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高橋螢参郎さん

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岩崎城の夜明け

15/02/23 コンテスト(テーマ):第七十六回 時空モノガタリ文学賞 【 戦国武将 】 コメント:0件 高橋螢参郎 閲覧数:996

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 時は天正十二年、四月九日夜半の事であった。
 岩崎城城代、丹羽氏重とその姉婿、加藤忠景は天守にてただ二人きり向かい合っていた。忠景の出していた物見が戻り、豊臣勢が東北東にある香流川を越えすぐそこまで迫っているとの報がもたらされたばかりだった。その数は夜目である事を差し引いても六千は下らないという。
 だというのに、大それた戦評定は開かれなかった。粗末な床几に腰掛けた氏重が、忠景の報告にうん、うんと丁寧に頷き、今まさに渦中にあるはずの小牧・長久手の戦いの推移をただ聞くのみであった。
「何れの武者であろうか」
「指物の備前蝶からして、池田紀伊守の手勢かと」
 その池田紀伊守恒興の娘婿である猛将、森武蔵守長可率いる別働隊に自らの守城である長湫城を落とされた忠景もまた、いやに落ち着いた様子で答えた。死線の際に立たされた者特有の超然とした態度とするには、声があまりに乾き過ぎていた。
「そうか」
 氏重も言外の意味を察しているからこそ、それ以上余計な口を挟まない。そしてゆっくりと立ち上がるなり忠景へ背を向けて、まだ夜の明けぬ東の彼方を見据えた。目前に広がる闇の最中に進軍する兵があるなど誰が信じようか。篝火もなければ、馬の嘶きひとつあがってこない。
 見事なものよ、と氏重は感慨深げに呟いた。池田紀伊守恒興と言えばかの織田信長公と数多の戦場を駆けし、音にも聞こえた真の名将である。同じく織田に仕えた父氏勝と兄氏次より、その華々しき武名は幾度も聞かされていた。
 池田紀伊守のみならず、名だたる勇将たちの武功話は氏重の心を夜毎に躍らせたものだった。戦国に武士の子として産まれた以上、男子の価値は戦での槍働きこそが全てであると幼心に信じて已まなかった。天下を誰もが夢見る時代はとうに過ぎていたが、それでも尚生き恥だけは曝すまいと、皆戦場へと参じていたのである。
 しかし、二人は知っていた。もとよりこの戦に我らの居場所など最初からないのだと。
「本当に戦わなくていいのだな」
 氏重の背中に忠景は黙って首肯した後、続く言葉を見つけられなかった。武者道に背く行いながら、徳川方に従軍した当主氏次の申し出た岩崎城の豊臣勢看過は総大将家康どころか、下手をすれば敵方である池田紀伊守も合意の上での事だった。
 岩崎城は空堀を備えた攻め難い城ではあったが、今詰めている者は僅か二百余、それも正規兵を欠いた小勢に過ぎない。そして家康の本拠である三河を目指す豊臣勢にたかが山城ひとつへ割く時間のないのは明白。そこに案内役として氏次を欲しがった家康と、三者の思惑が見事に合致し、氏次の要求は呑まれたのである。
 当然丹羽家家中でも抗戦派が多数を占めた。だがそれでも氏重の前で真っ向切って諫言するような者は誰一人としていなかった。氏重がこの戦国の世において全く不幸な男である事を、皆承知していたからだ。
 幼き頃より患った疱瘡により武芸もままならず、形だけの支城を任されていたのも畢竟丹羽家の体面を保つための方便に過ぎなかった。しかし氏次からは決して疎んじられていたわけではなく、むしろ深く情をかけられていたからこその不戦の約定だった。
 深い闇を前に氏重は微動だにしなかった。灯明が氏重の顔に落ちた陰をゆらゆらと照らすのを、忠景はじっと見つめ続けた。長湫城は、かの悪名高き鬼武蔵にもののついでとばかりに蹂躙されたのだ。城に火の手が回った時、あの男は実に嬉しそうに笑っていた。
 唇の端に残る鉄の味を噛み締めながら、忠景はひたすらに堪えた。今はただ、喉より出かかった全ての言葉が臓腑の底へと沈んでいくのを待つより外なかった。
 その時、不意にぱちん、と音が鳴った。
 二人の沈黙を引き裂いたのは、先程から火の周りをうろうろと飛んでいた蛾だった。そのうちの一匹が火中へと飛び込んだのだ。小さな蛾は亡骸を落とす事もなく、一瞬で跡形もなく燃え尽きたようだった。
 氏重はふ、と息を漏らすなり、やっと忠景に振り返った。
「愚かだな」
「全く」
 忠景もこれにようやく相好を崩した。
 どうやら、肚の内は全く同じだったらしい。
「古狸めにまんまと化かされましたか」
「ああ。最初から決めておった、決めておったぞ。ああまで言われて奮い立たぬ者がこの世のどこにいる。兄上には申し訳なく思うが、今ここで氏重の意地、見せつけてくれるわ。徳川方にも、豊臣方にも。つまり、天下に」

 我らもいざ、蝶のように陽の下を舞うとしよう。

 明朝、池田紀伊守は愛馬に銃弾を受け落馬した。
 これに激昂した池田紀伊守は急遽岩崎城を攻撃、氏重以下二百余名は数刻後全滅したが、進軍の遅れにより豊臣勢は徳川の追撃を受け壊滅。小牧・長久手の戦いは家康の勝利に終わった。
 家康は氏重の独断専行を咎めるどころか大いに褒め称え、戦後氏次を三千石加増したという。


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