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そらの珊瑚さん

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相模行軍顛末ノ記

15/02/14 コンテスト(テーマ):第七十六回 時空モノガタリ文学賞 【 戦国武将 】 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1366

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戦乱の世。いくさは避けては通れない宿命としても、それには相応の目的があるし、勝たなければ意味はない。勝ってこそ領土を広げ、甲斐の国をより強固にすることが出来る。
 だからこそ、殿より「相模の北条を討つ」と聞かされた時、腑に落ちないものを感じた。

なぜ今、北条なのか?

相模の国と我が甲斐の国は隣合っているといえども、その城のある小田原は遠方であるし、かつては同盟を結んでいた北条に、今、不穏な動きはない、と、忍びの者から報告を受けたばかりだ。
 しかし殿の意思は思いのほか固く、やむなくこたびのいくさに、家臣は従わざるを得なかった。おそらく殿にしかわからぬ深い事情があるのだろうと。

 風林火山。我が軍旗にそう記されているように、風のように速く動くといわれてる武田軍といえども、二万という軍勢が、甲府を出立し、小田原城を目指して進軍するには相応の日数がかかるのは仕方ない。その間、約み月。敵は城の周りの砦を広げ、かつ強固なものにし、多くの領民をそこへ移住させたと聞く。一年、いや二年でも籠城に耐えうる備蓄もあるだろう。

 それを間近に見た殿は、三日考えたのち、明日は撤退すると決断された。
 『甲斐の虎』と呼ばれ、諸国から畏れられる殿においても、今回のような勝ち戦とも負け戦とも呼べぬような無為ないくさをするとは、長年そばでお仕えしてまいった儂にも、ほとほと合点がゆかぬ。

「昌景、そちも食え。北条は食えぬやつじゃが、相模の鯛は天下一品。この歯ごたえは、先程まで海を泳いでいたからこその鮮度。残念かな、海のない甲斐の国では、こればかりはかのぞめん。口惜しいことぞのう」

 活け造りにされた鯛の尾がひくりと動く。
 
 こんな風に目を細めて、まことに旨そうに、ものを食す殿は珍しい。

「干物や塩漬けの魚は、正直もう飽き飽きじゃ。覚えておるか。まだ北条と我が武田が同盟を結んでおった頃、何度かこの地を訪れ、共に鯛を食べたではないか。あの時の旨さといったら……。実を申せば、あれからずっと、死ぬまでもう一度でいい、これを食べてみたいと願っていたのだ」
 
 戦国の武将と生まれたからには、勝って、勝って、勝ち進むことだけを人生の目的として、殿は若い頃より精進してまいられた。
 いくさに勝つ、そのことだけが、いつなんどきも、殿の御心を占めていると思うていたが。

 今回のいくさの目的は、この鯛だと?
 
 まさか。

 しかし……それが本当だとしても。責める気持ちには到底なれぬ。なぜであろうか。

 一寸先は闇の世。大将はいつ寝首をかかれるかわからぬし、謀反や裏切りは日常茶飯事の世にあって、殿は実に鮮やかに世を渡ってこられたようにみえて、実際のところ、殿の苦悩は儂などにはわからぬ深いものがあるのでだろう。
 それが、鯛で、帳消しとまではいかないにしても、ひととき癒されるものなら。いいではないか。殿も人の子であったのだ。

「美味だけでなく、海のものは滋養もあるとか」
「それだけではないぞ。鯛はな、縁起の良い魚じゃ。これを血と肉として、儂は八十、いや百まで生きて、たたかうぞ。そして、いくさばかりの世が終わるのを見届けたいのじゃ」
「はっ。不肖、昌景、これからもこの命、殿に捧げる所存でございますっ。殿、儂の分もどうぞ食べてくだりませ」
 月光の下、殿が、まるでいたずらを見つかった少年のように、照れて笑っているように見えた。

 わかっておりまする。虎の好物が生魚ということは、他言無用でございますな。

 相模湾の果てることのない、さざ波が、陣屋の中に響いていた。
 



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このストーリーに関するコメント

15/02/14 そらの珊瑚

画像は「戦国サプリメント戦国未満」サイトよりいただいた、フリー素材(武田信玄の家紋といわれている花菱紋)です。

史実を基にしてはありますが、作者のフィクションです。
最後の一行、相模湾という言葉がこの時代にはなかったのではないか
と思われた方もいらっしゃるのではないかと思います。
相模の海、とした方が良かったことに投稿してから気づきました。

