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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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僕の目の前で、親にドブネズミと言われた少女

15/02/14 コンテスト(テーマ):第七十七回 時空モノガタリ文学賞 【 渋谷 】 コメント:13件 クナリ 閲覧数:2617

時空モノガタリからの選評

美の基準は人それぞれでしょうし、ゴシックのことはあまりよく解りませんが、「人間をモノ化する衣装」という感性はなかなか面白いなと思います。自己を異化することで見える世界が、そこにはきっとあるのでしょうね。そしてこれはメインではなく「裏通り」がよく似合う物語ですね。今回も、クナリ流のある種の開き直りというか、低い視点から人生を自覚的に見つめ、そこに美を見出すというような構図が鮮やかな作品だと思います。

時空モノガタリK

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渋谷駅を出て、会社への近道になる裏通りへ入る。
すると脇の建物から、いきなり高校生くらいの女の子が転がり出して来た。
その建物の入り口には、似たような年格好の女子が三人程立っている。
「大げさに転ばないでよ。あんた、池袋かアキバに行けば」
転がって来た子は、成程、ヘッドドレスからロリータワンピース、リボンパンプスまで、ゴシックロリータで決めていた。
その子は三人を睨みつけてから、通りの奥へ歩いて行く。
僕は少女を追いかけ、声をかけた。
「君、大丈夫?」
少女は四十近い僕を、警戒心たっぷりの目で睨む。
「平気です」
「その爪は」
少女の右手の薬指の爪の先が、割れていた。
「応急処置くらいした方がいいよ。道具はある。ほんの五分、ここでケアさせてくれないかな」
僕は、渋谷では知られたブランドの、ネイルアート会社の名刺を差し出した。それを見て少し驚いた顔をした少女は、多少信用してくれたようだった。
「立ったままでいいですか」
「うん、すぐ済む」
道の端に寄って、処置を始める。
「お節介ですね」
苦笑して、僕は、手を動かす。しかし、
「あの。何で私の顔、ちらちら見るんですか」



中学生の頃、渋谷の僕のアパートの隣に、ゴスロリを愛好する同い年の少女が住んでいた。
そのアパートには、世間から蔑まれるタイプの人々が集められて暮らしていた。
あの頃の渋谷は今よりも暗く、汚なく、陰鬱だった。そんな中でゴスロリに身を包む彼女は、とても正気とは思えなかった。
彼女は母親とも仲が悪く、よく「ふざけた格好するな、このドブネズミ!」と家から叩き出された。その度に、彼女の服は傷み、汚れて行った。
家にミシンがあり、ゴスに興味もあった僕は、ためしにゴス風ドレスを作って彼女に渡してみた。その時初めて、僕らはまともに口を利いた。
それから僕は次々に新作を作り、彼女はどれも必ず身に着けてくれた。
実用性皆無で、白黒のみの、人間をモノ化する衣装。理解者は唯一、お互い同士だけだった。
彼女の服を作るのが、僕の生きがいになった。他の何にも目をくれず、僕は縫いまくり、彼女は着まくった。

終焉は、いきなりもたらされた。
彼女は十八歳の誕生日に、僕の目の前でドレスを脱ぎ捨てると、カジュアルファッションに着替えた。
――ずっと、夢を見せてくれてありがとう。幸せだった――
彼女はどうやらずっと前から、自分の人生の区切りを決めていた。
それから瞬く間に、彼女は別の夢のために、様々な資格を取って社会に羽ばたいて行った。それっきり、会っていない。
僕はそれ以降、ミシンに触れることができなくなった。
服作りをやめた僕は他の美を求めて、ネイルの会社を興した。
時勢の助けもあり、会社はそれなりに躍進した。



