなかったせいかな。どうにも女らしさに欠ける。勉学で身を立てるやもしれんがあの性格では男も寄り付きまい」
「それがお嬢様の魅力です」
「とはいえ沈む船に乗せるわけにはいかん」
 父親はそれ以上、何も言わなかった。


 会場へ向かう廊下で少女は足を止めた。
 中庭に面した窓に映る己の姿を再び見つめ、ため息をつく。よくお似合いですよ、と声をかけると、そういうことではないの、と彼女は首を横に振った。
「今日の夜会。要は品定めなのでしょう。わたしの」
「言葉は悪いですが、そういった見方もあります」
「……あなたって本当に嘘つかないわね。そういうところ好きだけど」
 光栄です、と首を傾げて見せると、少女は気が抜けたように笑みを浮かべた。視線を落としドレスを指で摘む。お父様もひどいのね、と呟く。
「わたしを製鉄所から追い出す気よ。それに華美な装いで優位に立とうなんて女の浅知恵に思われるわ」
「装いだけでは足りませんよ。殿方に誘われたら踊る。請われればピアノや歌も御披露ください。少し躊躇うのを忘れずに。席ではお酒をすすめて、ほんのちょっぴり文学を論じること。語りすぎはいけません」
 少女のため息はいっそう深くなった。
 赤いドレスなんて、と拗ねたようにこぼす。足は一向に会場へ向かう様子がなかった。
不意に一昨晩に見た彼女の父親の姿は浮かんだ。
「では見方を変えましょうか」
 肩に手を置いて耳打ちする。少女が、え、と振り返った。少女の視線の奥に流し込むように、赤備えですよ、と小声で続ける。
「アカゾナエって」
「甲斐武田氏発祥の真っ赤な隊伍です。朱色の武具を身につけた」
「真っ赤な……」
「あまりに強いので、赤といえば最も勇猛で国一番の精鋭という意識が戦国武将の間で定着したほどです。お嬢様の仰っていた北条家でも赤備えを務める武将がやっぱり一番強かったそうですから」
 最初はぼんやりとしていた少女の瞳の奥から次第に好奇の光が満ちていくのがわかった。
 炉に火が入る。
 精鋭、勇将、という言葉が少女の口の中で転がる。
「そのドレスをどう思うのもお嬢様次第です」
 そう言った私の目を真っ直ぐに捉えて、彼女は僅かに頷いた。
 足取りは力強く、会場の前の扉はすぐ目の前だった。
 お嬢様、笑顔を。そう小声で言いつつ扉を引いた。
 少女の口元に笑みが宿る。
 赤が翻った。


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このストーリーに関するコメント

15/02/25 光石七

拝読しました。
作品の雰囲気が素晴らしく、知的で凛とした少女も豪傑だった父親も主人公も鮮やかに姿を思い浮かべることができます。
御作の中の武将の言葉や赤備えのことは知らなかったのですが、自分の無知が気にならないほど物語の魅力に引き込まれました。
ラストもいいですね。少女がどんな決意で夜会の場に向かったか、想像できます。
素晴らしいお話でした!

15/02/25 海見みみみ

拝読させていただきました。
赤いドレスが持つ意味。
それも考え方一つでこうも大きく変わるのですね。
少女の未来にはどんなことが待っているのか。
それがどんなものであっても、少女は生き抜ける。
そう思わせるラストでした。
素敵な作品をありがとうございました。

15/02/26 四島トイ

>光石七さん
コメントありがとうございます! いつも本当にありがたいです。過分のお褒めのお言葉恐縮です。キャラクター各人に触れていただけたことは何よりの喜びです。
大変難しいテーマで悩ましい限りでした。結局学校で習った知識に終始することになり……とはいえ北条家には五色備なるものがあったそうで大層カラフルな乱世であったことだろうと思いを馳せたものです。
いただいたコメントを支えに、もっと読み苦しくない作品とできるよう頑張ります! ありがとうございました。


>海見みみみさん
読んでくださってありがとうございます。その上コメントまでいただけてとても嬉しいです。誤字脱字ばかりのお見苦しい作品でお恥ずかしい限りです。それを補え得たのは海見みみみさんの読解力と想像力の賜物と存じます……
ひねりのないタイトルと、書き急いだ感のあるラストではありますが、コメントのおかげで救われた思いです。今回は本当にありがとうございました!

15/03/10 草愛やし美

四島トイさん、拝読しました。

素晴らしい語り口調ですね、内容も読みごたえあるもので、戦国武将に繋げていく行程も鋭く、感嘆の息を漏らしました。四島さんは、ほんとうに、筆運び巧いですね、きちんとした文学的表現ができるって私には到底無理なことですので、憧れます。
赤備え、聞いたことがあります。真っ赤な武具を真っ赤なドレスに擬えたおつきの私、賢い方ですね。少女の教育係りでしょうか? ロッテンマイアー夫人を彷彿させる凛とした雰囲気、テーマが戦国武将だからその時代だとどういうお方になられるのかしらとかない頭で、思いを馳せました。四島さんならきっとモデルのおつきの方を思い浮かべて書いておられるのではないかとか思いました。大変、面白かったです。

15/03/10 滝沢朱音

わあ、これは、すごく好きな作品だと思いました!
沈みつつある鉄鋼王とその娘、そして、母親代わりに支える女性。
そこに戦国武将のイメージを重ねあわせたところが、すてきです。
焼けた鉄の赤、ドレスの赤、武具の赤。あざやかに連想できました。
そして最後の「赤が翻った」の締めが、まるで映像のようで…

15/03/11 四島トイ

>草藍さん
読んでくださった上にコメントまでいただけて感激です。ありがとうございます! 温かなお言葉に胸を打たれております。何よりも、かのロッテンマイヤー女史の名を拙作のコメントで挙げていただけたことは光栄のいたりです。個人的に『アルプスの少女ハイジ』が大好きなもので。
それだけに、語り部役の彼女をもっと練り込むことができたのではないかと今になって思います。いただいたコメントを今後の作品作りに活かしていけるよう努めます。今回は本当にありがとうございました。


>滝沢朱音さん
コメントありがとうございます! 好きな作品と言っていただけることの贅沢さを心の底から噛み締めております。書き手冥利に尽きます。
キャラクター各人の特色を簡潔に掴み、そして情景も人物も描写の拙い私の文章でも、映像として捉えられるのはひとえに滝沢朱音さんの多彩なイメージが成せることと存じます。いただいたコメントに、今後の創作の後押しをしていただけたように思います。このたびは本当にありがとうございました。

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