15/02/21 鮎風 遊

今もって理由がわからない戦いが多くありますよね。
真相は鯛のために。

堅城の小田原城、立て込まれれば、こっちも被害は少ない。
その間に、鯛をイッタラキまーす。

完全にあり得ます。
まことに目出鯛ことです。

人間味あって、良かったです。

15/02/22 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

歴史は大昔、学校で習っただけで全く不案内の私ですので、今回のテーマ『戦国武将』は難しかったです。珊瑚さんの書かれている史実も知らないので、興味深く読ませていただきました。
史実がイマイチわかっていない私にも、鯛の意味合いは伝わってきました。鯛を喰らい、心中と史実は違うもの、こういうところが歴史の面白さなのかなあと思いました。

15/02/22 海見みみみ

拝読させていただきました。
まさかの理由に驚きつつも、その人間臭さが実に良かったです。
戦国武将というと自分とはまったく違う存在だと思いがちですが、彼らだって人間なんですよね。
一つ勉強をさせていただきました。

15/02/23 ドーナツ

戦乱に明け暮れる血なまぐさい時代を舞台にしながら、戦の目的を聞くとホット癒されます。

いまも、世界中でテロによる国撮り合戦つずいてますが、結局、人の国を欲しがる動機は、鯛が欲しいという子供じみた要求と似たり寄ったりだとおもいます。

厳つい雰囲気のある甲斐の虎様も鯛を食べてる時は穏やかな顔しているのでしょうね。
目に浮かびます。

15/02/23 光石七

拝読しました。
武将も人の子、鯛のために行軍しても責めることはできませんね。
いつ死ぬかわからない中だからこそ……
少年のような信玄の顔、目に浮かぶようです。
素敵なお話をありがとうございます!

15/02/24 滝沢朱音

少年のように照れ笑いする殿、きゅんときます!
海のない国に住む武将には、お刺身とか驚きの味だったでしょうね。
案外こういうことが動機の一つだったのかも、と思えてしまいました。
このこと、他言無用にしておきます。笑

15/02/24 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

なんか歴史を紐解くと、結構、食べ物が原因の戦いって多いようですよ。

ヨーロッパでも、香辛料なんかが欲しくて隣国に攻めいったりしているようですし、
人間らしい理由で、むしろ頷けます(^-^*)(..*)ウンウン

15/03/10 そらの珊瑚

志水孝敏さん、ありがとうございます。
史実として残っていることから、いろいろ勝手に想像するのが歴史を楽しむひとつでもありますね。
そういえば徳川家康も長寿に食べものについていろいろ研究して実践していたとか。
権力者といえども、死ぬことからは逃げられませんものね。

>鮎風 遊さん、ありがとうございます。
武田信玄が仕掛けたこの戦も、理由が不確かなもののひとつだったようです。
鯛、果たして食べたんでしょうか? 魚好きだったら食べたでしょうね(笑い)

>草藍さん、ありがとうございます。
私も戦国武将は難しくて、やっと一作書けただけです。
実は小田原城の近くの高校に通っていたので、とても馴染みのある城です。
城には動物園とか遊園地が隣接されてて、小さい頃もよく遊びに行きました。

>海見みみみさん、ありがとうございます。
武将といえども、美味しいものは食べたいと思うのが人情というものですよね。
そこの地でしかとれないものを目当てに実際に戦いがあったようなこともあったとか。
記憶にあります(詳細は忘れてしまいましたが)

> ドーナツさん、ありがとうございます。
人間の欲深さにははてがないのかもしれませんね。
考えようによっては、欲深いということは、エネルギーがそれだけ強いということにつながる気もしますが。
しょうもない理由で戦争で苦しむ国が世界中にあることは、悲しいです。

>光石七さん、ありがとうございます。
家来のものにしたら、どんな理由にしても、
いくさは命懸け、たまったものではないですね(笑い

>滝沢朱音さん、ありがとうございます。
流通が発達していない時代、刺身を食べられたのは海辺の人限定の特別な食べ方だったのでしょうね。
案外歴史には、こういった話がありそうです。

>泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
胡椒は食べるダイヤモンドでしたっけ? そんなような言葉があるほど
希少価値のあるものだったらしいですね。
確かに香辛料があるとないとでは、美味しいさが全然違います。

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