「見てるのは私の顔じゃなくて、ヘッドドレスですね。私、顔も、ママにそっくりでしょ」
僕の手が、ぴたりと止まった。
「これ、ママがくれたんです。これを作った人は今は有名なネイル会社の社長なのよって、言ってました。名刺の代表取締役って、社長のことですよね」
一つ、嘆息した。
「……彼女は、当時の服は全て処分したと思っていた。これが、まだあったなんて」
僕はもう遠慮なく、かつて自分が作った造作を見つめた。
「私、二回パパが変わったんですけど、それってママが忙し過ぎたせいで。でもこれ見る時は、ママも優しい顔になるんです」
彼女の仕事の鬼ぶりは、聞こえていた。
「ママに、会いたいですか」
「いいや」
僕は彼女の爪を仕上げると、鞄に道具をしまった。
「ママは、会いたがってます。分かるんです」
「僕らはね、会えばきっと、懐古と誤認で全ての正しさを失ってしまう。だから会わない」
鞄を持ち上げる。
「ママのこと、好きじゃないんですか。そんな、顔して」
「好きだったよ。昔ね」
歩き出す僕に、後ろから、少女の声が響いた。
「今でも好きなのは、十代の頃のママってことですか!」
何だか誤解を招く響きだが、それが正鵠だった。
あの灰色の街では、いじめも、差別も、迫害も、当たり前のように僕らを取り囲んだ。
その中で、ドレスに身をくるみ、ドブの中を生傷だらけで歩いていたネズミはもういない。
少女が、もう一度叫ぶ。
「私これ、一目で好きになったんです! ママは、デザインの真髄を衝いた作品は古臭くなんて映らない。それがゴシックだ、って言ってました!」
乾いた風が、目を叩いた。
開けた通りに出ると、会社まではすぐだった。道にはファストファッションに紛れて、ちらほらとゴシックな装いが覗く。
人から見れば、馬鹿にしか見えないことも多い、高みならぬ高み。茫漠たる高尚。
僕にとって、それがゴシック。意味不明、が一番の正解。

僕もまた、ドブネズミ。
意味も分からず、排水溝の蓋の間から、ただ、意味ありげな月を眺める。


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このストーリーに関するコメント

15/02/14 芝原駒

拝読しました。
偶然の出会いながらも努めて冷静たろうと爪の修復を手際よくこなす主人公と、相対するヒロインの構図が魅力的でした。『白黒のみの、人間をモノ化する衣装』という部分が特に好きです。
以下、個人的に気になった点です。主人公がかつての服飾提供を振り返って『家にミシンがあり、ゴスに興味もあった』で語り終えてしまったことが物足りなく感じられました。加えてクナリさんの作品はどこか似通ったものを感じます。それが登場人物なのか場面なのか背景なのかそれとももっと根底の話の軸のようなものなのかはわかりません。もちろんそれがクナリさんの魅力でもあり、だからどうこうということもないのですが。すみません上手く言えません。無視していただいて構いません。
以上、拙いコメントですが御容赦ください。次回作も楽しみにしております。

15/02/15 メラ

クナリさん、拝読しました。
ゴスロり・ファッション。正直今の今まで「理解不能」な人種で「ちょっとイタイ」くらいに思ってましたが、この作品を読んで彼女らに対する偏見が――ほんの少しかもしれないけど――なくなりました。
正しさを失ってしまう――そう言って会わないことを選ぶこの主人公、カッコいいですね。もし自分なら正しさを失って、現実を損なう事をしてしまいそう、なんて思っちゃいました。

15/02/15 クナリ

芝原駒さん>
ありがとうございます。
ゴスロリのことを説明したうえで話を構成する余裕を用意できず、短い言葉での表現にとどめておりますが、上手く伝わっていれば嬉しいです。
自分は話の作り方というものをほんの数パターンしか持っていないため、様々な部分で以前書いたものと似たような話が現れてきまする。
主人公も毎回、いまいちコミュニケーション能力に恵まれていない孤独な人間ですしね(^^;)。境遇や展開も似て来てしまっています。
ただ、原因の一つに、「自分の中でベストワンの作品を書きたい」と毎回思いながら書いている、というのもあります。そしてそのメインテーマは、「他者との繋がりによる再生」なのです。
同じような主人公、同じような展開、同じようなテーマ。拙作がそう見えるのは、決して気のせいではありませぬッ(というか、そうなって当然と言いますか…)。
そげな話でよろしければ、また読んでやっていただけると幸甚です。

