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鬼風神GOさん

冬が好きです。コーラも好きです。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 やってやれないことはない。やらずにできるわけがない。

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今日は渋谷で

15/02/13 コンテスト(テーマ):第七十七回 時空モノガタリ文学賞 【 渋谷 】 コメント:5件 鬼風神GO 閲覧数:856

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「大将、フライングキャットシンドロームって知ってる?」
 なじみの客である吉井からのいつもの雑学披露に、坂下幸一は相手に分からないように苦笑する。返答は決まっている。話しやすくするための潤滑油だ。
「いや、知らないです。気になりますね」
「だろう? 読んで字の通り、猫が高いところから飛び降りてしまう謎の病気のようなものなんだ。原因ははっきりと分からないが、鳥や虫に夢中になってとか、あまりに高い場所に登ると遠近感がつかめなくってはずみで落ちるとか諸説ある。マンションの13階から落ちた例もあるらしい」
「ええ? そんな高くから落ちたら死んじゃいますよ」
「それがかすり傷程度で済んだらしいんだよ」坂下の反応に吉井は得意げだった。「中途半端な高さと比べて7階以上のほうが軽度の怪我で済む確率が高いんだと。猫はバランス感覚に優れてるし、飛び降りたときに落下速度を落とすためにムササビみたいに身体を広げるんだよ。あ、ジンジャーハイボールちょうだい」
「はいよ。猫ってかわいい顔して謎がある動物なんですね。面白い話だ。吉井さんそんな話いつもどこから仕入れてくるんですか?」
「求めたら与えられるんだよ」
 酒が回っているのか本気なのか神妙な面持ちで吉井はそれだけ言い放って、はふはふと慌てながらおでんの大根をほおばる。
 別の客から追加の注文が入り、坂下は料理に集中する。
『だるまや』を前の主人から引き継いで一年になる。カウンター席しかなく、立地も渋谷の中心にあり、いつ土地開発の波に飲まれてもおかしくないが今日までなんとか生き延びることができた。
 女性でも飲みやすい日本酒を取り揃えたり、全ての料理の金額を500円均一にしたり、考えついたことはすぐに行動に移した。奏功したのか、グルメサイトや雑誌に取り上げられ、客の入りも順調に伸びている。
 てんぷら鍋にかき揚げをそっと入れたところでみぞおちに手をやる。胃なのか心臓なのか明確な主張をしている痛みではないが、素手でわしづかみにされているような鈍痛と共に、ある光景がフラッシュバックする。
 ここまでやってきたんだ。あのことは忘れなければならない。
「大丈夫ですか」
「ええ、すみません」
 いつ来店したのだろう、地味でもないが、はっとするような顔立ちでもない、恐らく
一度会ったぐらいでは印象に残らない若い男だ。坂下に不安げな視線を投げかている。
 料理は2、3品出ているので確かに接客はしたはずだが奇妙なことに記憶がない。隣には驚くほど白く透き通った肌の女性がいる。なぜかカップルではないと直感があった。二人は夫婦だ。
「胃ですか」
「ええ、まあ」
「そうですか。僕もですよ、慢性胃炎」そう言って男は顔をしかめ胃のあたりを手でさする。「医療はこんなに発達してるのに、医者に相談したら『皆さんいい付き合い方を見つけています』ですって。こっちの身にもなってみろって感じですよ」
「本当、そうですよね」
 適当に合わせ、会釈して料理に戻る。男は人はいいのだろうが、どこか表面的で、笑っても表情が顔にただ貼り付いているように見えた。
「さよ、肉じゃが食べなよ。おいしいよ」
「食べる順番があるの。気安くすすめないで。責任もとれないくせに」
「ちぇっ。厳しいな」
 さよと呼ばれた白肌の女性は神経質に返答するが男は気にしていない。
 今日は何かおかしい。今まで一度も思い出したことはなかったのに。
 再び手元に集中すると、自分の手がタールのように粘着質などす黒い液体に覆われていた。
「うわあ」
 恥ずかしい叫び声を上げると、またあの男が声をかけてきた。
「どうしたんですか、そんな素っ頓狂な声を出して」
 男はとても愉快そうに笑っている。取り繕おうと口を開いて、やめた。
 彼ら夫婦をのぞいて客がいない。アルバイトの姿も見えない。
「とっくに帰っちゃいましたよ。忘れたんですか?」
「あ、いえ……。お恥ずかしいところを見せてしまいました」
「いえいえ。疲れてるんじゃないですか。でもえらいですねえ、お師匠さんが亡くなって一人でお店をここまでの人気店にして。お風呂で溺れちゃったんですよね? さぞつらかったことでしょう、坂下さん」
 名前は教えただろうか。
 ふいにさよが立ち上がる。何をしているのだろう、面倒くさそうに拳銃のようなものに黒い筒を取り付けている。
「僕たち、依頼を受けてここまで来たんです。悪く思わないでくださいね。仕事なんです」
 パスン、パスン。胸に衝撃。視界がぼやけ、手が空を切る。二度目の衝撃。石の床の冷たさが心地よかった。
「さよ、お疲れ。坂下さん、悪いことはしちゃだめですよ」
 顔に水しぶきがかかる。ばちゃばちゃと、あの人がもがいている。
「肉じゃが、じゃがいもがほろほろで絶品でした。ごちそうさま」 


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このストーリーに関するコメント

15/02/14 レイチェル・ハジェンズ

読書好きな臭いのする文体でした。
読んでいても不快じゃない文章ですね。

最後の謎の二人組は一体……?
きになるところです。次回作でわかるのかな。

15/02/15 鬼風神GO

レイチェルさん、はじめまして!コメントありがとうございます!!
最後の二人が暗躍する作品を今後も書きたいと思いますが、あまりにもはっきり書きすぎると陳腐になるので、詳細は描かないつもりです…。今後もよろしくです!!

15/02/15 鬼風神GO

レイチェルさん、はじめまして!コメントありがとうございます!!
最後の二人が暗躍する作品を今後も書きたいと思いますが、あまりにもはっきり書きすぎると陳腐になるので、詳細は描かないつもりです…。今後もよろしくです!!

15/03/22 海見みみみ

鬼風神GOさん、拝読させていただきました。
なんとも不思議な話ですね。
最後の二人組の正体が実に気になります。
最初の「フライングキャットシンドローム」の話が雑学として面白く、なおかつ物語の象徴のようにも感じられました。

15/03/23 鬼風神GO

海見みみみさん、はじめまして!
感想を頂き、ありがとうございます!
この二人組はこれから書こうとしてる長編に出てくる夫婦です。
その長編も完成した際にはぜひ読んで頂ければ正体が分かるかと!笑
雑学大好きなので楽しんで頂けてよかったです!

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