1. トップページ
  2. 信繁の土竜

冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

投稿済みの作品

2

信繁の土竜

15/02/07 コンテスト(テーマ):第七十六回 時空モノガタリ文学賞 【 戦国武将 】 コメント:6件 冬垣ひなた 閲覧数:1104

この作品を評価する

兵吾は卑賎の身だが土木に非凡な才を持つ。もとは石田三成に仕え、忍城戦にて長大な堤を築き上げ、これをもって水攻めしたほどだった。が、忍城が持ちこたえると三成は激怒した。
その時、兵吾の命を繋いだ若い武将の名を、信繁といった。
信繁はまめに働く朴訥な兵吾を重用し、兵吾もまた忠義を尽くした。関ヶ原で信繁は敗残の将となり紀伊国に流されたが、二人は変わることなく、世は徳川の天下となった。

十余年が過ぎた頃、大坂から豊臣の使者が来た。聞けば戦が起きるという。
「おやめ下され。勝ち目はありませぬ」、兵吾は懇願したが信繁は首を振る。彼もまた忠義者だった。昔の主家の窮状を看過できなかったのだろう。
信秀の決意の固さを見て、兵吾は膝を詰めた。
「ならば家康の首、お取り下され」
信繁は長考するように身を固めた。うだるような暑さ、蝉の喧騒の中、兵吾も固唾を飲む。
そして長らく見なかった武人の顔をして、信繁は言った。
「そうだな、互いに生きて帰ろうぞ」

その冬、大坂城で戦があった。
秀吉が築城した大坂城は川に守られたうえ、二の丸、三の丸を擁した要塞だ。籠城を決めた豊臣方は抗戦の構えを見せた。
「が、弱点はある。三の丸の南は大地が平坦、守りは空堀のみ。当然敵はここを攻める。そこでだ、兵吾、お前に頼まれてほしい」
「御意に」
兵吾は人足を集め、城外で築城を始めた。
「何だ、あいつ」
他の武将は訝しがった。人足に混じって材木を運び、泥まみれで土を掘る兵吾の姿を見て、『信繁の犬なんて可愛いもんじゃない、あれはもぐらだ』、そう揶揄した者もあった。だが、兵吾は黙々と仕事を続けた。
完成したのは巨大な土作りの出丸であった。大阪城の堀を背に、三方に空掘や塀を配した堅牢な砦だ。
「さすがは儂のもぐらだ」
突貫工事とは思えぬ見事な出来栄えに、信繁は驚嘆した。
「お前の造る城が見たいものだ」
戦国の世ならいざ知らず、今は雲を掴むような話だ。だが信繁は何もない土の上に、真剣に何かを思い描いているようだった。

幕府軍は大阪城を完全包囲した。その数、二十万。十万の豊臣軍は圧倒的不利にあった。
そして出丸には信繁の兵、五千。
関ヶ原の残党めがけ殺到した徳川軍は思った。これは城が落ちたも同然だ。
だが信繁は、その出丸をもって散々に徳川軍を翻弄した。潜んだ鉄砲隊の前に、数を過信した軍勢は次々と倒れ、大打撃を受けた徳川軍は撤退を強いられた。
講和後、家康は大阪城の二の丸、三の丸を潰すついでに、折角の出丸を後形もなく壊した。よほど憎かったのだろう。
「家康め、寝返れば信濃をやると言うた。勿論断った、儂の夢を壊しおって!」
信繁は戦勝の宴で不機嫌だったが、懐柔を図る家康に兵吾は安堵した。
これで戦は終わりだ。城は無理でも、屋敷を建てて差し上げよう。

だが時代は非情であった。
講和の綻びた次の夏、道明寺で敗退した豊臣方は名だたる武将を失い、信繁は茶臼山にて陣幕を張っていた。此処を突破されれば、後がない。
「兵吾、野戦の備えを終えたら城へ戻れ」
主の意外な言葉に、兵吾は驚いた。
「嫌でございます、最後までお供を」
「たわけっ!」、信繁が滅多にない怒声を上げた。
「お前は、主の夢を叶える気はないのか?儂を阿呆と思うとるか?」
背を向けた信繁の陣羽織に六文銭が輝いている。家紋の、三途の川の渡し賃に、兵吾はただ平伏するしかなかった。
何十年も苦楽を共にしたが、別れの挨拶は短かった。
生きろよ。兵吾が去った後、信繁は呟いた。
家康、知るが良い。
儂の夢の代金だ、この六文銭は高いぞ。
「……狙うは、家康の首ただひとつのみ」
信繁の姓を、真田といった。
後の世にいう、真田幸村である。
そして、乱世の最後を飾る熾烈な戦の幕が開いた……。

