1. トップページ
  2. 天海と盲目の少女

11doorsさん

のんびりした田舎に引っ越してきました。温かな人たちとのゆったりした会話や日常は、ほんとうに宝物です。そんななか、小説という異質な空間の中で、読む人に、ちょっとでも喜んでもらえる作品が一つでもかけたなら、幸いに思います。

性別 男性
将来の夢 世界旅行
座右の銘 A piece of cake.

投稿済みの作品

1

天海と盲目の少女

15/02/16 コンテスト(テーマ):第七十六回 時空モノガタリ文学賞 【 戦国武将 】 コメント:0件 11doors 閲覧数:801

この作品を評価する

その日、徳川家康の軍は峠の麓あたりで、行軍を停めた。家康の体調が悪くなったためだ。指揮を務める陣代は家康の体調を気遣い、近くの寺を徴収することにした。寺の住職は快く彼らの申し出を受け入れ、兵たちもしばしの間休息をとる。


「家康殿の腹痛はいかがなものかな?」


奥から年配の僧侶と、10歳ほどの少女が、陣代に近づいてくる。


「はて? もしや、あなたさまは天海僧正?」
「はい、さようにございます。よく覚えておられましたな」
「いや、あっ、すぐに殿におめどおりを…」

「まあまあ、そう慌てずとも。それより、もうすぐ昼時です。皆さんに、にぎり飯などお配りしたいと思うのですが、構わんでしょうかな?」

「それはありがたい。しかし、これだけの人数ですぞ」
「いえいえ、朝から村の女たちが準備しておりましたので、十分足りると思います」
「朝から? われらがこの寺に来るのをなぜ?」
「ハハハッ、実はこの娘が夢で見ましての」
「夢?」


陣代は昼飯の仕度に入るよう配下に指示すると、家康のもとへ天海と少女と台所の女たちを案内する。家康は、先ほどまであった胃の痛みが急にやわらいだのを不思議に思うが、天海が現れたことで納得がいった。この年老いた僧侶のもつ法力が、自分の身体の痛みをやわらげたに違いないと…。

家康は天海の勧めで、女たちが運んできた膳に箸をつけ、満足気な顔を向けた。


「家康殿、それは正月明けの七草粥のようなもので、腹の調子をよくするそうです」
「これはこれは、真にかたじけない馳走でござる」


陣代は家康の顔色がよくなるさまを見ながら安堵するが、ふと、寺の外が騒がしいことに気づく。彼は数人の配下を残して外に向かった。家康も自ら床を立ち、窓を開けて外をみると、兵たちは皆満面の笑顔で、にぎり飯を口にほうばり、大声で喜びの声をあげたり、はしゃいでいる。


「いったい、何が起こっておるのじゃ?」


家康が不思議そうに外を見ていると、陣代があわてて戻ってくる。


「陣代、何かあったのか?」
「殿、これにございます」


その陣代は家康の前に、笹の葉に包まれた握り飯を差し出す。家康がその包みである大きな葉をのけると、タクアンと共に、大きな握り飯が並んでいる。その一つを手で割ると、カンピョウが現れ、2つめは昆布、3つめは梅干しが現れた。


「おおっ、これは楽しいのう。ほかにも何か入っておるのか?」

「はい、漬け物、削り節、もろみ、コブ、ゴマ、味噌、佃煮など、とにかくいろいろなものが入っております。皆の者が、これほど大いに喜んだ姿を見たのは、本当に久しぶりでございます」

「う〜む、われらは連戦につぐ連戦に明け暮れたゆえ、皆も疲労困憊しておったはず。それを思えば、これなる美味な握り飯は、まこと元気の源になろうぞ」

「はい、それもこれも、みな天海僧正が準備して下さったおかげです」
「いえいえ、私は何もしておりませぬ。礼なら、この女たちに言って下され」


天海の言葉に、そこにいた女たちは、徳川様が関が原の決戦に勝って、戦のない太平の世を築いて下さるのを、応援したかっただけだと答える。その姿は陣代以下、兵たちに、戦の動機を今一度、正させた。自分たちが何のために、誰のため戦うのか、その目的を履き違えてはいないかと…。


家康は笑みを浮かべ、陣代に人払いを命じ、天海と少女が彼の前に残った。


「天海僧正、その盲の娘が、時を先読みできる娘ですか?」
「はい、この娘はサチと申しまして、赤子のとき、寺に捨てられていたのを、私めが拾いまして、ある旅籠のおかみに預けております」

「サチとやら、早速だが、わしは何の病気なのじゃ?」
「はい、家康さまのお腹には、小指ほどの悪い肉の塊があって、その毒が身体中に拡がっています」
「う〜む、ならばワシは後どのくらい生きれるものなのか?」
「はい、和尚さまと、於大の方さまの祈りがありますゆえ、あと1年ないし2年は…」
「天海僧正と母君の祈りゆえか。うむ、相分かった」


家康は、目をつむり、何かしら覚悟を決めた様子だ。彼はサチに向かい、そなたは天海僧正に拾われて運がよかったなと告げると、天海は笑いながら家康に答える。


「いえ、運がよかったのは私の方でございます。この娘のもつ清らかな心に触れると、私めの荒れた心も静まり、気づきがよくなり、判断に狂いがなくなります。この娘はいわば私めの『生き仏』にございます」

「目開きは目が見えるゆえ、雑多なことに思いが奪われ、事の本質を見誤る。奢った心が、織田や豊臣に破滅をもたらしたのかも知れませんな」

「家康殿、それを気づかせたかったのが、サチを使わせた仏さまの計らいだったのかも知れませんぞ」


家康は、これは一本取られたと言い、満面の笑みを浮かべた。



コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス

ピックアップ作品