メラさん>
オタク系の話題に触れると、クナリのレスは長くなる傾向にありますので御覚悟召されーッ。
ゴスロリはただでさえ見た目的に独特である上に、主にメディアで取り上げられる方々が対外的にはっちゃけてる(少なくとも、そういう風に編集されたり、そう振舞うよう依頼されたりする)ことが多いので、尚更極端なイメージを持たれることが多いですね。
同じゴスロリの中でも赤やピンク、紫等の差し色を入れる人もいれば、「白黒以外に色が入ったらゴスじゃない」という人もいます。
ピンクのひらひらした細かいパーツを身につけて有機的に躍動するのを好む方もいれば、完全に人形化したいという人もいます。この辺りを定義付けすると強硬な反対意見が生じるのが常なので、もう試みることすらしませんけど(^^;)。
本人達にしてみれば「好きな格好をしているだけ(不潔でもなければ、露出過多でもないですし)」に過ぎないのですが、一般的な報道やバラエティではあまり好意的に扱われないのも事実です。特異なデザインを身につける都合上、そうしたことは覚悟の上の人もいれば、偏見を解消しようと活動する人もいますしね(また、ゴスロリが偏見を持たない目で見られるような世の中はそれはそれでちょっとヤだなー、という人もいますし…)。
ただ、クナリとしては、作中にもあります「人間をモノ化する」という方向性のデザインは好きなので、かなり好意的に捉えていますけども。似たような方向性でも、「無機質の中の有機性」を好む人もいれば球体関節人形ばりに「とことんヒトを無機質にする派」もいて、もう細分化は止められません。
更には、クナリのように「デザインとして愛好する人」もいれば「自分で身につけたい人」も決定的に分かれますしね。あくまで平面的なデザインとして好む人もいれば、立体造形してこそのファッションだという人も…キリないな(^^;)。
個人的には、ゴスロリが満たさなければならない命題には「現代性」が入っていると思っています。歴史的な意匠やインスピレイションを根幹に持っていても、今生きている人達の感性を刺激するデザインでなければ、意味がないと。
その中で希少にも生まれる、デザインの真髄を突くようなデザインこそが、その時の現代性を持ったまま時を経ても評価されて、オーソドックスとかクラシックとかの、永続性を持って残って行くのではないかと思っています(それはもう、ゴスロリではありませんが。今この時の一瞬を輝かせるからこそのゴスロリです。…多分)。
文化としての裾野自体が狭いので、お互いに高め合おうとしても、すぐに慣れ合ったり、緊張感なく褒め合ったり、逆に不必要なまでに攻撃的になったりと、なかなか大変なこともありながら、惹かれてしまったら仕方ない…という感じですね。
まったくとりとめもありませんが、好きなよーに話しただけですけども、レスに代えさせて頂きます(^^;)。

15/02/15 クナリ

今「ゴスロリ 画像」で検索してみたらいわゆる萌え萌えな感じの
イラストやらコスプレやらがたーんとたーんと出て来て人間をモノ化
するファッションとやらはデンデンマイノリティな感じでしたどうも
すみませんすみません。
クナリの好きなゴスロリのイメージは、「球体関節人形 ゴスロリ」
とかで検索すると近いものが出てきますが当然そうすると出てくるのは
球体関節人形なので若干見る人を選ぶといいますか閲覧注意な感じの
ブキミな画像もよーさん出てきまして人によっては夢に出て来ちゃうぞな
感じなのでごらんになる場合はお気をつけください。
「ビスクドール ゴス(ゴシック)」とかのが安心して見られるかな…。

15/02/19 水鴨 莢

初めまして。
読ませていただきました。

とてもドラマチックで素敵な作品に思いました。
私だったらまず思いつかず、思いついても書けっこないので即あきらめるであろうジャンルといいますか、作風そのものって感じで、とても勉強になります。いやもっと正直にいえば、こうした形はもうとっくにあきらめたとこで、参考にすらできないのだから、思いっきりイチ読者として楽しめるからいいな、といったふうでもありました。

ゴスロリについてはなんら知識も思い入れもなく、そういうものなんだーと丸飲みしてしまいましたので、あんまり書けることがありません。というか感想そのものがなんら具体的じゃなくてすいません…。

>「あの。何で私の顔、ちらちら見るんですか」

なんとかひとつ具体的なところを出すとしたら、この、顔を見るとこがなんか好きです。
多分、それまでになんの説明がなくても、顔を気にしてたら「なんだろ?」って当然読んでて思いますし、そこからすぐ回想に入っていますので、なるほどなー!ってなったというのが一つ理由としてある気がします。そりゃあ読者としても気になっちゃうよっていう、多分そんなところです。あと「顔」からなにかが展開していくのって、どう考えてもドラマの予感がしますし、なるほど顔か、と。

結局よくわからない感想になってしまいましたが、とにかく良い作品でした!

15/02/21 クナリ

水鴨十一さん>
コメントありがとうございます。
果たしてどういった部分がそこまで気に入っていただけたのか、汗顔の至りながら、大変光栄に存じております。
ゴスロリはゴシックやロリータファッションからも分化していますし、ゴスロリの中でも諸派ありますので、あくまでここに書かれていることはこの登場人物の価値観です。
もし興味を持たれれば、試みにいろいろ見てみてもいいかもしれません。
顔を見るシーンは、不審者と思われてると見せかけて、実はこうした事情でしたよという、ちょっとしたミスリードもあってこうした盛り込み方にしてみました。
あまり大げさに伏線にするとしらけると思い、このくらいにしたのですけども。
お話作りとして自分なりに工夫した部分に言及していただけて、うれしかったです。
ありがとうございました。