信繁は強く、願えば大望の叶う男であった。
だがそれはあまりに遅すぎた。家康の首に最も近づき、仕損じた信繁の命は、運命に抗えず散った。まこと、世は儚きものだ。
そうして兵吾は一人、悪路を急いでいた。
涙は出なかった。まだやるべきことが残っていた。夜空に燃えさかる大阪城を顧みて、兵吾は固く誓った。
殿。見ていて下され。このもぐらめが、家康の鼻をあかしてご覧にいれます。

その後、大坂に無数の抜け穴が現れ、巷では大騒ぎになった。
真田様はこれを用いて、大いに徳川軍を苦しめた……そうに違いない。誰かがそう言い始めた。忠を尽くした信繁を讃える声は日に日に大きくなる。
家康も驚いたが、雑魚に負けたとは言いづらいものだ。
おう、信繁はまことに強かったのう。
かくして信繁は幕府公認の英雄として人々に末長く語り継がれた。

そして秀頼の代に下り、灰になった大阪城は再建された。その落成の日に、一人の神業的な老図引きが号泣したという……。

だが、その名を呼ぶ者はもう、何処にも居ない。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/02/07 冬垣ひなた

<補足説明>

兵吾は架空の人物ですが、信繁の出丸(真田丸)は史実にあります。「真田の抜け穴」は現在もあって、真田丸跡地である三光神社では年一回、抜け穴が開放されます。左の写真はその祭りで撮らせて頂いたもので、抜け穴は奥が見える程の深さでした。徳川方が掘った説もありますが、我ら地元民はそこスルー。幸村は今も太閤さんと共に愛されています。
右の写真は大阪城、桜の名所ですが梅林も綺麗です。

15/02/22 冬垣ひなた

<記述ミス>

大阪城が再建された当時の将軍は徳川家光です。
何回も読み返したのに、テンパり過ぎだよ自分……。

15/02/23 光石七

拝読しました。
兵吾は架空の人物ということですが、とてもいい味を出していると思います。
信繁との絆も素敵ですね。ラストの余韻がなんとも言えません。
戦国武将にはあまり詳しくないのですが、何故真田幸村が人気があるのか、このお話を読んで少しわかった気がします。
素敵なお話をありがとうございます。

15/02/27 冬垣ひなた

光石七さま

コメントありがとうございます。
いい味……そう言っていただけるのなら、兵吾を書いた甲斐がありました。
幸村は死後に広まった呼び名なので、彼が英雄になる前の話、という意味も込めて、タイトルつけました。
歴史小説は読むのが好きでも、書くとなるとやっぱり難しいですね。
もっと勉強して、またいつか書ければいいなと思います。

15/03/06 滝沢朱音

2000字に壮大な物語を注ぎ込み、ぐいぐいと最後まで読ませるってすごい!
歴史小説にチャレンジしてみると、書くのがどんなにたいへんなのかとびっくりしますよね。
真田幸村って、信繁さんっていう名前なのかー(←無知でスミマセン)

よく、大阪城を建てたのは誰かという問に大工さんと書くエピソードがあったりしますが(笑)
砦や抜け穴を作った図引きさんが確かにいたのだろうなぁと。
歴史に名前の残らない彼らにこそ、いろいろな物語が感じられますね。

15/03/08 冬垣ひなた

滝沢朱音さま

コメントありがとうございます。
嬉しいです。話を詰め込む性質なので、強引な人と思われやしないかと毎回ビビりながら書いてます。
歴史小説に初挑戦しましたが、武将などは特に話が繋がっているので、枝葉の取り方が難しかったです。
作ったのは大工さん、私もそう思います(笑)。
歴史の陰で、逞しく生きた人がいると分かった時には感動しますね。
今この時を生きることを、彼らに励まされる気がします。

ログイン