15/02/22 海見みみみ

拝読しました。
ゴシックロリィタというアイテムが良いアクセントになっている素晴らしい作品でした。
タイトルとそれに絡めたラストも素敵ですね。
作中語られる「僕らはね、会えばきっと、懐古と誤認で全ての正しさを失ってしまう。だから会わない」というセリフに切なさを感じました。
お話の雰囲気もこめて素晴らしい、私好みの小説でした。

15/02/22 クナリ

海見みみみさん>
考えてみればゴスロリはあまり一般的なファッションではないわけで(あまり?)、何らかの説明などをもっと入れるべきだったなあ…と書き終えてから思ったりしました。
そうした不親切な作品ですので、ゴスロリをアクセントに感じていただけたのはありがたいです。
自分はこういううすら暗いといいいますが、いまいち救いのない話をよく書く人間ですので、雰囲気作りがうまくいっているとおっしゃっていただけるとうれしくなります。
コメント、ありがとうございました!

15/02/28 つつい つつ

会わないことが正しい感覚、関係なんだと思いました。
正統や様式美を感じさせてくれる作品でした。

15/03/01 クナリ

つつい つつさん>
自分めは天邪鬼というか、ひねくれた人物を主人公に選ぶことが多いので、正統とはうれしいお言葉です。
よく小手先でふざけたくなるのですが、ぐっと抑えて書いていてよかったと思います。
会わないほうがいいから会わない、というのが単に逃げに見えたり、意気地なしに思えたりしてしまうことのほうが世の中に多い気がしますが、本人たちの思いを尊重して見守りたいなあ、とよく思います。
コメント、ありがとうございました!

15/03/10 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

ゴスロリは自分では出来ないけど、
あの世界感は好きなのでそういう子たちが出てくる小説なんかも好きです。
いつの時代にも、若者のファッションって、
サブカルチャー的なものをも産み出すパワーがあると思ってます。
クナリさんの作品はものすごく密度が濃くて、いろいろ書こうと思いつつ
コメント欄を読ませていただいただけでなんだか満足してしまいました(すみません)
>「デザインの真髄を衝いた作品は古臭くなんて映らない。それがゴシックだ」
個人的にはこの台詞が一番好きで、ガツンときました。

15/03/11 光石七

プロフィールの絵が変わった時から「どんなお話なんだろう?」と楽しみでした(自分が投稿するまでそのテーマの他の方の作品は読まない主義なので)。
渋谷でドブネズミ、なんか納得する組み合わせですね。雑多な空気の中で生き抜く小さき存在。
主人公が会わない理由を説明する台詞も、ゴシックとは何かを突いた文も、ラストも、ただただ感嘆するばかりです。
素晴らしい作品でした!

15/03/14 クナリ

そらの珊瑚さん>
み、密度が濃いでありますかッ。光栄です、ありがとうございますッ。
ゴスロリは自分でデザインして自分で着ておられるガチな方々も時折おられまして、そうした自己表現に全力な方々を勝手にリスペクトしております。
「こんな格好、理解してはもらえないでしょ? その方が余計なものがついて来なくて、身軽でいいわッ」というどこか世の中にすねているような精神が生みだすダッシュ力が好きで、サブカルの魅力はそこにあるのかなあと思っています。
だから、クールジャパンみたいに、何か大きなものに後押しされてしまうと、魅力が発揮しづらくなる一面を危惧してしまうのですが…。
個人的に、今の十代最後半から二十代中盤くらいまでのファッションは、日本に世界最高峰があると思っています。
バブルの頃は、東京はファッションの墓場などと言われていたそうですが…ッ。ナイスリベンジ!
コメント、ありがとうございました!

光石七さん>
ははっ、本来自分が魅力を感じているゴスロリの方向性からすれば、ペンでパキパキとした質感に描くべきでしたが、つい安全を求めて鉛筆描きでザクザクと仕上げましたあんまし良くない絵でございますが、このような話をきっかけにしたものでしたッ。
自分の言いたいことをただ述べただけじゃないのかねチミ、と言われてしまいそうですが、この主人公の主張自体はクナリの主張とは若干異なっていたりします。
そうした点がある種のリアリティを生んで、光石さんに何か届くものがあったのであれば、大変光栄です。
ラストについても、なんかもー「人と分かり合いづらいタイプの主人公が」「最後に天体を見上げる」というパターンが自分には多過ぎる気がして、実は極力回避しようとはしているのですが、「前にっやったから」という理由でその時一番いいと思った主人公や展開を変えるのもどうなのか…と思い、現在に至っております。
開き直りが、良い方に出ればいいのですが。
コメント、ありがとうございました!

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